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あまりの仕打ちに耐えかねて、お茶会の後、クリスティアは王妃と王太子に自ら引くようにと言われたことを父に告げ、婚約者候補から辞退させてくれるよう願った。
いつものように罵られるかと思ったが、予想に反して父は声を荒げることもなく、あっさりと許可を出した。
「まもなくおまえは社交界デビューを迎える。そのときまでにはっきりさせていただくよう、陛下にお願いしてみよう」
「ありがとうございます」
これで解放されるとほっとしたが、話はそれで終わらなかった。
「そういえば、おまえは最近、能力が衰えているのだろう? 両手をかざしても満足に作物が育たないほどだと聞いているが?」
「いいえ、そのようなことはありませんが……」
「嘘をつかなくても良い。正直に話せば、陛下もわかってくださるだろう。王太子殿下にふさわしいのはリリアナだけだと」
(ああ、そういうことなのね)
つまり、クリスティアの能力が使えなくなったからという理由にすれば、すんなりと辞退が受け入れられると思ったのだろう。
相変わらずリリアナのことしか考えていない、父らしいやり方だ。
思い出してみれば、王妃も同じようなことを言っていたなと思う。
父が故意に流した悪い噂を、クリスティアひとりの力では打ち消すことができないとわかっていながら、クリスティアに己の無能さを認め、自ら引くよう求めたのだ。
(もういい。それで皆の気が済むのなら、すべて受け入れよう。この人たちには真実なんて必要ないのだから)
「はい、お父様のおっしゃる通りです」
小さな声で答えると、侯爵は満足したようにうなずいた。
「うむ、それで良い。わかっているだろうが、今後もし力を使うようなことがあれば、王家を欺いたとして、おまえが処罰されるだろうから、せいぜい気をつけるんだな」
自らの意思で力を使ったことなどない。
何もかも言われた通りにしてきただけだ。
これで疑問を持ちながら力を振るうこともなくなると思えば、むしろ能力がなくなったとされたほうが良いかもしれないとさえ思った。
だが、そんな考えは甘かったのだと、つくづく思い知らされる。
まず、正式に王太子の婚約者となったリリアナが、父の嘘を真に受け、ますますクリスティアをバカにするようになった。
そして、十五歳でデビューした社交界でも、侯爵の実子ではないという噂がすでに広まっており、貴族たちの冷たい視線や陰口に苦しめられることになったのだ。
王国では、義務ではないが、ほとんどの貴族の子女が十五歳で社交界デビューし、王立学院に入学する。
たいていの家では子供が幼いうちから家庭教師をつけ、すでに必要なマナーや教養などを身につけさせているから、勉学に励むというよりは、三年間学院に通うことで、同世代の友人を作り、人脈を広げることが主な目的だ。
学院には貴族だけでなく、試験を受けて入ってきた平民もいるが、彼らとはクラスが分けられ、ほとんど交流することはない。
クリスティアは実父が平民であるという噂のせいで、平民のクラスに行けばいいのにと陰口をたたかれた。
そのほうがよほど気楽だと思ったが、母の不貞を認めることになるし、自分の出自についての偽りを受け入れることにもなってしまう。
陰口だけで、嫌がらせなどはされていないことが、唯一の救いといえば救いだった。
クラスメイトたちに侮られ、ひとりの友人もできない中で、ただひたすら耐えるしかなかった。
***
二年が過ぎ、妹が入学してきたことで、クリスティアの状況はさらに悪くなった。
リリアナはつねに取り巻きに囲まれていたが、彼らはクリスティアと顔を合わせるたびに、侮蔑の言葉を投げつける。
それを止めるふりをしながら、余計な一言をつけ加え、さらにあおり立てるのがリリアナのやり方だ。
たいていの者は、クリスティアが巧妙にいたぶられているのをおもしろがって眺めている。
中には底意地の悪い行為だと気づいている者もいるが、相手が未来の王妃では逆らうわけにもいかず、目を背け、なるべく関わらないようにするのがせいぜいだった。
これほどまでに悪い噂が広まっては、まともな縁談など来るはずもない。
(いっそ神殿に入り、神に仕える巫女になろうかしら)
悲しい気分のまま学院から帰宅したが、そのまま部屋に入る気にはならず、庭園を散歩することにした。
リリアナと庭で顔を合わせようものなら、すぐさま追い払われてしまうのだが、放課後は妃教育を受けるために王宮に行っているから、その心配もない。
(これは……)
バラ園の一角で、クリスティアは驚きのあまり、思わず足を止めた。
そこに植えられているバラは三本ともリリアナのお気に入りで、しょっちゅう〝豊穣の手〟を使ってはいくつも花を咲かせ、王妃への手土産としていた。
それが、今では三本とも無残に茶色く枯れ果てている。
(どうして?)
〝声〟を聞こうと近づいても、根まで完全に枯れてしまったようで、何も伝わってこない。
これでは〝豊穣の手〟を使っても生き返らせることはできない。
いそいで庭師を呼ぶと、駆けつけてきた初老の男はみるみる青ざめた。
「そんな、今朝は元気だったのに……」
「そんなに短い間に枯れてしまったというの? 何か変わった様子はなかった?」
「昨日の朝、リリアナ様がいらして、このバラたちを咲かせ、花束にして王宮へお持ちになりました。ですが、その後も変わりなく葉っぱもピンとしていて元気でした。わしは水をやっただけで、それ以外何もしていないんです」
念のため掘り返してみたが、根も虫に食われた様子はない。
だが、掘り返された土を見て、おかしいと思った。
黒っぽい色だったのが灰色に変わり、まるで砂のようにさらさらになっているのだ。
試しに、植え替え用に取っておいた香草の苗をその灰色の土に植えてみると、数時間でしおれてしまった。
「ごめんなさい」
あわてて違う場所に植え替えてやり、〝豊穣の手〟を使うとなんとか元気になった。
(あの土は死んでる。あそこに植えられたら、命を吸われてしまう……)
あやうく枯死するところだった香草が、弱々しく訴える。
「どういうこと?」
問い返してみても、それ以上、何も答えてもらえなかったが、クリスティアはずっと抱いていた疑問が少しずつ解けていくような気がした。
翌日から、庭園の隅に小さな花壇をしつらえ、実験を始めた。
日陰に山ほど生えているエニーサという雑草をそちらに移し、〝豊穣の手〟を使い、早く成長するように祈り、花を咲かせる。
さらに種ができたところで収穫し、再び種をまいて育てる。
そんなことを十回ほど繰り返すと、花壇の土がバラ園の土と同じように灰色の砂のようになった。
その砂にはどんなに元気な植物を植えても、半日ももたずに枯れてしまう。
(〝豊穣の手〟を使い続けると、その土地では植物が育たなくなってしまうのだわ)
明らかになった事実に、恐ろしさのあまり全身が震えた。
(このまま力を使い続ければたいへんなことになる……)
すぐに父に知らせようかと思ったが、クリスティアの話を聞いてくれるとは思えない。
ならば、せめて同じ力を持つリリアナだけには伝えよう。
王宮から帰ってきたところをつかまえ、〝豊穣の手〟のことで話があるというと、嫌々ながらもリリアナは庭にやってきた。
枯れたバラと、灰色に変わってしまった土を見せて説明したが、話を聞いた途端、リリアナは烈火のごとく怒り出した。
「よくもそんな嘘がつけるわね。単に庭師の管理が悪かっただけでしょう。それをまるでわたしの能力のせいで枯れたように言うなんて。お姉様はひどいわ。自分の力が無くなったから、わたしを陥れようとしてるのねっ!!」
一気にまくしたてられて、反論する隙もなかった。
「ほんとに目障りだわっ、あんたなんか消えてしまえばいいのに!!」
たたきつけるように暴言を吐くと、リリアナは憤然として邸内へと戻ってしまった。
(さすがにここまで話を聞いてもらえないとは思わなかったわ)
思わず、ため息がもれる。
リリアナはもはやクリスティアのことを姉とすら思っていないようだ。
傷つけられた痛みも、悲しみも感じない。
ただ絶望にも似た虚無感と、あきらめの気持ちが心を覆っている。
(わたしにできることなんて、何もないのね)
今となっては、能力を失ったと思われていることがありがたい。
少なくとも自分だけは、力を振るって不毛の土地を作り出してしまうことはないのだから。
だが、この事実をリリアナに告げたことで、クリスティアはさらに窮地に追い込まれることになるのだった。




