第1神 神無蓮
守るとは何か。
それを知るために、誰かは戦い、誰かは失う。
この物語は、派手な奇跡ではなく、
誰かの生と死を記録していく話です
誰かの胸に落ちればそれで良いかなと思っています。
───ハチス。
その名が落ちた瞬間、神々のざわめきが止まった。
災厄を終わらせた英雄の名。
そして──
赤い、赤い海。
誰かの叫び声。
海の真ん中で一人の少年が座り込んでいた。
──夢を、俺は見ていた。
「こいつがマガツヒですかね?」
間の抜けた声で、俺は夢から覚めて、現実に引き戻される。
両腕は何かに縛られて動けない。
「うーん?同じ方向に行ったから間違いないはず」
路地裏で、ワイシャツに黒い着物を着た黄緑の髪の男性とマフラーをつけた薄い緑の髪に丸い耳とたぬきのような尻尾のついた女性がいた。
2人は倒れ込む俺の目の前で何か話し合う。
俺は神無蓮。
春から高校生になるぜ!
なのに今は、なぜか路地裏で縛られている。
自分の不幸体質はこうしていつも何かに巻き込まれる。
話し合う2人の間に思わず口に割って入る。
「いや、多分誤認だと思います」
「感染してる奴は黙っててください」
(いやいや、こっちは家から出てただのんびり散歩してただけだっつーの…。)
ズレているメガネのせいでいまいちピントが合わない上に、横に倒れて両手を縛られているのでメガネも直せない。
今日はたまたま外に出て神無にある日暮市の辺りを歩いていた時、二人組に指を差され、あれよあれよという間に縛られた。
というか…人気がない場所を歩いていたとはいえ声がしない?いつもならもう少しちらほら人がいるのに。
「…あの、」
「こちら、根の国、神無島の西城地区にてマガツヒ感染者と思われるものを拘束しました」
「はい、直ちに帰還します」
無線か何かで話しているかと思えば急な浮遊感。地面との距離は2メートル近く。
逃げないようにと言わんばかりに、自分の青いパーカーに食い込む縄がミシッと音を立て自分の身体が宙に浮く。
「いや、だから誤認だって…ばぁああああ!!!?」
先ほどよりも1メートル高く持ち上げられ、地面との距離に恐怖を覚える。
「こわいこわいこわい」
「先輩、帰還します」
何かを投げ、文字が浮かぶ。
『帰』の文字と同時に男女の足元が光り、自分もまたその光に包まれた。
(どうしてこうも面倒ごとに俺はいつも巻き込まれるんだ…)
きっと今の俺は苦い顔をしているんだろうな。
3メートルも浮かされたままの謎移動に諦めの境地に至った。
「島崎大地、春雨呱米。ただいま帰還しました。マガツヒ感染者はどうしたらいいですか?」
べちゃっと音を立てて落ちる俺こと、神無蓮と黄緑の髪の男こと、島崎大地と自らを名乗った男が目の前の紫の髪の男に向かって笑う。
どこかの建物…病院の診察室?のようなところに連れてこられた上に縛られたままでもはや抵抗する気も起きずゆっくりと座る体制になる。
「感染者を連れてくんなアホ共!!」
マスクをつけているのに馬鹿でかい声でそう叫ぶ男が1人目の前に立っていた。
嫌そうな顔をして目の前にくる。腰を下ろして下から睨むように顔を覗き込んで、ケッと唾を吐く。
「こいつは別に感染してない。ただの被害者だ。お前らいい加減覚えろ。生きた人間は感染しない。鷺沼に怒られるぞ」
「うぐ、また違ったんですかァ…!?私もう嫌〜〜わかんないよー」
「自分の神に聞け馬鹿共。何のためにいるんだお前らの保護者は」
「一緒に戦うためですけど!?」
わいわいと話す三人と蚊帳の外の俺。
「あのぉ〜〜〜」
ゆっくりとその中から手をあげ、主張する。
やっぱり誤認逮捕なら、帰ってもいいんじゃない?
「帰っていいですか?」
紫の男の髪の人がこちらをみて、睨みながら一言。
「ダメだ」
「ダメなんですか!?」
なぜ。どう考えても今のは返される流れだっただろ。
島崎さん?と春雨さん?も困惑したように紫の髪の人を見る。
「竜胆さん、何でですか?」
「こいつ、報告書を見た限り、頭を打ったんだろ?」
「あ、はい…」
俺の身体から拘束していた縄をほどき、椅子に座るように促される。
「えっと?」
「診察だ」
竜胆さんは椅子に座る。
ギッ、と音が鳴った椅子はかなり使い込まれているらしい。
「誤認であれなんであれ一応頭は打ってるんだ。念のため見といてやる。医者としても気になるしな」
初診ということで、ペタペタと触診機で心臓の音を聞いたり、手を触れたりと触られる。
「名前は?」
「神無蓮です」
「高校生か?学校と所属地区、島。言えるか?」
「高校生です。16歳、えっと神無島の、西城地区に住んでます。明日入学式です…」
いくつか簡単な問診をされる。
住んでいる地区、視力のことまで細かく聞かれた。
「……うん」
「頭に異常なし、口もよく回る。視力も元からなら問題ないな。地区もたまたまなのは本当みたいで何より。」
目を滑らせて手元のスマホのような媒体を見ていた、医者はこちらを見る。
「正常だな。問題なし。」
画面に何かを入力している。
「初診、異常なし」と表示されたのがちらりと見えた。
ただ診察していただけなのだと分かり、少し肩の力が抜ける。
それに対して医者の人も気づいたのかニヤリと笑う。
「緊張してたか?ここは神居政府の管轄内だから安心していい。俺の名前は竜胆。竜胆とだけ呼ぶといい。こいつらは訳ありだ。」
「ごめんな、神無くん。俺たちこの仕事始めたばっかでさぁ…いつも代表に怒られてはいるんだけど、いまだに見分けつかなくて…」
「本当に誤認だった…ごめんね」
「い、いえいえ」
「お前らはさっさとその報告を鷺沼にしてこい」
「「はい!」」
ワタワタと外に出ていく2人を見送り、竜胆はため息をつく。
「俺はあいつらのような奴の怪我を見る専門の医者でもある。今回はたまたまお前は巻き込まれたんだろうけど今後ももしかしたら巻き込まれるかもしれないな」
手首のあざを触り、包帯を巻かれる。ゆっくりと丁寧なその巻き方はたしかに医者と言えた。
ふと、巻いている途中で竜胆さんの手が止まる。なんだ、と竜胆さんの目を見ると十字架が目に映る。
「え、竜胆さん…その目」
「ああ、悪い。よく見ようとするとこうなるんだ気にするな。それより神無くん、……最近夢は見るかい」
「え?ああ、夢…昔から色んな夢を見ますね。」
「へえ。俺も見るんだ。ハムスターが褌をつけてる夢とか」
「何ですかそれ、あっはっは!」
「なに、夢なんて奇想天外なものだろ。それよりどんな夢を見るんだい?」
「…えーと、昔から見るのはもう何度も見てるのに顔だけは絶対に映らない、平安っぽい?服きた男の夢ですかね…」
じ、とこちらの見る目は変わらず続きを促される。不思議と口が回り、夢の話をしてしまう。
「あとは最近、雷と風に囲まれる夢をよく見ます!」
「…ほぉ、不思議だねそれは」
巻き終わったのか、今度はゆっくりと瞬きをして、聞く体制をとってくれた。
「はい。すごく、雷と風に守られてるような感覚を覚える、そんな夢をこの数日は見てますね」
「…数日ってどれくらい?」
「2日前くらいからかな」
「…なるほど」
「…何か危ない夢の暗喩ですか…?」
竜胆さんのなんとも言えない態度に不安になり、竜胆さんに聞くが、目を細める。
「その夢は怖かった?」
逆に聞かれる。
「いえ、むしろ…安心するような、気持ちを覚えました」
「なら大丈夫。君は誰かに守られてるんだろうね」
「え、そうかな…」
「そうだろうとも。さあ、帰りなさい。帰り道はこっちにある」
椅子から立つよう促されるまま立ち上がり、竜胆さんの後ろを歩く。
「俺、神居政府って、名前だけしか聞いたことないんですけど…というか、神居自体来たことなかったんです」
「そうだろうな。神無出身のやつはそうそうこっちには来ないだろう」
診察室を出て右に曲がると白い廊下の先にたくさんの人がわんさか溢れている。不思議な服を着ている男性と女性、猫や犬までいてびっくりする。
「立って喋ってる…犬と猫が…あり得ない…」
その言葉にフッと竜胆さんはマスク越しに笑う。
「神無には居ないんだっけか、超能力とテクノロジーの島だもんな」
「いや、超能力は神居の人だってそうじゃないですか」
「それもそうだな。ミケ、珍しいなこっちに来てるの」
その辺にいた三毛猫に竜胆さんが声をかける。
ただ二足で立って軍服みたいなものを着ている。
……いや、どう見ても猫だ。
「おや竜胆くん。温泉街の被害を報告にね。その子は?あの2人?」
「まあな」
「さっき鷺沼くんが怒鳴ってたから、なんかあったんだろうなとは思ってたけどやっぱりか」
「神無蓮です、あの、猫…?ですか?」
「猫に見えなかったら何に見えるのか逆に聞きたいけど!?面白いなぁーまた今度神居においでよ」
「でも神居に行くのって、選ばれた人しか来れないって聞いてるから俺じゃ無理かも」
ミケさんと竜胆さんが2人は顔を合わせてフッと笑う。なんだ?なんで笑ってるんだ?
「君なら大丈夫だよ」
「近々その理由もわかるだろうさ」
「え?え??」
「それじゃあ、また」
行くぞ。という竜胆の言葉に軽く頷き、ミケに頭を下げる。
ミケは手を緩く振り、笑みを浮かべていた。
「帰る手段だが、ここは神居の中枢でね、神無とも行き来できる門があるんだ」
何十メートルもあるであろう柱が何本も立っているフロント?広場?をさらに超えて扉を何個か開けた先に、鳥居が一つ立っていた。
竜胆さんについていっただけなのでもう道はわからないが、その場所に立つ鳥居はとんでもなく異質だった。
「こわ」
「まあこんな昼間から見ても鳥居って不思議と怖いよな」
「これを潜るんですか?潜るとどうなります?体が裂けるとか??」
「ここまで来て実験的なことしねえよ。するなら診察室でとっくにやってる。
それより、ここは神居と神無を繫ぐ門の一つだ。元の場所に戻れるように願うといい」
「どこでもドアみたいな…」
「まあ言い得て妙だがそんなもんだよ。あ、そうだ、何か視えるようになったら、この番号に電話するといい」
「ありがとうございます…え、とそれじゃあ、?」
「ああ、もう2度と会うことがないように俺は願ってる」
竜胆に背を向け、門の前に立つ。
西城地区のさっきの場所を願いながら門を潜った。
「神無蓮…彼が噂の初代守護者、か」
白衣を翻し竜胆は診察室に戻ったのだった。
この物語は、誰かの記憶に残ることで完結します。
どうか最後まで、彼らの行く末を見守ってあげてください。




