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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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 城門の前に群青はいた。極彩を見つけると柔和に笑む。花が開くような軽やかな笑顔に、素直に謝れなくなった。目を逸らす。

「とてもお綺麗です」

 殺戮者と呼ぶには似合わない無邪気さで、襤褸雑巾と揶揄するには芯が通っていた。

「お身体の調子がよくありませんか」

 濃い灰色に太い縦縞模様が薄っすらと入った浴衣と、柄の入った渋い赤の帯という恰好で吊り下げられた右腕からは薄荷の香りがした。

「極彩様?」

 俯いた顔を覗き込まれる。苛立ちも怒りもない。穏やかな群青が大きく視界に入った。

「…遅れてごめんなさい」

「許しません、と申し上げたらどうなさいますか?」

「わたしには、どうもこうも…」

 群青は微笑むばかりだった。きつく締められたのは腹で、胸ではなかったはずだ。優しく鼓膜を揺らす笑い声がさらに胸を締め付ける。

「はぐれないように、手をつないでもよろしいでしょうか」

 指先の熱から迷いが伝わりそうだった。同意を得るまで動く気配のない左手を迎えに差し出す。群青の少し硬い掌に包まれ、指が絡まる。

「来てくださって、嬉しいです」

 歌うように言われてただ頷くことしかできなかった。歩くたびに髪飾りに隠れた鈴が涼しく鳴った。

「群青殿」

 声が裏返った。しかし群青は気付いた様子もなく赤みの差した顔で極彩を見る。

「迎えに来てくれてありがとう」

 長い睫毛が幾度かすばやく上下した。

「お役に立てたなら幸いです」

 極彩の歩幅に合わせ、ゆっくりと半歩先を行く。群青は振り返ってまた笑った。この男に何の罪がある。数えようとして数えられない。(つまず)きそうになり、怪我人は身を低くし折れた右腕で咄嗟に支えようとする。握られている左腕は細いくせ力強く極彩を引っ張る。眼差しだけで伺われ、群青の匂いと薄荷の香りが鼻腔を擽る。

「首の傷はもう治ったんですね」

 他意も脈絡も無い確認に何の話だか分からず、時が止まったように見つめ合った。群青はきょとんとした表情をしていたが極彩が黙っているうちにみるみる顔を火照らせていく。

「あの、いや…ございましたよね、首に…」

 引っ掻き傷みたいな、切り傷みたいな…長い傷が…と説明され、そこで藤黄の脅迫に応じず自ら刃で付けた傷であることを思い出す。

「忘れてた」

 空いた手でもう記憶から消えていた患部を摩る。瘡蓋も無い。

「あ、あの時は…とんだご無礼を…」

「ご無礼?舐めたこと?」

 火を噴きそうなほど赤い面をして、繋がれた掌が汗ばむ。

「やっぱり…俺…っ本当に、申し訳ございません!」

「覚えてるの?酔っ払ってたのに」

「ひどく曖昧で……何度も夢に出てくるから…もしかして……っあ、」

 顔を反らしたときにはすでに遅かった。群青は極彩に許しを乞うように伺うような目を向けた。弱気な態度とは裏腹に手の甲に絡みつく指の力は強まる。

「夢でまで反省?まだ酒に頼って寝てる?」

 首を振って否定が返ってくる。

「極彩様に心配はおかけしません…」

「心配なんてしない」

 坂道を下っていく。普段は牛車の通り道だがいくつも屋台が並んでいた。時間帯的にはまだ早いくらいで、屋台の人々は準備に勤しんでいた。

「不言通りは混んでる?」

「これ以上ないくらいに。見にいきますか」

 極彩は首を振る、群青は苦笑する。喧騒と囃子があちらこちらで聞こえた。坂道から見た不言通りは少し違って見えた。長春小通りの屋台を巡るだけでも打ち上げ花火までの時間は潰せた。淡香寺で花火を見る話をされたような覚えがあった。群青に導かれ、不言通り一帯と比べると随分と空いている人波を抜けていく。イカ焼きや牛酪(バター)が添えられた蒸した馬鈴薯などを2人で分けた。店主に誘われ挑んだ金魚掬いでは。群青が意外な才を発揮した。大量に獲れた金魚は共に挑んだ子供に渡し、残りは店に返した。迷子を見つけ暫くは保護者を探して歩き、その後は綿あめを摘まんで少し休んだ。設けらえた休憩所に寄り、座れる場所を探す。空いた長椅子の端に座らせられ、群青は目の前で跪いた。隣は空いていたが間もなくやって来た老夫婦が群青に頭を下げて腰掛けた。群青は下から極彩を見上げ、惚けていた。どうかしたのかと首を傾げると、ふわりと破顔する。朝顔が開いたような緩さで、しかし強かさもあった。

「浴衣、とてもお似合いです」

「あり、がとう」

「誘ってよかった…誘ってくださって、ありがとうございます」

 屈託のなさに目を逸らす。膝の上に載せた両手に左手を重ねられる。長く濃い睫毛に囲われた目は極彩を射したまま。生温かい掌だった。

「群青殿」

「ッ、申し訳ございません」

「座る?」

「いいえ!結構です!あの、何かお飲みになりますか?」

 群青は勢い余って立ち上がった。極彩も立ち上がって、まだ巡っていない小道を歩く。後ろから来た者たちにぶつかり、群青の左手に引き寄せられる。礼を言うと快い笑みを浮かべた。少し進んだ木製工芸品を出している出店があり、絡繰細工の旗を目にし、紫暗に買っていくことにした。群青の腕を引っ張り、人の流れから外れる。様々な木製の小物が並べられ、敷き詰められていた。

「寄木細工ですか」

 群青も興味を示した。店の明かりが彼の瞳を照らす。店主はいらっしゃい!と叫ぶと顔見知りらしき他の客と雑談をしていた。この店の品々は木の色や繊維や種類で模様が作られている。手に馴染む質感を楽しみながら紫暗が喜びそうなものを選んでいく。

「紫暗が前に、絡繰箱の話してたから……」

 ひとつひとつ手触りを確かめている極彩の横顔を群青は数秒ほど見ていた。それから群青も真剣に物品を見定める。

「これはいかがですか」

 隅が木の色で花を模し、柄になっている小箱を渡される。小ぶりながらも強く浮き出た花としっかりしていながら奇抜な全体の意匠が紫暗らしかった。木箱から群青へ視線を上げる。これがいい。紫暗の顔が浮かんで、極彩は口元を緩めた。

「これ、買います」

 店主を呼ぶ。代金を払い、店主が勘定する。

「彼女と仲が良いんですね」

 空が夜に呑まれ、群青の双眸に屋台や出店や提灯の光が映った。悲痛をその中に見出したのは一瞬だった。店主が釣銭を渡す声に気を取られ、向き直った頃には柔和に笑う青年がいた。世話係を失ったのだと数歩進んでから理解した。

査古聿(チョコレート)食べたくない?」

 群青は不思議そうだったが頷いた。

氷菓子(アイス)でも構いませんか。すぐ買ってきます」

 返事も聞かず、物分かりのいい若者は数店前に通り過ぎた屋台に踵を翻す。この通りは空いていたが迷わないよう、木製工芸品の出店の脇の木の下に留まった。

「翡翠さん」

 試す。嫌味な声は返ってこない。木の上に居るのではないかと思って見上げてみても髪飾りの鈴が鳴るばかりだった。祭囃子が少し離れたところに聞こえる。歌も聞こえた。人々の話声や子供の泣き声も混ざっている。いくら待っても群青は戻って来なかった。急用が入り、途中で帰ったのだろうか。律儀な性格だ。苦しい選択を迫られたのかも知れない。正絹(しょうけん)ではなく襤褸雑巾を選んだのだ。それでいい。

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