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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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 あの人は四季国を壊したんだよ。そんな人とあなたは。違う、彼はただ命じられたから。命じられた?それなら何をしてもいいっていうの?大量殺戮なのに?それに四季国を襲ったのは…違わないよ、四季国が壊されたことと洗朱が吹き飛ばされたこと、一体どんな差があるっていうの?違う、わたしは別にあの人を許したわけじゃ…本当に?許したらいいじゃん、彼は命じられたから仕方がなかったんでしょ?やめて、掻き乱さないで。やめないよ、それにあなたに許す許さないを決める権利なんてあるの?違う、わたしは…楽になっちゃいなよ、解決なんてしないんだから。楽に、なる…?決着したらいいんだよ、まず決めなよ、どうするのかをさ。どうするって何を…分かって―


 後頭部が動かされ、枕が鳴る。胸の苦しさから放たれ両腕が軽くなり、身体が冷えたが心地が良かった。瞼が開く。夜に染まった天井がある。玄関扉の引戸が小さく軋んで足音がした。少しの間寝ぼけ、ぼうっとしていたが、頭が働きはじめる。紫暗だろうか。それとも。胡散臭い監視役か。しかし今は城内にいるのだ。監視される謂れはないはずだ。起きると寝汗をかいていた。湿った背が不快だったが立ち上がり玄関を出る。視界の端の竹林を見た。朽葉か。あまりの不甲斐なさに化けて出たとでもいうのか。山吹も寝ている時間帯だ。竹林に踏み入ると会話が聞こえた。ひとりは桜だ。帰ってきているらしい。話し相手は縹だ。寝汗が冷え、寒くなっていく。熱い夜が遠い昔のようだった。

「すまないね、本当に」

 縹は竹に背を預けて座っていた。膝に何か乗っている。膝掛布ではない。迷い込んだ猫にも思えたが、猫でもなかった。竹に隠れて目を凝らす。

「いいえ…ですが、よろしいんですか」

「またひとつ秘密が増えてしまうね。構わない…いいえ、よろしく頼みます、先生」

 縹の前に立つ桜はじっと縹を見ていた。膝に乗っているものは音を発している、人の形をしていた。しかし人とは思えないほど全てが均等に白い。純白だ。髪も肌も、雪や雲のように白い。見覚えのあるそれは、夢の中に化けてできた朽葉だ。無遠慮に縹の膝に乗り、上体を預けて呻いている。

「先生だなんて…僕は反対です。ですが、仰せのままにします」

「ありがとう。君は良い医者になるよ。けれど、だからこそ、すまなく思う」

「いいえ」

 桜は1歩2歩と縹に近寄り、細い硬筆のようなものを取り出した。何をする気なのか、極彩は爪を噛む。2人の間に割り込もうとしても身体が動かない。桜の手に握られていたものは注射器だった。真っ白な朽葉の項に打ち込まれる。

「また白梅薫る季節に…野生に冬は厳しいかな。けれど人に生まれても(しがらみ)だらけだから」

「長生きでしたね。こんな終わり方になるなんて…」

「大切なものができると信心深くなっていけない……ボクも、三公子も」

 縹は辞別の言葉を口にした。死んだというこだった。2人は暫く沈黙の中にいた。極彩はまた別の汗をかき、鼓動がうるさかった。

「どうなさいます」

「焼きたいけれど、焼けないよ」

 縹の声が静かな竹林に小さく響く。軽い咳を繰り返したが短く浅いものだった。竹林が風にそよぐ。少し温いだけですぐに冷える。

「秋に変わっていくね。空気がもう夏のものではないな」

「…縹様。お身体に障ります。あとは…」

「最期まで付き添わせて…せめて彼のために弄ばれたこの子には…」

 膝の上に乗った真っ白な朽葉の両腕を抱え上げる。だらりと真っ白な腕が投げ出され、縹の脚から離された。

「桜くん」

 真っ白な朽葉を軽々と引き摺る桜を縹は呼び止め、力なく立ち上がった。また風が吹けば簡単に倒れてしまいそうだった。

「ボクが―った時は、彼女を寄せ付けないで」

 極彩は動悸に襲われた。両耳を塞ぐ。聞きたくない。桜の手によって真っ白な朽葉の遺体が奥へと運ばれていく。

「努力します」

「桜くん」

「はい…?」

「いや。わがままばかりで済まないね」

 頭が酷く重く感じられた。足も重かった。足跡をつけるように歩いた。竹に身を預け、竹にぶつかり、竹に支えられながら。縹の顔を立てられるだろうか。望むとおりに行動できるだろうか。外通路まで来て、離れ家とは反対の城内に入っていった。地下牢に向かって重苦しい身体を引き摺っていく。下半身と上半身が別の生き物のようだった。紅に会わなければならない。話すことはない。謝って済むことでもない。息苦しい。紅の傍にいなければ気が狂いそうだった。寝台で穏やかな寝息をたてる小さな身体に、今日初めて安堵した。乱れた掛け布を直し、傍らに両腕を折ると顔を伏せる。明日は。仇みたいな男と。仲睦まじくなるわけではない。祭りに同行するだけだ。

「紅、許して…許してね…許さなくていいから…許さないで…」

 緩やかに上下する薄布の端を握る。何のために城に留まっているのかがもう分からないでいた。紅を連れて逃げてしまおうか。また2人で暮らす。安く脆い長屋で。働いて、何とか、2人で。紫暗には甘えたきりだった。縹を置いていけるだろうか。風月国に辿り着いてきたときとは違うのだ。何も成せないまま状況は変わってしまった。置いていけない。あの青年の命が尽きる瞬間に立ち会えるのか。だが立ち会わなければならない。涙は見せてはいけない。縋ってはならない。何の恩も返せておらず、仇も討てなかった。借りばかりが積み重なっていく。せめて矜持だけは守らなければ。互いに切り捨て合う関係だと吐いたのは誰だったか。情を捨てろと言われたではないか。身動(みじろ)いだ紅の左手が、髪を撫でた。



 極彩は竹林の中にいた。城は繁華街の大きな祭りに少し気の緩んだ空気があった。藤黄の苛立つ姿が容易に想像できる。朝、外通路に繋がる廊下近辺で会った時も慇懃な態度で挨拶を交わされたが、機嫌の悪さが伺えた。竹と土と晩夏の匂いを嗅ぎながら、簡素な石の前に辿り着くと腰を下ろした。約束があったはずだがぼんやりと空を眺める。錆びて脆くなり、触れたら壊れそうな髪飾りを供えられた石の横に、大きくもないが小さくもない石が新たに置かれていた。不自然に土が均されている。ここには何が眠っているのだろう。真っ白な朽葉。あれは何だったのか。夢かも知れない。夏の終わりを告げる物騒な夢だった。嫌な夢だった。後方で篠笛が聞こえる。山吹か。しかし息遣いが違った。竹笛しか聞いたことがないが、微かな癖がある。祭囃子の参加者の練習だろうと結論付ける。カラスの鳴き声が混ざり、竹がざわめいた。秋を迎える。きちんと別れを告げられるだろうか。約束の時間が迫り、そして過ぎた。冬にはここを出ることになるだろうか。紅を連れて。先に紅を杉染台に預け、少しずつ事を運ぶのがいい。杉染台の人々にはなるべく迷惑をかけないようにしながら。紅が生きているだけで。何もかも失う前に早くそうするべきだった。本当に何もかも失う前にそうせねば。

「逢引きの約束はどうなさるんですぅ?とっくに時間は過ぎてるんですけど?」

 覚えのある嫌味な喋り方が斜め後方から耳に届いた。囁かれているようで微風による幻聴にすら思えた。極彩は首を回して辺りを見回す。大した興味は湧かなかった。

「まだ監視していらっしゃるんですか」

 姿は見えない。探す気も起きず、2つ並ぶ石へ意識は戻る。

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