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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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 解雇なさってください。紫暗がぽつりと言った。

「意味、分かってる?簡単じゃないよ?これからの生活。内部の事情知ってるかも知れないんだから。それなりの誓約があるし、婦女子関係なく烙印が入るよ…いいのかな」

「天藍様。代わりにわたしが受けます。どうぞお罰しください。彼女にはそれで十分です」

 極彩は寝間着を脱ぎはじめる。天藍は呆れたように笑い、藤黄を呼ぶ。

「どうするの、これ?」

「どうするも、こうするも。一歩間違えば若、貴方様のお命すら危ぶまれたのですぞ。今でも我輩はその者が疑わしくてなりませぬ。あまりお近付きになるな」

 天藍は紫暗へ意見を求める。

「自分の判断です。極彩様は関係ありません。当然、このようなことになると考えなかったわけではりませんから、覚悟は出来ています」

「若」

「あ~そうだね。無断で世話していたのは確かに問題だ」

 脱ごうとする極彩の衣類を掴み中止させ、天藍は考えながら判決を下す。

「でも弟が悪戯じゃ済まないことを仕出かしたことは別件で…獄中死とはワケが違う殺人未遂でしょ。互いに揉み消し合うってことでどう?」

根本(こんぽん)はこの囚人を生かしたことにありましょう。それとこれとは話が別ではありませぬか」

「藤黄は一家処断の思想が大好きだもんね」

 極彩の寝間着を直しながら藤黄を振り向き、屈託のない笑顔を見せる。紫暗は俯きがちに極彩を見ていた。

「紫暗ちゃんはオレのもとにいるといいよ。彩ちゃんもそれで、オレのところに会いにきたらいいんだ。それがいいよ」

「お断りします。ていのいい人質じゃないですか!」

 紫暗が天藍を睨み上げると、藤黄は無言のまま憤りを露わにする。

「しあん、うみ?やまぶき、しあん、さくらんぼ。あにうえ…?」

 とてとてと軽快な足音がする。藤黄は険しい顔をさらに険しく厳しいものにし、地下牢の廊下を見た。山吹の呑気な声が緊迫した空気を裂く。紅が極彩の背中からわずかに身を傾け、山吹の姿を覗いた。

「山吹…部屋に戻りなさいよ」

 天藍は柵の奥で物見遊山といった気分らしい山吹に冷たく吐き捨てる。仲が良くないようだ。

「藤黄。お前がいると話が進まないから、山吹を部屋に帰してきて。下回りたちに失礼のないようにね」

 戸惑い、躊躇しながら山吹の下回りたちが後からやってくる。藤黄は何も言わず山吹の腕を無遠慮に掴み、牢の前を立ち去る。

「ごめんね?うちの世話係が。紫暗ちゃん、安心して。大丈夫だよ。君も彩ちゃんも罰したりしないよ」

「…ご迷惑をおかけします」

「ううん。彩ちゃん、もう少し自分を大切にした方がいい。世話係が大切なのも分かるけど…あまり病人の叔父さんを困らせるものじゃないよ」

 肩を一叩きされ天藍は微笑する。

「感謝いたします」

「でも本当にオレのところ、来てくれたら嬉しいな」

 爽やかにそう言って、天藍は去っていく。暫く3人は黙っていた。

「極彩様、その…」

「謝るな。謝るな、絶対。感謝している。ありがとうそれと、」

「極彩様も、謝らないでくださいね」

「…ありがとう、本当に。感謝しきれない」


 紫暗と少しぎくしゃくとしながらも紅の世話を任せると銀灰の願いのとおり極彩は杉染台を訪れた。銀灰は極彩のよく通っていた道の真ん中に佇んでいる。言葉を交わすより先に犬歯を見せて笑う。結局答えは出せずじまいで、考えてすらもいなかった。

「銀灰くん」

 銀灰とどう接していただろうか。長い付き合いではないが忘れてしまった。

「いらっしゃい、白梅ちゃん」

「まだ、その…」

 銀灰は水を浴びた動物のように首を振った。

「急かさないっすよ、いつでも待ってるっすから。白梅ちゃんが来てくれて、嬉しいっす」

 爛漫なこの少年が恐ろしかった。会うまでは。その存在が。その肉体に巡る血が。突然に。事情を知ってから。しかし救われもした。そしてこの瞬間でさえ救われた気になる。爽やかな笑みを直視出来ず極彩は目を逸らした。

「桜は元気にしてるの」

 銀灰は人懐こい眼差しを空に投げ、鼻の下を指で一撫ですると極彩の目の前へ近付き、腕を取る。

「今日は色々さ、予定があるんすよ」

 何度か唇を舐めたり、噛んだりして落ち着きなく銀灰は極彩を杉染台のさらに奥、例の病棟へと連れていく。黙ったきりだった。緊張が伝わった。横顔からも、掴まれたままの腕からも感じられた。

「銀灰くん?」

 不穏な空気を漂わせ、極彩はわずかに眉間を寄せる。

「オレっちの長所って素直なところだから、ちゃんとやっぱ言うべきだったなって、思って」

 首を傾げ、真意を探る。彼は立ち止まった。振り向くと極彩の行く道を塞ぐように対峙した。

「何?」

「ちょっと後悔してるんす。親父のこと言わないほうがよかったのかなって。白梅ちゃんが自分のこと責めるのオレっち、何となく分かってたのにさ。でもやっぱりちゃんと言ってよかったと思ってるんす。なんとなく苦い感じがするけど、ちゃんと言う」

 重大なことを告げようとしているらしく、極彩は身構えた。銀灰は幾度か唇を噛んだり結んだりしていた。

「何のこと…?誰の…話?」

「桜ちんのこと」 

 銀灰は病棟のある方角を向いた。極彩もその視線の先を追う。

「桜が何?桜がどうしたの?」

 焦れ、声を荒げ、銀灰に掴みかかりそうになったが留まって、両腕を鷲掴む。

「安楽死の薬をさ、打たせたっすよ」

 瞬時に脳裏を過ったのは全身に大火傷を負った者だった。銀灰は行くっすよ、と言って極彩の身体を引いていくように進んでいった。病棟の下の階にある工具店の前で銀灰は極彩を振り返る。無言のまま、ひとりで病棟に上がっていった。待っていろ、という意かも知れないし、待っていてもいい、という意かも知れない。極彩は数度目瞬きをして、工具店に踏み入った。相変わらず埃を被った商品が並んでいる。開放的な2階とは大きく違っていた。階段を上っていくと、すぐに銀灰の話していたことを目の当たりにした。少年の後姿の前に、白い布を被せられた遺体がある。花も香もない。乳蜜氷菓子(アイスクリーム)の容器が置いてあるだけだった。銀灰は極彩が脇に来ると膝を折る。極彩はほんの短い間にその亡骸を見下ろしていた。

「花とかないし、なんかこういう生活してると花手折るのもしんどくって。この怪我だったから火も使いたくなかったし」

 半分以上残っている乳蜜菓子は液体と化していた。匙の横に据えられた、化粧に使う小さな筆がその場にそぐわない。銀灰の手がその筆を取る。溶けた乳製品に筆先を浸し、白い布を捲った。瞼の焼けたその者は目元がまた別の布で覆われていた。爛れた唇に丁寧に乳蜜が塗られていく。銀灰が繊細に筆を扱えることに少しの意外さを覚える。

「桜ちんは社にいるっすよ。案外頼もしくってさ。なんだかんだ柘榴も杏もヘコんでるもんだから」

 部屋の奥にある衝立に隠れた扉のほうを一瞥して銀灰は苦笑する。オレっちも社に行かなきゃ。そう言って立ち上がる。極彩はまだ骸を見下ろしていた。

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