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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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 珊瑚の部屋に寄ろうとしたが医者たちが慌ただしく廊下を走っている様子を見て離れ家に戻った。外通路を曲がり、離れ家が見えたところで、玄関前に立つ四季国に捨ててきてしまった亡霊。目を凝らす。紫暗がいる。戸惑った表情を向け、小さく頭を下げられる。

「二公子がお見えになっています」

 紫暗は不本意な帰宅の挨拶も交わさない。驚きも見せない。離れ家に入る。床に座り、寛いでいる様子の天藍に揖礼(ゆうれい)し、膝を着く。

「勝手に来たのはこっちだから、そんな固くならないで」

 天藍は森の中で出会った青年と同じ声と顔で、違う笑い方をした。

「名前、まだ聞いてなかったよね。知ってはいるけど、君の口から聞きたいな」

「極彩と申します。名乗るのが遅くなり、申し訳ございません」

 澄んだ空を映した水面を思わせる輝いた瞳と合い、逸らす。気に障ったのか天藍の軽率な笑みが固まった。

「みんな綺麗って言ってくれるんだけどな、この目」

 おどけた口調と拗ねた唇。極彩は天藍を睨み上げた。海のような目だった。血の海を映す。

「何て呼ぼうか考えてたんだ。(さい)がいい」

 姿勢を崩して天藍はまた笑った。

「それは置いておくとして、…弟が世話になったからさ。ごめんね、どうせアイツのわがままか何かでしょ」

 弟、と口にした天藍は冷ややかで、それが嘘のように柔らかく笑みを浮かべる。

「困ったものだよ。本当、ごめんね」

「滅相もないことでございます」

「まだまだ子どもでも、その辺の子どもじゃない。一応公子なんだから、自覚を持ってほしいよ」

「自覚、でございますか」

 天藍は膝を引き摺って一歩前に出、極彩の巻かれた毛先に触れた。

「山吹の婚約者に手を出すなんて…公子としての自覚が足らないんじゃないか、と」

「何か誤解をなさっていませんか」

「でも君を連れて行った。…自覚が無いのは困るな。山吹とは違うんだ。公子なんだから。根本(こんぽん)から向いてないのかも知れないな」

 洗朱地区で崩れ落ちるまだ成長しきれていない身体。焼き払われた土地に呆然とする姿。

「…そうですね」

 毛先を弄ぶ天藍の指。耳に髪を掛けられ、さらに接近した。

「少し雰囲気が変わったね。髪型のせいかな。それとも、」

 眉間に指が移動する。顔を逸らした。師の身体に剣が突き刺さっていく様を冷徹に観賞していた眼差しが眇められる。

「気の所為でございましょう」

「そうかな」

「そうです」

 天藍は苦笑する。

「もっと話したかったけど、今日のところはもう戻るよ。邪魔したね」

 玄関前に立つ紫暗に一言二言残して去っていく。紫暗は天藍を見送ると、足音を立てて離れ家に入ってきた。極彩に容赦なくしがみつく。

「帰って来ないんじゃないかと思いましたよ」

「…ただいま」

 紫暗の口調は落ち着いているが、背に回された腕は細い身に反して力強い。

「ご飯はちゃんと食べられました?」

 城の雰囲気は変わった。向けられる視線も変わった。おそらく生活も変わる。だがここは変わらないのかも知れない。

「食べられたよ」

 2回ほど強く背を叩かれてから放される。だが両腕を掴まれ、しっかりと向き合わされた。

「極彩様はおかしくなったんだと思って…。それでも変わりませんけど、自分の役目は。とはいえ良かったです。二公子もそれを気に掛けていらしたので」

 それから…と紫暗は包みを差し出した。掌よりも少し大きいが軽い。柔らかい。小さな布と何か固い棒状のものが入っているのは外装からも分かった。

「縹様からです」

 包みを開ける。飽きるほど嗅いだ甘酸っぱい香りがふわりと漂った。4本の簪。そのうち2本に藤の花の飾りが付いている。折り畳まれた手巾。見慣れた繊維だ。広げると2つの折鶴と一字の刺繍。紫暗が横で散った匂いを鼻で集めている。

「白梅の香りですね、季節外れだけど…懐かしいです」

「白梅の?」

「朽葉様の自室からよく見えたんですよ。季節になればよく薫るんです」

 包みを抱いた。手が震える。洗朱に帰るはずだった女。

「極彩様…?」

「紫暗」

「はい?」

「あなたはただの世話係で、それ以上でもそれ以下でもないから」

 紫暗はあっけらかんとした顔で極彩の背を見ていた。極彩が外通路から城に入ったところで、山吹が世話係に連れられ廊下を歩いていた。山吹は極彩を見つけると世話係を置いて走り寄り、そのまま手を引く。

「さんご…!」

 先程会わないまま戻ってきてしまった珊瑚の部屋へ引っ張られているらしい。間隙(かんげき)だらけの不出来な要塞により狭隘な廊下が見えてくると山吹は極彩を置いて先に駆けていった。続いて極彩も、目の前で一度大きく崩れたことのある木椅子の山の脇をすり抜けて行く。珊瑚の部屋には医者の集団がいた。山吹は床に膝を着いて、横たわる珊瑚の手を握っている。額に濡れた布を置き、天井を滑る目が極彩を見つけた。いつにも増して活気のない顔だった。

「あんた…」

 消え入りながら呼ばれ、極彩は身を屈めた。

「鳥の餌…一摘まみ…」

 医者の集団を気にもせず横長の箪笥を指差し、力なく落ちる。

「承知しました」

 珊瑚は極彩を数秒無表情で見つめた。そして嫌味な笑みを弱々しく浮かべた。言われた通りに示された箪笥の上に置かれた鳥の餌を鳥籠の中の餌箱に入れる。小鳥が首を極彩の手に擦り寄せる。珊瑚は山吹と話していた。片手を顎の前で忙しなく動かしている。世話係も時折両手や指を複雑に動かして山吹と会話していた。

「さんご…」

「大丈夫だって。昼飯、ちゃんと食った?」

 複雑に片手を動かしながら珊瑚は訊ねる。山吹は首を縦に振った。

「すぐ治るから」

「やまぶき…、やまぶき、さんごたけのこ、…カーテン…」

「分かってる…分かってるから」

 真っ白い顔が柔らかく笑う。濡れた布の上に自身の手を乗せた。

「具合はどうです」

「…まだ少ししんどい」

「何か食べられますか」

 果物、と短く答えられると極彩は厨房へ向かった。昼の炊事が始まるため中は慌ただしい。果物の場所を訊ねると厨房の奥の貯蔵庫へ案内された。彌猴桃(びこうとう)を出される。四季国では果肉が緑のものが殆どだったが風月国では白金の果肉をよく見た。茶色の短毛に覆われた楕円形を握りながら2個選ぶ。それから菴羅(あんら)を勧められた。夕焼けによく似た色味をしていた。そしてよく熟れて甘い香りを仄かに放つ実芭蕉を3本もらった。菴羅(あんら)は手の余っていた炊事係に切ってもらい、彌猴桃(びこうとう)と実芭蕉は両断した。銀製の匙を添えて運ぶ。珊瑚は悪い、と言って山吹に支えられながら上体を起こす。随分雑だな、とぼやきながら半分になって実芭蕉の皮を剥いて山吹の口に入れる。謝ると、食い易いから別にいいけどと言って彌猴桃(びこうとう)の断面に匙を突き刺し果肉を掬い上げる。

「縹のとこはもう行ったのか」

「はい」

 食うか?と小さく切られた菴羅(あんら)を爪楊枝に挿して差し出された。極彩は首を振る。

「怒られたか」

「いいえ」

「…そうか」

 摘まんだ爪楊枝の先の果実を山吹の口に入れる。

「あれは、俺の気まぐれだ。もし誰かが怒ったら言えよ」

「はい」

 失礼しますと珊瑚の部屋から出て、温かくなった風の吹く外を歩く。洗朱地区の方角を向いた。中空を数えるほどの雲が浮かんでいるが、輪郭がしっかりとし、からりと爽やかだった。この澄清(ちょうせい)の下に弔われることなく転がり、挟まり、焼かれていった人々がいる。そう遠くはない場所で。

 極彩様!

 大声が庭に響いた。空想が途切れる。下回りでも特に顔を合せることが多い中年の女だ。両膝に手を着き、息を切らす。顔を向けると焦った様子で用件を話し、礼と謝罪を並べられる。話が見えないでいたが群青と共にいた真っ白い格好の下回りについて話していることが断片的に拾い上げた単語を組み合せてやっと理解できる。繰り返される感謝の言葉にたじろいだ。どうやら真っ白い装束の下回りは配偶者だったらしい。あの者は自刃を選ばなかったらしいが、もう1人の男はどうしたのだろう。

「わたしは…何もしてない」

 聞いていられず立ち去る。助けたつもりはない。白梅の香りに誘われただけだった。


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