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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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「あの娘が手酷く扱われてしまったのは残念だけれど、君までそうされに行く必要はない」

 明らかに強く傷口に綿を当てられている。

「直情型だね、困ったものだよ。若さかな」

「…ごめんなさい…とは思いますけど、縹さんもそんな歳いってませんよね?」

「かれこれもうすぐ25だよ。…そんな話はどうでもいい」

 調子が狂ったとばかりにうんざりした顔をしてから、真剣な眼差しへと変わる。

「あのね…君は女だ。差別的に聞こえたらそれも否定しない」

「…はい」

 温く濡れた布で肌を拭われる。赤茶の汚れが付着した。

「例外もあるだろう。個人差もある。でも君がそれなりの武芸を得ていたとしても腕力勝負になったら圧倒的不利だ。怪力持ちだとか特殊な訓練だとか様々あるだろうけれど、君はそうなのか。それなら何も言わない…でも己の力量を見誤ってはいけないよ」

 布越しに痣を押される。灰白は唇を噛もうとしたが縹が顎を掴んで阻む。

「一般的な性差の話だけではないよ。相手は公子だ。命がいくつあっても足らない。無闇矢鱈に関わるのは無難ではないことをよく理解しておいてほしい」

 珊瑚に対して反撃の余地は常にあった。組み伏せることも出来た。だが技術ではなく理性がそれを赦さなかった。説教に近いが心配されているのだ、と思った。だがすぐに、朽葉の仇討ちに支障があっては困るということなのだと理解して、はいと小さく答えた。だが湿布を貼る指が優しく、妙な心地になる。

「反省なさいな。…ところで明後日は空いているかい」

 話題が変えられ、明後日の予定を思い浮かべる。暫く山吹は花緑青との合同練習だ。ほぼ雑用係たちとローブに刺繍を入れたり炊事係と手伝いなどで灰白自体の予定は空いている。群青からはお休みくださいとしか言われていない。

「では群青くんの手伝いと治療訓練に付き合ってもらうよ」

「え?はい」

 縹は痕が残るから絆創膏は貼らないよ、と傷口を指で弾いた。それから水回りに移動する。灰白は派手なローブ姿を見つめる。

「治療訓練って何するんですか」

「さぁ?群青くんもノる気でなかったから君が考えて」

「え、治療訓練ていうくらいだから、専門的なものですよね?そういう知識ないです」

 シューっと電気による湯沸かし専用の水差しが音を立てている。縹は無言のまま灰白に背を向けている。聞こえていないのだろうかと、縹の名を呼ぶ。

「彼に休暇を取ってもらった。もう法律で決めるべきだね、仕事をし過ぎてはいけないと」

 縹は何か洗っている。答えになっていない返答に、聞こえていなかったか聞いていなかったのだと思った。縹は洗ったばかりのコップ2つに白みを帯びた茶色の粉末を入れていく。沸騰を告げる音が湯沸かしの水差しから聞こえた。

「折れた腕はまだまだ掛かりそうだけれど、足は少しずつ良くなっているみたいだから。ずっとベッドの上にいるわけにもいかない。君が付き合ってやってくれないか」

「そういうことなら」

 縹は小さく笑んで、湯を注ぐ。匙で軽く掻き回し、灰白に赤茶色の液体を差し出す。

「…ありがとうございます」

 薬茶だろうか。微かな苦味のありそうな匂いを纏った甘い香り。薬茶を縹も飲むのか、縹はコップに口を付けた。

「甘い物は嫌いだったかな。群青くんも甘い物が苦手でね。余ってしまったのだが、確認するべきだったね」

「あ…いえ…初めて見たので…」

 おそるおそるコップに顔を近付ける。

「茶屋にもあった気がしたが」

 灰白は液面に息を吹きかける。飲み方が悪いのか、熱いものを飲んだり食べたりした時高頻度で舌を火傷することが多々あった。

「ここの生活には慣れたかな」

「みんな優しくて、住みやすくはありますけど…でもたまに、四季国のこと思い出してしまいます」

 液体の温度を警戒してしまい、なかなか口に含めない。湯気が鼻の奥に沁みた。

「話には聞いているだろうけれど、君の…いや、ボクらの仇が帰ってくる」

 だから山吹は花緑青と宴のための舞の練習をしているのだ。求められている返事は分かっている。

「はい。心の準備は出来ています」

「…だから、あんな無理するの?」

「彼に抵抗して処された人たちがいるって知って、四季国の人たちと重なったんです。ぼろぼろになった紫暗を見て、四季国のこと思い出して。情を捨てろって縹さんは言ったけど、仇を討つだけしかない捨て駒でも、悔しさとか怒りとかは、あるから」

 縹は渋い表情だ。やっと少し冷めた液体を口に入れる。

「自分の心配をなさいな」

「大丈夫です。ちゃんと仇は討ちます。紅ともそう約束したから」

「そういうことではなくて。仇を討ったその後のことだよ。どうやってここを抜け出して、どこで暮らすとかさ」

 そう言われるとは思っていなかった。仇を討った後の自身のことは何も考えていなかった。生きていられると思えなかった。苦しい拷問の末、処されるだろうと。

「あの汚い街の端で一緒に暮らすかい」

 城を出て、四季国ではない場所で。風月国の闇の吹き溜まりのような街で。

「それもいいですね。でも、この国からは出ないと」

 王を討たれ混乱するだろうこの国に紅を残し、良くしてくれた紫暗を裏切る真似をして、不安定な珊瑚をさらに孤独に追い込み、冷遇されているらしい群青をさらに不利にすることにも構わず、縹と逃げて、行き着いたところで暮らす。それも悪くないと思った。

「…そうだね。あそこは君が住めるようなところではないから」


 第一浴場の使用制限時間が迫っているからと急かされ縹とは医務室で別れた。離れ家へ戻ると紫暗が布団を敷き終えていた。灰白に気付くと一瞬眉根を大きく歪ませる。

「着替え、用意しましたから」

「えっと、紫暗…」

 灰白は何から説明しようか迷った。全てが弁解だった。

「今は入浴が先です。閉まっちゃいますよ」

 入浴道具一式を押し付けられ、紫暗に背を押される。灰白はまた外通路を通って第一浴場へ向かった。薬湯の張ってある派手な湯殿(ゆどの)には日替わりで林檎や柚子や花弁が浮かべられている。今日は林檎だ。脱いでから痣が脚や脇腹にできていたことに気付く。身体を大まかに洗った後、湯殿に浸かり力を抜く。

 仇を討った後のことを考える。仮に自身が生きられなくても、この国には、ここで幸せに暮らしてほしいと願った紅がいる。死罪と分かっていながら身を呈した紫暗がいる。珊瑚は粛清されると怯えていたがまだ若い珊瑚が国を治める可能性は無くはない。珊瑚が今の風月王のようになっては意味がない。四季国のようになってはならない。

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