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彩の雫  作者: .六条河原おにびんびn


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11

 山吹の自室は竹林の中にまで伸びた敷地に作られていた。

「ごくさい!」

 山吹の自室へ入ると部屋の主は勢いよく飛びつく。傾いた身体を紫暗が支える。

「山吹様」

 赤い顔をしている。昨日の体調不良はまだ続いているらしい。

「ぐんじょ」

 山吹は灰白と紫暗の周りをきょろきょろと気にしはじめる。

「今日から群青殿は来ません」

「ぐんじょ」

 紫暗の説明に山吹は首を振る。

「今まで群青殿が教育係だったんですよ」

「ぐんじょ、ごくさい。しあん」

 山吹は灰白を抱き締めたまま灰白の肩越しに紫暗と話す。

「様子を見に来るとは思いますけど」

「ちょ、っと、苦しいです、山吹様」

 灰白が呻き、紫暗が山吹を引き離す。山吹は熱があるのか足元が覚束ない。倒れそうになる山吹を支える。紫暗はすでに部屋に控えていた雑用係に経過を聞いている。

「紫暗!」

 重くて潰れそうだ。

「はい、今」

 紫暗は小走りで山吹を支えるのを手伝った。

「ふわふわ、くものうえ。やまぶき、とり!」

 くたりと首の力が抜けている。なんとかベッドへ寝かせると山吹は灰白の手を力強く握った。山吹の目がゆっくり開く。柔らかく眼球の上を瞼が滑る。何度かそれが繰り返された。熱いほどの体温で灰白の手は放されない。

「放させますか」

 紫暗が繋がれた手を見ながら問う。放したら起きてしまいそうで灰白は首を横に振る。切り傷の塞がった指や手の甲。あの石は。墓なのだろうか。三公子は群青を辛辣に詰っていた。おそらく朽葉の死に対することが大きいように思えた。大きな包丁を眺めながら、あの場所で群青に自刃を命じそうな勢いだった。だが三公子の表情は今にも泣きそうで。

「極彩様もそのまま休みますか?」

 行動が制限されている。昨晩の紫暗もこうだったのだろうか。

「ぐんじょ…」

 山吹の艶のある唇が小さく動く。三公子は群青を毛嫌いしているようだが山吹は懐いているらしい。紫暗と雑用係は部屋の掃除をはじめている。

「風邪の薬をもらってきます」

 紫暗は部屋を出ていき、食器や衣類を片付けていた者も去っていく。山吹の寝息は穏やか。長時間雨に打たれていたことを考えれば容態は良好に思える。

「失礼いたします、群青です」

 扉が叩かれ、灰白は入室を促す。群青は黒く装丁された薄い雑記帳を抱えている。

「山吹様のお調子はいかがでしょうか」

「良好だと思います。まだ少し熱はありますが」

「さようでございますか。では本日はこのまま休養していただきます」

 開かれた雑記帳に左右から大きくペンが交差した。

「…群青殿も、ほどほどに」

「はい。心遣い感謝いたします」

 形式な返事は慣れていた。灰白の手を掴んだままの山吹の手から力が抜ける。

「ぐんじょ…?」

「はい、こちらに」

 群青は山吹の目が開いたことに気付くと膝を着く。

「ぐんじょ…」

「さっきからずっと群青殿をお呼びになっていて」

「さようでございますか。山吹様、わたくしに何か」

 山吹は群青を見つめている。眠気の残る双眸がとろんとして開閉する。

「ぐんじょ」

 山吹の手が、隣を叩く。ここに寝ろ。灰白はそう解釈した。

「ご遠慮申し上げます」

「ぐんじょ…」

 群青はお邪魔いたしました、と山吹に深く頭を下げ、灰白にも一礼すると部屋を出ていった。

「群青殿は忙しいね」

 山吹はこくりこくりと小さく頷く。

「ぐんじょ、おーあにうえ、ぐんじょ、おーあにうえ」

「山吹様?」

「さんご、ふあん」

 震える腕が枕を鷲掴む。涙が山吹の目頭を滴る。

「珊瑚様が不安なんですか?」

「さんご、おーあにうえ、ぐんじょ…」

 枕を掴む手が真っ白くなっている。灰白はその手を包み込む。

「薬をお持ちしました」

 紫暗がやってきて、包み紙を開けた。3つの丸薬が入っている。

「山吹様、お飲みください」

「さんご!さんごぉ!さんご…」

 山吹が暴れはじめる。薬を飲める状態ではない。

「紫暗、山吹様を看ていて。珊瑚様を呼んでくるから」

「三公子をっ?」

 山吹が喚き、紫暗の声は聞こえなかった。灰白は部屋を出る。珊瑚の部屋を知らないため、近くを通った雑用係に場所を訊ねる。教えられた場所は薄暗く、雑然とした廊下を通らねばならなかった。

「珊瑚様」

 光沢のある立派な扉を叩く。

「何。つか誰。ああ、あんたか」

 薄い二重瞼に沿った切れ長の瞳が灰白を見る。可憐さを帯びた鼻梁と唇。濡れたような黒い髪が緩く波を打っている。

「用件は?」

 厨房で見た姿と同じだが今は落ち着いている。

「山吹様のことで…珊瑚様の名を呼んで、薬を飲んでくださらず…」

 珊瑚は舌打ちして、灰白の目の前を通り過ぎる。

「ちょっと、珊瑚様?」

「あんたが呼んだんだろーが」

 珊瑚を追う。珊瑚には山吹にあった朽葉に似たものを感じない。兄弟といわれなければ分からない。顔立ちも雰囲気も。朽葉と山吹が似ているだけなのだろうか。二公子はどうなのだろう。走ってはいないが急いている珊瑚に追いつきながら灰白は思った。

「おい山吹」

 扉を乱暴に開けて珊瑚は紫暗に宥められている山吹へ向かっていく。

「さんご、さんご、たいよう?」

 珊瑚は山吹の肩を掴んでベッドに座らせる。山吹は抵抗することもない。

「元気だよ。薬飲め、ほら」

 紫暗から薬を奪い取り山吹の口に放り込むと水を飲ませる。乱暴だ。

「さんご、ぐんじょ、ばちん」

「山吹。あいつはな…いい。山吹、その話は、しー」

「しーっ」

 珊瑚は自身の唇に指を立てる。山吹もそれを真似る。

「つまらねーことで呼ぶんじゃねーよ。てめーらの仕事だろ」

 珊瑚は紫暗や灰白、雑用係をひとりひとりを威嚇して帰っていった。山吹はベッドに横になる。

「さんご、たいよう。やまぶき、たいよう」

 山吹はしばらく灰白を見つめていたが、そのまま寝息を立てはじめる。

「山吹様と珊瑚様は仲良いの?」

「三公子は山吹様には手を上げませんからね」

「二公子には上げるの?」

「自分は二公子とは関わりがないので直接見たことはありませんが噂では聞いたことがあります。兄弟喧嘩の類かも知れませんけど」

 安らかな寝顔を見つめる。紫暗は散らかった部屋を片付けている。

「公子のことで少し情緒不安になっているんだと思います。繊細なところあるみたいなので」

「そうなんだ」

「複雑なんでしょうね。立場が立場ですから」

「立場か…」

「二公子と三公子で揉めるでしょうから。本人たちではなくて…」

 山吹の眉間に皺が寄る。紫暗は口を閉ざした。

「さんご、たいよう。さんごたいよう、うんうん、金魚…」

 山吹がベッドに張った薄布を荒らす。

「極彩様?」

「珊瑚様を助けて…?」

 山吹は珊瑚を心配しているらしかった。権力を盾に脅しているが、その権力を巡り怯えているらしい。群青に対する厳しい態度、歪んでは波打つ眉と目。灰白はあの時狼狽した。

「極彩様、おひとりで三公子には会わないでください。危ないです。何が三公子を刺激するのか分からないので…」

「うん、ありがと。気を付ける」

 紫暗は腑に落ちないようだった。痛い思いや怖い思いを繰り返してきたのだろう。

「ごくさい、さんご…、やまぶき、さんご…金魚、ごくさい、ごくさい…さんご…」

 山吹の腕が宙を掻く。灰白を探して、灰白が手を伸ばすと加減のない力で掴まれた。腕相撲を挑まれているかのようだった。

「山吹様…」

 紫暗は首を傾げたが灰白は分かってしまった。

「ごくさい、さんご。やまぶき、うみ」

 山吹がぼろぼろと涙を零す。

「分かりました」

「極彩様、」

 紫暗が呼び止める。牽制に聞こえた。

「うん、紫暗は山吹様をそのまま看ていてくれる?」

 紫暗は返事を渋った。首を横に振る。紫暗、と呼ぶと小さくはい、と返事をする。

「何かあれば誰か呼ぶから」

「今、人手不足で部屋番がいないので気を付けてくださいね」

 紫暗が灰白の両手を握って眉を落とす。

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