25.阿部皇女《あべのひめみこ》
*阿部皇女が紀伊の有名な背の山を越えるときに詠んだ歌*
これやこの 倭にしては我が恋ふる 紀路に有云う 名に負ふ背の山
☆意味☆
これやこれ! ずっと見たいと思っとったんよ 紀路にあるっちゅう ゆーめーな背の山!
☆プチ解説☆
作者の阿部皇女は天智天皇の娘で、後の元明天皇
百人一首にある謎の歌人、蝉丸の歌の本歌と思われます。
蝉丸は背見丸なのかもしれませんね。
あえて明るく解釈しましたが、記録にある持統天皇の紀伊への行幸の時期と重ねると、この歌はそのとき詠まれた可能性もあり、夫の草壁皇子を偲んだ歌だ、という説もあるようです。
もしそうだとしたならば、背の山は草壁皇子、対にある妹の山は自分、かつて大和においてこの二山を二人に例え、草壁皇子が阿部皇女へ歌を贈ったのかもしれません。
正直この短歌だけでは、どんな意味が込められているのかを推察することは難しいのですが……
7巻1193番など、万葉集の先の巻に作者不明のそれらしいと思えばそうも見える歌もあり気になります。
かつてから「何らかの理由」で背の山に対して想いがあった、それは単に聞き及んでいたあの山、と言うだけかもしれないし、草壁皇子の思い出に関することなのかもしれないし、それ以外のことかもしれない。
これを読んだ貴方は果たしてこの歌でどんな場面を思い浮かべるのでしょうか。




