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《 第66話 さあ、帰ろう! 》

 


 私はクラウスの隣に座ると、床に膝をつく二人とクラウスを交互に見た。

「とりあえず二人とも顔を上げて立って下さい」

 二人に跪かれたら落ち着かない。

 ソファーを勧めたけれど断られてしまった。

 仕方ない話を進めよう。

「クラウス話を聞かせて」

「今、本人が話した通りすべての首謀者はサムだったってわけだ」

 感情のこもらないクラウスの声が室内に響く。



 起き抜けだからか頭が働かない。

 いったい何の事を言っているの?

「もう少し詳しく教えて」

「サムは兄セルトン伯爵にエルナが俺に気があると吹き込み焚き付けた。それがエルナの誕生会でのダンスのパートナー酔いつぶれ事件だ」

 事件ってほどのものじゃないけど。

 エルナさんとクラウスがダンスをするように意図的に仕組まれたものだったんだね。

 そういえば、舞踏会で伯爵がエルナさんを側妃にしたいって遠回しに言ってきたっけ。



「伯爵はクラウスとエルナさんをくっつけたかったの?」

「伯爵は再婚して以来エルナとの仲がギクシャクしていたからな。その仲を回復させたかったが方法がわからず末弟のサムに相談したってわけだ」

 シュナル殿とエルナさんは仲が良いからね。



 クラウスは淡々とした声で先を続けた。

 違う。淡々として聞こえるけど瞳には怒りの色を湛えていた。

「エルナが悩んでいると伯爵は信じきって、吹雪の日にトリアン伯爵令嬢とミルド男爵令嬢を利用し、セシリアを小屋に閉じ込めた。実行犯は伯爵だが、裏で画策していたのはサムだ」

 私を吹雪の中、小屋に閉じ込めたのはシュナル殿がそうなるように仕向けたから……。



「セシリアの食事に異物を混入させた件に関してもサムが絡んでいる」

「それはつまりアスタに赤い粒を渡したのはシュナル殿」

 私はそこまでシュナル殿に恨まれていたの……?

 シュナル殿は私と目が会うと露骨に視線を逸らし、自嘲気味た笑いをこぼした。

「ははっ、クラウスに全部見破られていたなんてね。彼女がここにいるって事は情報源はルディって事だね」



「調べさせていたらサムが皇宮に忍び込ませた間者に辿り着いた。ギル」

 クラウスがギルベルトさんに視線をやると、ギルベルトさんが一歩前に出て懐から書類の束を取り出した。

「私の調査によるとルディさんには病気のお父上とまだ小さいご弟妹がいらっしゃり、彼女が生活を助けていた事が判明しました。ルディさん本人からも伺っております」



 ははっと乾いた笑いを漏らすシュナル殿。

「そっか弱みを利用したって事。ルディ、君に裏切られるなんてね。僕は思いもしなかったよ」

 ルディは床にひれ伏す勢いで頭をつけた。

「申し訳ありません、サムエル様をお止めする手段を私には持ち合わせておりませんでしたので」

 投げやりな主人に頭を下げ続けるルディ。

 そこへギルベルトさんが割って入ってきた。



「弱みを利用しただなんて人聞きが悪いですね。私はルディさんにとっての好条件を提示したまでです。決められたのはルディさん本人ですので」

 いつもの穏やかな笑顔とのんびりとした声音を崩さないギルベルトさん。

 もしかして相当な切れ者なんじゃ……。

 投げやりだったシュナル殿が、悔しそうに顔を歪めてギルベルトさんを睨んでいる。



「お前はホント胡散臭いよね」

「それは心外ですね。確かに私この中では高齢ですが、入浴に関しましてはこだわりがありますので体臭とは無縁ですよ」

 シュナル殿の嫌味をギルベルトさんったら、体臭の話にしてサラッと返したよ。

 そしてギルベルトさんはおっとりとした声と表情で話を続けた。



「彼女はなかなか尻尾を出してはくれなかったので少し時間がかかりました。実に優秀な方で引き抜きたいほどです」

 むすっと不機嫌そうな顔をするシュナル殿。

「引き抜きたいとか言って、ギルの事だからルディに二重スパイでもさせたんだろ?」

 シュナル殿の指摘ににっこり微笑むギルベルトさん。

「私は主人が望むままに動いただけですよ」



 ああ、そうだった。ギルベルトさんも主人第一主義者だった。

 という事はクラウスがルディに二重スパイを命じたんだね。

「なるほど、だからクラウスが湖に早く着いたのか。ギルには敵わないよ」

 シュナル殿が降参とばかりに両手を上げた。



 すべての真相が雪崩のように押し寄せてきて、私の頭はパンク寸前だよ。

「セシリアを湖に連れ出した理由は、噂を証明させるためだな?」

 鋭い視線を飛ばすクラウスに対し、シュナル殿は世間話でもするように明るく告げた。

「アタリだよ。僕はお姫様をずっと偽者だと思っていたからね。僕と君との仲を邪魔する存在なんていらない」



 協力してくれてたんじゃなかったんだ。

 シュナル殿がそんな風に思って私を湖まで誘導していたなんて。

「事故を装ってセシリアを灯台から突き落とした。違うか?」

「その通りさ。僕からアルを奪うお姫様が憎かった。偽者にナミスの加護なんかないと思ったから消したかったのさ」



 あれはわざと……ふざけたふりして私は湖に落とされたの!?

 あんなに人懐っこくてフレンドリーなシュナル殿が、そんな事を考えていたなんて信じられないよ。

 そんなにアルの事を想っていたなんて。

 湖で突き落とされた件より私には気になった事がある。

「シュナル殿、クラウスはアルじゃないですよ」

「わかってるよ。クラウスが君を助けるために僕の手を振り払って湖に飛び込んだ。あの時に気づかされたからね。ああ、クラウスはアルじゃないんだって」



 シュナル殿はどこか寂しそうに遠くを見つめた。

「僕の捜し続けているアルはお日様のような笑顔で土の匂いがするんだ。クラウスは庭いじりなんてしないし、僕を壊れ物を扱うように甘やかしても、アルみたく叱ってはくれない。薄々わかっていたのにクラウスの優しさに甘えていたんだ」



 シュナル殿の想い人アルは私の師匠でもあるからわかるよ。

 師匠は笑顔でいつも野菜畑にいた。

 クラウスとアルは別人だから、いくら似ていても性格は違う。

 でもシュナル殿はクラウスにアルを重ねちゃった。

 アルはもう戻って来ないと知っていながら。



 瞳に影を宿したシュナル殿は弱々しく頭を振った。

「だってどうしようもないんだ。忘れよう忘れようって思えば思うほど、アルの事を忘れられなくなる。お酒で誤魔化そうとしたってダメで……」

 いつも明るかったシュナル殿からは想像もつかない悲壮感が伝わってくる。

 シュナル殿にとってはそれほどまでにアルは大事な存在だったんだね。



 私がソファーから立ち上がると、横からクラウスの手が伸びてきた。

 ソファーに座ってろって言いたいらしい。

 私は任せてと頷いて渋るクラウスを置いて、シュナル殿の前にしゃがんだ。

 白くて綺麗なシュナル殿の両手を取ってぎゅっと握り、私は真剣な顔で告げる。

「シュナル殿、禁酒しましょう!」



 ぎょっとした後呆気にと取られた顔をしたシュナル殿は、すぐにムッとしたように顔を歪めた。

「そんなんで忘れられたらこんな辛い想いなんてしないさ!」

 あ、手を振り払われちゃった。

 シュナル殿の言いたい事もわかるよ。

「きっと忘れようとするから辛いんですよ」

 私は口を尖らせシュナル殿をジトッと見つめる。

「だいたい大事な人を忘れようとするなんて、シュナル殿は酷いです」

「君に何がわかるって言うのさ!」



 私は今すごく怒っている。

 一人で苦しい辛いと殻に閉じこもっているシュナル殿に。

「大事な人を失ったのがあなただけ、だなんて思わないでよね。クラウスだって同じじゃない。アルはクラウスの兄君なんだから」

 今のシュナル殿は、昔の私を見ているみたいで。

 私にだって言えない事はあるけれど、私は閉じこもったりしない。



「私なんかフェストランドに来てクラウスからアルの事を知らされるまでずっと、いつかまた会えるって信じてたんだから」

「君はアルの事を知っているの?」

 私は頷いてからこうなったら言いたい事を言う事にした。

「名前も身分も知らなかったけど、私は師匠アルと過ごした数日間は絶対に忘れない。クラウスだってアルの事を話してくれた時、辛いはずなのに暗い顔なんかしてなかった」



 クラウスが連れて行ってくれた姿絵の広間での会話が蘇る。

 ショックと喪失感でいっぱいだった私にクラウスは言ったのだ。

「クラウスがアルは陽気で楽しい事が好きだったから暗い顔はするなって。アルは悪夢に悩む私に楽しい事を考えろって教えてくれたんだよ。今のシュナル殿を見てアルはなんて思うの?」

 私よりアルと付き合いが長いシュナル殿ならアルの性格をよく知っているはずだ。



「それは……」

 シュナル殿は瞳を揺らがせ俯いた。

「私はアルを忘れない。だからシュナル殿も忘れちゃダメ!」

 好き勝手に言っちゃったけど、もう少し柔らかく言ってあげた方が良かったかな……いやいや、これくらいビシッと言うべきだよね。

 今まで誰も言っていないのなら。



 黙って見つめて反応を伺っていると、シュナル殿が顔を上げた。

 灰色の瞳にほんの少しだけ光が灯ったような気がして私は安堵したのも束の間。

 シュナル殿に抱きつかれていた。

「ありがとう……そしてゴメンね。君の言葉で目が覚めたよ」

「シュ、シュナル殿!?」



 予期していなかった不意打ちに、肩に顔を埋められ私は固まった。

「君から土の香りがする。これは運命かな。アルがラルエットにいた時の事を話してくれる?」

「サム!」

 クラウスがシュナル殿に怒鳴るだなんて初めて聞いた気がする。

 うわぁ、すごい顔でこっちを睨んでるよ〜。

 シュナル殿は両手を広げ降参だと、あっさり私を解放してくれた。



 今のは風に抱きつかれたと思って忘れよう。

「ラルエットでのアルについて知りたいなら……あれを持って来ていたんだ。マーヤ、私の旅行カバンにあると思うんだけど」

 マーヤは頷くとクローゼットを開けて、私の旅行カバンからスケッチブックを取り出して渡してくれた。

「セシリア様が描かれていた日記です」

「これをシュナル殿にあげる。あとコレもね」

 私はシュナル殿にスケッチブックと、その間に挟んであった、アルがくれた私のお守りの絵とマーヤが見つけたカードを渡した。



「コレは……!?」

 カードを見たシュナル殿は驚きに瞳を丸くしている。

「このカードはひょんな事から私が持っていたのだけど本当の持ち主に返すね。こっちは私がアルと出会った時に付けてた日記。最後にこれ野菜の絵はアルから貰ったんだよ。私はこの絵にたくさん助けてもらったから、今度はシュナル殿がアルの力をもらう番」



 シュナル殿はカードと絵を日記に挟むとそれを大事そうに胸に抱いた。

「ありがとう。君には頭が上がらないよ」

 シュナル殿は瞳に涙をためて微笑んだ。



 シュナル殿とルディの件はギルベルトさんが、外部に流れないように処理をしてくれていたらしく皇宮に広まる事がなく済んだ。

 クラウスはシュナル殿にけじめを付けさせると言ったけど、私はシュナル殿は病気だって押し通した。

 だからと言って無罪放免ってわけにはいかないらしく、クラウスはラルエット流でシュナル殿を処罰する事にしたらしい。





 起きがけの首謀者判明事件の後はもうバタバタ。

 私が今までの事件の真相を聞かされている間、グリの姿のままネストはずっと寝こけていた。

 どうりで静かなはずだよね。



 食事が済むと私は渋るクラウスを説き伏せて、湖を再び訪ねた。

 ナミスとルンテにもう一度会いに来るって約束をしたからね。

 ナミスとルンテから通信球なる物をもらった。

 ゼリーのようにプルプルとしていて虹色に光る丸い物体。

 これを通して湖にいるナミスとルンテと会話ができるという優れもの。



 湖からそのまま皇都に向けて今度は馬車で移動をする事となった。

 行きはルディと二人きりの旅だったのが、帰りはマーヤにギルベルトさん。

 実はクラウスの護衛騎士ヨルクさんも扉の外に控えていて、シュナル殿にルディとグリの姿のネスト。

 通信球からいつでも会話が出来ちゃう、ナミスとルンテ。

 そしてクラウスも加わった大人数での、賑やかな帰路となった。



 短かったけれど色々な事があったこの旅はもう終わり。

 きっとこれからは良い方に運んでいくと思う。

 災なんてふきとばしちゃうよ。なんたって私は湖から生還したんだからね。

 私にはみんながついてくれてるから怖いものなんてない。



 ああ、でも馬車の隣はやっぱりクラウス。

 私の肩に寄りかかったまま寝ないでよ〜!

 さあ、みんなで皇都に皇宮に帰ろう!




 *********END*********




第66話をもちまして一旦完結です。

読者様のアクセス数とブクマに大変励まされ、完結を迎える事が出来ました。

物語は一旦完結ですが、まだまだ書ききれていない物語が存在します。

そのうちにこぼれ話や後日談などを投稿するかもしれません。その時はまたお立ち寄りいただけたら幸いです。

ここまでお付き合いいただきありがとうございましたm(_ _)m

【お知らせ】クリスマスにちなんだ短編を2作投稿(1作は投稿済み、2作目は夜投稿)予定です。なんと5000〜7000字以内!

そちらもどうぞお立ち寄り下さいませ。

注意:《仮面妃》とは繋がりはありません。

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