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図書室につき、机の上に置いたままにしていたノートと教科書を、少々手荒にカバンの中へ突っ込んだ。また、持ってきた電子辞書も一緒にいれる。自分のカバンの中と使っていた机の上、周りを見て、忘れ物がないことに安堵した。図書室は午後6時には閉まってしまうため、ここに忘れ物をしたら取りに来るのが難しい。
私はカバンを肩にかけ、来たとき同様足早に図書室を出る。もちろん、向かう先は数学準備室だ。
コンコン、と2回扉をノックすると、中から「入っていいぞ」という声が聞こえてきた。私はドアを開け、「失礼します」と軽くお辞儀してから中に入る。――と、なぜか先生がクスクスと笑ったので、私は先生の顔を見て首を傾げた。何かおかしいことをしただろうか。
少し不安になっていると顔に出ていたのか、先生が「あぁ、違う違う」と手を横に振った。
「いや……大崎は礼儀正しいなーと思って」
「へ?」
突然の褒め言葉に、思わず変な声が出た。ちょっと恥ずかしい。私は少し顔を赤くしながら、「ありがとうございます」と頭を下げた。
「えっと……なんで急に……?」
「ん?あぁ、……いや、やめとこう。今日やったとこ、ノートは取ってるよな?」
「え?あ、は、はい」
ふと、苦笑して言葉を切った先生を訝しげに思いつつ、私はカバンから数学のノートと筆記用具を取り出した。少し先生の様子がおかしい気もしたが、考えてみれば昼休憩も放課後もずっと|生徒(私たち)に捕まっていて疲れているのだろう。
しかも、数学のできない私がここ数日ずっと先生の時間を独占している気がする。
「……。」
「大崎?どうした?」
突如申し訳なさが込み上げてきて、思わず顔をうつむけた。……否。突如、というのは語弊がある。ここ数日、先生に数学を教えてもらうたびに感じていたものだ。ただ、今回はそれが大きな波となって訪れた感じがする。だんだん、胃のあたりが重くなってきて、私はさっと顔を俯けた。
これでは先生に心配をかけてしまうとわかっているのだが、どうも先生の顔が見られない。案の定、明らかに顔色の悪くなった私に先生が気づかわしげに声をかけてくる。
胸の内のもやもやした罪悪感を押し隠して、私は「すみません」と謝って顔をあげた。
「……大丈夫です」
「……本当か?」
「本当ですよ」
私はそう言って笑って見せた――が、しかし、元々嘘とか演技とかは苦手分野だ。できる限り平気そうに笑みを浮かべてみたものの、引きつっている気がする。というか、絶対引きつってる。大丈夫な顔じゃない。
……勉強もできなくて、能力もうまく使えなくて、人に気を遣わせて……。どんどん情けない気分になっていく。先生もいるのに。“大崎綾”というキャラクターは、こんなに感情のコントロールの効かない人物なのか。なんて面倒な子なんだ。
――せっかく、元気な身体になったのに。
もっと人の役に立てると思ったのに。もっとうまくやれると思ったのに。身体が元気でも、私はできることが少なすぎる気がする。
「――大崎……何かあったか?」
「……。」
どうも上手い返答が見当たらず、笑みと悲しみと苦しさが混ざったような、曖昧な感情がそのまま表情に出る。しばらく沈黙が続いたが、やがて先生が机の下から丸椅子を取り出して、自分の隣に置いた。
「ま、座れよ」
「……。」
……もう今日は失礼した方がいいのではないか。私はそう思い、椅子に座ることに躊躇った。しかし先生は返す気はないようで、小さくため息をついた後、自分が座っていた椅子から立ち、私の手を引いて丸椅子に座らせてまた元の椅子に座った。
数学の質問に来たはずがお悩み相談コーナーとなってしまったようだ。いや、まぁ私の態度が問題だったんだけど……。
しかし、私が悩んでいるのは“先生に迷惑をかけていること”であって、それを先生に相談するのは、ちょっと……結構、よろしくない気がする。
次に来る先生の言葉に怯えながら、私は座った時に膝の上においたカバンをぎゅっと抱きしめた。
長いので次に続けます。中途半端ぁ……。あと最後が気に入らないのでもしかしたら書き換えるかもしれないです。
主人公は“ネガティブ”と言うよりは“誰かに迷惑をかけるということを極端に嫌がる”子という作者の一口メモ。この性格は前世の身体の弱さが関係している。……という設定をこの話を書きながら思いつきました。作者的には先生に質問にいくたびに迷惑とか考えなくても彼らはそれが仕事だからサッ!といった感じです。
5,7の誤字についてご報告くださったお二方、ありがとうございました。