苛立ち
あれから、あの青年が通ることは無かった。
「あの辛気臭ぇツラ見なくていいじゃねぇか」
人間がどんな顔をしていようが、構わない。ここに来ないなら自分には関係無い。ただちょっと嫌な事でもあったんだろう。そう思うのに、あの何の楽しみもありませんってなツラが気に入らない。
(自分だけが辛いです~ってな、あのツラがムカつくから気になるんだ)
そんな自己陶酔さえも皆無だったのを承知の上で、八束はそう決め付ける。だが……
「……」
ごろり。
「………」
ごろり。
「………~っ!!ああ、面倒臭ぇ!!」
ごろごろと転がっていた八束が苛立ったように立ち上がると、そのまま姿を掻き消す。
(どこにいるんだ、アイツは!!)
そうそう、あんな瞳を持つ者はいない。もう一度見てみて、普通の瞳をしていたら、それでいい。そうしたら、このもやもやした感じは消えるだろう。だから、とっととそのツラ見て、忘れてしまおう。
そうして八束はふらりと町を彷徨いはじめる。
ひょい、と通り過ぎる車の上に降り立ち、流れる景色を眺める。と、とん。と次々と車の上を跳ね回り、町中を探すが中々見当たらない。
(とっとと出て来い!)
相手は八束が自分を探している事さえしらないのに、文句を言いながらも探すのを止められない。自分のテリトリーの境界あたりまで行っても求める姿は見当たらず、八束は次第にこうやって探す行為に飽きを感じ、溜息を吐くと車から飛び降り、ふらりと社へと向かい歩き出す。
しょせん、単なる気まぐれだ。飽いてしまえばどうでも良い。
八束はぶらぶらと、今度は辺りに視線をやることもなく散歩に興じる。うにゃん、と鳴く馴染みの猫の頭を撫でてやったりしながら歩いていると、向かい側から近づいてくる影に気付き、顔を上げる。
(げ……っ!)
探すのを諦めた途端、出やがった。
「…………」
今度は視線が合うこともなく、擦れ違った青年の背を、八束は振り返る。
「……やっぱ、ムカつく」
擦れ違う時に垣間見た人間の瞳には、相変わらず色が無かった───。