そんなつもりじゃなかった、とお前らは言う。③
本日、朝に一度更新しています。
終わった、と思った。
俺はほっと胸をなでおろし、朝霞を見る。朝霞は震えながらも俺の視線に気づき、小さく笑う。やっと終わったね、と。
朝霞を苦しめた元凶の終わり。勿論俺達のやったことは世の中にとってはとんでもないことだろうから、色々あるだろう。想像出来ないけど。それでも、俺に後悔はない。
雨野は、ただ愕然としていた。どこかでなんとかなると思っていたんだろう。いつも通りの自分の日常を誰かが守ってくれると。だけど、それは守るべき理由があるかどうか。それが重要になってしまう。少なくとも学校での雨野はみんなにとってその理由がなかった。自分自身で理由をなくしてしまってた。
「なんで……なんでだよっ! なんでっ!?」
こっちが聞きたいわ。なんで勝てるつもりでいた? いや、勝てるつもりだったんだろうな。
全部自分の為に動いてくれて、全部うまくいくって。俺達は泣き寝入りしか出来ないって。
自分にはそれだけの力があるって。思っちゃったんだろうな。
「いい加減にしろ? お前たちがいい加減にしろ!」
そう思わせた原因の一つが叫んでいる。もうさっきまでの余裕はなく顔真っ赤。
「お、お前たちのやっていることは犯罪だぞ!」
結構ギリらしいのは中原に聞いた。
「かもしれないですね。でも、いじめのもみ消しが犯罪じゃないなら、大人に正義って判断されるんなら、もう悪でいいです」
俺はもう決めたんだ。一度死にかけて決めた。後悔せずに生きようって。俺は……朝霞の為に逃げないって。
雨野の親父はぶるぶると震えだす。負けないぞ、俺はもうとっくにびびりまくって震え続けてるんだからな!
「ああ、ああ、そうか! じゃあ、名誉棄損で訴えてやろう! おまえ、親呼べ。親。お前じゃ話にならん。お前の親と直接話をしてやる。どういう教育をしてるか聞かせてもらおう」
親。
「父親には、『お前は使えない』と捨てられて、自分勝手に人を傷つける人間は最悪で、そうなっちゃダメだということを教えてもらいました。母親は……自分がきらいな自分になるな、と教えてくれました」
「……」
朝霞の細くて白い指が俺をほっぺたを撫でて気づく。俺は、泣いていた。俺も朝霞と同じだ。泣きたいわけじゃなくて、ただ感情が高ぶりすぎただけで泣ける。ただ、わかんない奴にはわかんない。
「そうだろうな! お前のような生意気なガキは捨てられるだろうな!」
雨野の親父は俺にそう吐き捨てて、俺に手を伸ばす。
都合のいい部分だけしか聞こえない耳をお持ちのようだ。切り抜きが得意な雨野、その親父だけあるわ。俺の肩をどん、と押した。
押した?
押した。
押してしまった。
「あ」
誰の声か。多分、明神さんの声。
俺はしりもちをつく。ケツが痛い。が、ケツが痛いのなんて今はいい。俺が慌てて見上げると、ぶわりと彼女の黒髪が揺れているように見えた。あーあ、やっちまった。
「こ、小谷君、大丈夫? ちょっと、待っててね」
彼女の顔は笑っていた。だけど、曇りまくってた。
「わたしは、君が……だから、なんでもするから」
囁くような声。俺をじっと見つめながら細く笑う。
そして、ゆらりと振り返る。俺を睨みつけふーふーしてた雨野の親父が朝霞の顔に目を見開く。
「な……なんだ、なんだ! そそそそその目は! そ、そ、その顔は!」
「うるさいので。とってもとってもうるさいので。黙ってください」
低い声。太陽からは絶対に聞こえない声。地の底から震えているような、朝霞の声。
そして、朝霞は手に持っていたスマホを操作し、画面を見せつける。
「この動画は……昨夜手に入れた雨野さんが飲食店で悪戯をしていた動画です」
最後の扉を開いてしまった。あいつらが。自分で勝手に。俺も朝霞もこれを出すことには迷いがあった。だけど、戸惑っていた俺達の背中をあいつらが押した。自業自得だ。
『いえーい、きゃはははは! ウチらガチ怖いもんなし~★』
音声を聞いた雨野は心当たりがあるんだろう、やべって顔してる。それで済むのがお前のすごいところだと俺は思うよ。
一方、雨野の親父は流石に分かっているようだ。顔を真っ青にして怒りではなく恐怖で震えている。俺も中原に教えてもらったけど、飲食店で悪戯動画をとって賠償金的な何かで親の人生を棒に振るぐらい搾り取られた人もいるらしい。あのデブ親父から搾り取るのは大変かもしれないけど。そんな雨野の親父が雑巾絞りのようにぎゅっと身体を捻じる。搾り取れそうだ。
「のあ! おま、お前っ! なん、なんて、なんてことしてくれたんだ! この馬鹿たれ!」
これは効くらしい。申し訳ないが嬉しくて仕方がないね! 俺、悪だし! 戻った雑巾が朝霞に笑いかける。やさしい笑顔のつもりなんだろうけどもう気持ち悪い以外の感想がない。
「な、なあ……君、その動画は、よ、よくないだろう? 出すと君の人生が滅茶苦茶になるかもしれないぞ、だ、だから……!」
「だから? もう人生滅茶苦茶にされたんで。それに……この動画は、中学時代ののあさんに虐められた人が送ってきてくれたものです」
「は?」
バカ面雨野。もしかしたら、あんま覚えてないのかもしれない。流石、雨野。
そう。まあ、色々、本当に色々あってこの動画が送られてきた。雨野が中学時代にいじめられてた子から。その子の時はうやむやにされ、その子が転校する羽目になったらしい。なんでだよ、なんでいじめられた側が転校しなきゃいけないんだよ。
雨野の事をずっと恨んで雨野の事を追い続けてしまっていたらしい。そして、
「この動画以外にも彼女が虐められている動画もあります。全部、全部曝します」
彼女は、たたかっていた。いつか雨野に復讐しようと。スマホを隠して、証拠を持っていた。いつか雨野が苦しむようにと。実は、明神さんの後ろにいるんだけど、きっと雨野は気づいていないんだろう。
雨野はただ、父親に怒られ、まずいのだと漸く気づき、顔を青ざめていた。罪の意識とかじゃないよな。ただ、マズいと教えられただけ。
「ち、違うの! そ、そんな……そんな……!」
「そんなつもりじゃなかった?」
朝霞が、怒っていた。本気で。
「飲食店で悪戯されてお店が潰れることだってあるのにそんなつもりじゃなかった? いじめられてるのを残しておくほど恨まれることをしたのに、そんなつもりじゃなかった? 誰かを言葉で行動で傷つけてもそんなつもりじゃなかった?! そんなつもりじゃなかったら!!!!」
俺は涙を流しながら必死に叫び続ける朝霞の背中を支える。俺ももうずっと涙が流れ続けている。ガチで意味不明だよ。お前らなんて。
「やるんじゃねえよ!!!!!!!!!」
朝霞の太陽じゃない叫びが響き渡る。
雨野のきっとなんとかなってうまくいく、『そんなつもり』だった未来はここで終わる。
みんなが手を伸ばす朝霞のスマホ。朝霞は真っ暗な目でタップする。そして……。
ぴろん……。
校長室の外から聞こえる通知音。それは、朝霞の勇気の声。そして、それはどんどんと……。
ぴろん、ぴろん、ぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろんぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろぴろ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
通知音が広がっていく。みんなが拡散し、もっともっと広がっていく。世界中に、きっと。
これで雨野と、たくさんの大人達が責められ、その家族が不幸になるかもしれない。ごめんなさい。でも、俺からすれば、こいつらが悪いでしかない。すべてを甘く見た結果。
そのあとの事は覚えてない。だけど、俺達を取り押さえようとした大人たちと校長室に飛び込んできたみんなとでめちゃくちゃになり警察がやってきたくらいでもう記憶がない。
そして、さらにその後もとにかく大変だった。だけど、後悔はしなかった。
あまりにも膨大な量の悪行がネット上に明らかにされ雨野を大人が守るのは不可能になった。そして、中学校時代のいじめと朝霞の飛び降り未遂について、曖昧に終わらせた学校、教育委員会、警察、地元メディアとかいろいろな所が責められまくった。
雨野の親父に至っては、雨野の情報が拡散されたことで、この女の親父だぞと特定され、関係者からパワハラなどの証拠がどんどんと出されていったらしい。その時も雨野の親父は『そんなつもりでおこなったわけではなかった。ただの指導のつもりだった』と言っていたらしい。ウケる。
結局、飲食店への賠償やらいろいろな責任追及やら、中原曰く『トカゲのしっぽ切』で徹底的に追い込まれたらしい。完全に終わったらしい。中原が言うのでちょっとあやしいが多分そうなんだろう。
俺は、何度も大人に『そんなつもりはなかった』と言いいなさいと言われた。そっちの方が君の未来の為だと。
で? どうしたかって? 言ったよ、もちろん。
「俺は、そんなつもりでした」
って。
俺は俺がきらいな俺になりたくないから。
朝霞に向き合えない未来ならいらないから。
この作品のこの選択が間違いなく正しい、とは言えないと思います。それでも、向き合うためにも描きました。お読みくださりありがとうございます。




