1547年(天文16年)3月5日、帰国の旅路に異変あり!細川晴元の反撃!
細川晴元は丹波国、播磨国の軍勢を率いて反撃を開始しました。3月上旬は祝い事が多く、幕府側の油断を狙っていました。
1547年(天文16年)3月上旬
―3月5日、午前8時頃―
―東福寺、立花家別邸―
立花家の上洛使節団は東福寺の住職や多数の修行僧に見送られて出立しました。
数日前から先発部隊が堺湊へ荷物を先送りしており、兵糧も先送りして次の宿泊地に先送り済の為、1000の精鋭が身軽な状況で帰国の道を進みました。
上洛使節団の護衛には本願寺200名、大徳寺200名、東福寺400名、石清水八幡宮200名、本願寺100名、堺衆100名、合計1200名が要所に配置されてこの日の目的地、5里(20キロ)先の石清水八幡宮に向かいました。
上洛使節団は午後14時頃に石清水八幡宮に到着すると本殿に参拝を済ませました。
参拝後に宮司や神職達と昨年に上洛した時の思い出話し等、歓談の時を過ごしていました。
そこに急報が入りました。
幕府の前管領、失脚した細川晴元の軍勢が摂津北部の芥川山城と高槻城を攻撃しているとの知らせでした。芥川山城は摂津最大の山城で南に1里(4キロ)の高槻城と連携している重要な城郭です。
細川晴元の旧領で、現在は新管領の細川氏綱の所領になっています。
―細川晴元推定兵力12000―
―高槻城は石清水八幡宮から4里(16キロ)―
―芥川山城は石清水八幡宮から5里(20キロ)―
石清水八幡宮の指揮官、善法寺政清が石清水八幡宮周辺の地図を広げて状況説明を始めました。
「細川晴元の軍勢は地形に通じており、油断出来ません。既に本願寺、大徳寺、東福寺、堺衆に援軍を要請しており、数日中に石清水八幡宮に援軍が集結致します。幕府側も反撃する筈ですが、万が一の為に我々も支援すべきと思われます!
そこで、我々の軍勢の総大将に立花義國殿、副将に立花将広殿に采配をお願いしたいと存じますが、如何でしょうか?」
善法寺政清の問いかけに、諸将は納得の様子を見せました。
「意義無し!」
本願寺、大徳寺、東福寺、堺衆の指揮官達が呟きました。
「立花家の皆様は大軍の指揮に慣れていらっしゃいます。我らは連携した戦いには慣れておらず、立花家の方々に指導をお願い致します!」
石清水八幡宮の指揮官、善法寺政清の好意で立花家が援軍を指揮する事になりました。
「承知致しました!
皆様の総意に従い、総大将を引き受けましょう!
まずは芥川城、高槻城周辺の情報集めと幕府側の動きを把握せねばなりません。
本願寺、大徳寺、東福寺、石清水八幡宮、堺衆の指揮官の方々に情報を集めて頂きます。
明日以降、何時でも出撃出来る様に備えましょう!
それから、善法寺政清殿に軍師の役目をお願いいたします。我々はこの地域の情勢に疎く、貴方の助言が必要ですから是非にもお願いいたします!」
「ははっ!是非にとあらば光栄にございます!
喜んでお引き受け致します!」
石清水八幡宮の指揮官、善法寺政清が軍師の役目を務める事になりました。
「さて、義國!副将として提案するぞ!
援軍はなぁ、5000と知らせてやれ!
現実に集りそうな数で朝廷と幕府側を安心させてやれ!」
立花将広が酒を呑みながら知恵を授けます。
「そうだ、義國!使者は御所には入れぬぞ!
東福寺の近衛家別邸に立ち寄り近衛家に縁のある人物に同行して貰え!縁者無しには御所に入れぬ!
幕府の二条城にも近衛家の縁者を同行した方が良いだろう!」
「叔父上、承知致しました!
その教えには感謝致しますが、呑み過ぎぬ様にお願い致します!」
笑いながら叔父の助言を採用しました。
義國は朝廷の五摂家筆頭、近衛稙家宛に使者を遣わしました。幕府側には将軍、足利義輝宛に使者を遣わして石清水八幡宮に兵力5000を結集して幕府を支援する事を知らせました。
―御所内、近衛邸午後17時頃―
―近衛稙家、九条稙通―
二人は洛内の巡回警備の事で洛内の地図を広げて計画を練っていました。
細川晴元が侵攻して来た事を未だ知りません。
そこに石清水八幡宮から立花義國の使者が到着、稙家は使者より義國からの書状を受け取りました。
「なんと!?細川晴元が反撃して来たと?
推定兵力12000!?
幕府からは知らせが無いが…
立花義國殿が援軍を指揮するのだな?
非常時だ、直答を許す!」
近衛稙家は動揺しながらも冷静に聞きました。
殿上人に対して通常は直答を許されません。
「ははっ、諸将の推薦により、援軍の総大将に立花義國、副将に叔父の立花将広、軍師には石清水八幡宮の指揮官、善法寺政清殿が決まりました!
石清水八幡宮に本願寺、大徳寺、東福寺、堺衆の兵力を結集、凡そ5000の軍勢が集まると思われ、幕府の軍勢の支援を致します!」
「承知した!我らも出来る限り幕府を支援する!
立花殿には宜しく頼む!と伝えてくれ!
使者殿、ご苦労であった!」
使者を退出させてから、暫くの間、近衛稙家は細川晴元の反撃を何故幕府が知らせて来なかったのか、考えていました。
「あっ!拙いぞ!
幕府は六角定頼が一族の婚礼で畠山政国を連れて近江の観音寺城に居る筈だ!
都には管領、細川氏綱と三好長慶の二人しか居らぬ!
幕府側の軍勢は半分しか集まらぬぞ!」
近衛稙家が唸りました。
「近衛様、観音寺城から都に戻るのに二日掛かります。恐らく今頃幕府は慌てておりましょう」
「そうだな、洛内の町衆に武装して集まって貰うぞ!
九条殿、町衆の頭衆を集めてくれ!
我らに出来る事をやるぞ!」
「ははっ、畏まりました」
―二条城、18時頃―
―細川氏綱、三好長慶―
二条城に細川晴元の侵攻が知らされたのは昼過ぎの事でした。日没前に援軍2000を派遣した後、さらに兵力を集めている最中に立花家の使者が到着しました。立花家の使者は近衛家の縁者が同行していたので管領、細川氏綱に目通りが許されました。
氏綱は使者から立花義國からの書状を受け取り、三好長慶に書状を見せました。
「ほぉ、立花義國殿が石清水八幡宮にて兵力を集めておられる…5000の兵力が援軍になるとな?」
三好長慶が使者に尋ねました。
「ははっ!石清水八幡宮に既に2000の軍勢がございます。間も無く5000の軍勢が集まり、高槻城方面に向かいます。
微力ですが、細川晴元の軍勢を牽制する所存にございます!」
「それは有り難い、立花殿と宗教勢力の方々に感謝申し上げる!
明日には出陣する故、宜しく伝えて下され!」
三好長慶が使者に対応した事から管領、細川氏綱が三好長慶に実務を任せている事が明らかでした。
使者を退出させて、三好長慶はため息を漏らします。
「ふぅー、六角定頼、畠山政国の留守中に細川晴元の反撃を受けて困った時に便利な立花家が居てくれて助かったぞ!
さて、此方も明日には戦場近くに参ろうぞ!」
三好長慶は芥川城、高槻城が攻められても堅牢な二つの城が簡単には落ちないと信じています。
六角定頼、畠山政国の軍勢が無くても勝てると考えていました。
細川晴元の反撃は充分に準備を重ねていました。
六角定頼、畠山政国が洛内に居ないと知っての行動でした。




