1546年(天文15年)12月中旬、勅使、万里小路頼房の腹芸炸裂!
朝廷から派遣された勅使、万里小路頼房は五摂家の筆頭、近衛家と次席の九条家から立花家の支援を託されていました。
関東に派遣されて立花家の施政方針や理念に驚き、戦国の世に稀な存在と確信する事になり、出来る限りの支援を決意しています。
1546年(天文15年)12月中旬
勅命を受けて関東管領、前橋上杉家の処分が決まりました。前橋上杉家の当主、筆頭宿老、その他の家臣達は五年間の職務停止、謹慎の処分を重く受け止めました。
諸将の心配事は軍事行動を禁じられた為、万が一、農民が一揆を起こしたり、反乱が発生した場合に鎮圧して良いのか?その鎮圧行為こそ軍事行動に解釈されてしまうのではないか?
ならば鎮圧が出来ないし、反乱も抑えられず、他国に攻撃された場合には対処に迷います。
この件に関しては重臣達からも疑問点として筆頭宿老、長野業政に対処を託されます。
当主、上杉英房からも「業政頼むぞ!」と難しい折衝を託されました。
夕刻から勅使を接待する宴が始まります。
勅使、万里小路頼房が酒を呑む前に確認しなければなりません。
長野業政が意を決して勅使の部屋を訪ねると万里小路頼房は外出していました。
勅命を伝えた後、勅使、万里小路頼房は宴が始まるまでの時間潰しに加賀美利久を連れて前橋城内を見物しており、行き先が本丸御殿最上階と判明しました。
「しまった!まずいぞ!勅使には加賀美利久が同行してるじゃないか?最上階から眺めたら城内の配置が悟られる!」
その頃、本丸御殿、最上階では万里小路頼房と加賀美利久が周囲の風景を堪能していました。
「加賀美殿、関東管領の権威を示す立派な構えだな?
もしも其方が総大将ならこの城を如何に攻めるかな?」
「はっ、攻めたくありません!
無理攻めしたら壊滅的損害になりそうです。
諦めて兵糧攻めにするしかありません!」
「ほほほ!そんなに難しいのか?」
万里小路頼房が冗談を晒して加賀美利久が上杉家の世話役達に半分冗談、半分本気の答えを聞かせます。
加賀美利久は雑談に応じながら周囲の防御配置を真剣に記憶していました。
そこに前橋上杉家、筆頭宿老、長野業政がやって来ました。
「万里小路様!是非に確認したい事がございます!」
「そうか、伺おうぞ」
「はっ、停職、謹慎の五年間、万が一に農民の一揆や反乱、他国から攻撃を受けた場合に反撃してはならぬのでしょうか?」
「ほほほ!なんだ、そんな事か?
農民の一揆の原因は大概は年貢と夫役の徴発が原因であろう?
加賀美殿、立花家では農民の一揆を防ぐ為に何か対策をしておるかのぉ?」
「はい、まず年貢は四公六民、六割を領民の取り分にしています。農民の所有する米の販売は農村単位で商人と立花家の役人と大國魂神社の神職が監査に立会い、公平な取引が成立します。其の他の生産品には極めて低い税金にしています。農家には米やその他の作物を作る場合に奨励金が支給され、収穫前に現金が支給されて農民の暮らしを支えています。
野菜等は自由に販売したり、食堂を開いたり、商売する事も認められています。
それから夫役と言う概念は無く、領内の民に告知して募集しています。
道路や河川、用水路、城の普請等に携わる人々には必ず決められた賃金を支払います。
強制して徴発する事は皆無です!」
「ほぉ、それで必要な人数が集まるのか?」
「はい、立花家の治世の評判を聞いて移住者が多数集まり、募集すれば人手は直ぐに集まります!
それでも人数が足りぬ場合には兵士を投入して彼らにも賃金を支払います!」
「ほほほ!それは素晴らしいぞ!
立花家に出来るなら上杉家にも出来るであろう?
同じ事を真似れば良い事、長野殿、如何かな?」
「はっ、参考になりますが、財政が厳しく、同じ事は厳しいかと思われますが…」
「歯切れが悪いな、前橋上杉家は五公五民か?」
「はっ、以前は五公五民でしたが、現在は六公四民に御座います…」
「それでは税負担が重すぎる!五公五民にせよ!
さらに出来る限り立花家の施政を真似てみろ!
一揆の原因は支配する側に責任があるのだ!
農民に対して軍事行動は許さぬぞ!」
「ははっ、承知致しました!」
「良し、それでは次に反乱についてだが、反乱の原因は上の立場にありながら支配される側の気持ちを理解してないが為に発生する!
反乱が起きたら立花家に調停を依頼せよ!
立花家なら公正に裁くであろう?」
万里小路頼房は驚きの解決策を提示しました。
「はっ?立花家に?…調停を…依頼ですと?…」
長野業政は想定外の回答に驚きました。
「当然であろう!関東八ケ国の統制を任せた古河公方家、関東管領、前橋上杉家が職務停止、謹慎の最中に関東を監察するのは武蔵国守護職、立花家に委ねられたのである!
反乱及び、他国からの侵略を受けたならば直ちに立花家に調停を依頼せよ!
これは勅命であるぞ!」
「勅命!?お待ち下さい!
先ほどの勅命には其の文言は無かったと思われますが?……」
長野業政の疑問は当然でした。勅命の中身を読み上げた時には立花家に調停を依頼する文言はありませんでした。明らかに勅使は立花家側の立場が有利になる様に仕向けていました。
「勅命も同然の事だ!
これより麿は府中に向い、立花家に勅命を伝えに参る!立花家には古河公方家、関東管領、前橋上杉家に代行して関東の静謐を監察する勅許を与える!
それ故に勅命も同然と言ったのだ!」
今まで大人しく勅使に従っていた長野業政の反骨心が熱く噴き上がります。
今こそ、ここで反論する姿を見せなければ、関東管領、前橋上杉家の名誉が地に落ちて、筆頭宿老の対面も失われます。
業政は一か八か芝居を打つ決意を固めました。
「それでは納得が参りません!
直接勅命を聞かねば家中の諸将や血の気が多い若者達を説得出来ません!
立花家に調停を依頼するなど真っ平御免に御座います!」
「なんだと?!長野業政!正気か?!
勅使に歯向かうとは!関東管領の職務は永久に戻らなくても良いのか!?」
万里小路頼房は長野業政が反抗した事に驚きました。
即座に頭の中で落し所を如何に導くか計算します。
加賀美利久に視線を当てて仲立ちをする様に目配せをしました。
「まぁまぁ、長野殿!少し落ち付きましょう!」
加賀美利久は長野業政の近習に目配せをして誰かを寄越す様に仕向けます。
この場を治めるには当主、上杉英房を呼び出すしかありません。
長野業政の近習が機転を利かせて抜け出し、上杉英房を連れて駆けつけました。
「立花家に調停を依頼せよとの勅命であるなら、真っ平でございます!この長野業政は筆頭宿老として腹を斬ってでも従いませぬ!」
上杉英房が現れた時には長野業政が勅使、万里小路頼房に命懸けの抵抗をしていました。
「業政!無礼者!!
勅使に反抗するとは何事だ!控えよ!」
日頃は温厚な上杉英房が怒る姿は珍しく、長野業政はホッと気を緩めて主人の登場に救われました。
「万里小路様!長野業政の無礼をお詫び致します!」
上杉英房は右手で長野業政の頭を畳に押し付け、自分も畳に頭を付けて土下座の姿勢で無礼を詫びました。
「ほほほ!良いぞ良いぞ!
麿も強く言い過ぎた!
それでは、農民の一揆については対策として内政を見直し、税制は五公五民にせよ!米や其の他の雑穀に野菜、その他の食物を作る農民に奨励金を与えて公正な取引を促し、前橋上杉家当主、上杉英房殿自身が改革に携われよ!長野業政や家臣達に任せず、先頭に立ち、改革なされよ!」
「はっ、承知致しました!」
「今年の四月に亡くなった筆頭宿老、長尾憲長は英房殿に娘を嫁がせて、其方の義父の立場を利用して専横を極めたそうだな?」
「はい、その通りにございました!
申し訳ございません!」
上杉英房は反省を込めて詫びました。
「其方が率先して内政を見直して農民の不満を取り払えば一揆の心配は無くなるだろう。
これからは筆頭宿老に任せず、宿老達と其方の合議制で知恵を集めて、治世を改められよ!」
「はっ、仰せの通りに致します!」
「宿老は何名おるのかな?」
「はい、長野、長尾、石川、千坂、斎藤の五名に御座います!」
「それでは五名の宿老と共に、家臣達の待遇や不満を解消する為、上杉英房殿が責任を持って政務に励まれよ!決して一人の独断専横を許さず、知恵を出し合い協力せよ!
さすれば反乱など起きぬであろうが、万が一に反乱あるならば、上杉英房殿自身が主導して解決なされよ!」
「はっ!肝に命じて最善を尽くします!」
「最後に他国からの侵略に対してだが、今までに他国に侵略された事は無かろう?」
「はい、御座いません!」
「そうだろう、関東管領、前橋上杉家の周囲で敵対しているのは立花家、甲斐武田家、秩父藤田家しか存在せぬ、五年間、それらの三家が侵略する事は無い故、心配は要らぬ!
これから五年の月日を無駄にせず、精進なされよ!」
「はっ!仰せの通りに致します!」
「それで、もしも上杉英房殿の手に余る事があるなら、正直に立花家に相談なされよ!
立花家は数百年、帝、近衛家、九条家の荘園を守る信頼ある家柄故、頼むに足る筈、如何かな?」
「はい、その折には立花家に相談致します!」
「それで宜しい、これより五年間、古河公方家と関東管領、前橋上杉家が職務停止と謹慎に成る為、立花家が関東の監察役を務める事になった!
これらの事は関東各地に布告する故、古河公方家、前橋上杉家と配下の諸大名は謹慎、軍事行動を禁ずる!
禁を破る者は厳罰に処する!」
「はっ!承知致しました!」
上杉英房が素直に平伏して妥協点に辿り付きました。
「それから長野業政!
見事な気骨を示した故に無礼を赦す!
これからも上杉英房殿をしっかり支えよ!」
万里小路頼房は笑顔で業政に声を掛けました。
「ははっ!畏まりました!
御無礼を深くお詫び致します!」
長野業政も内心ホッと安心して素直に謝罪しました。
万里小路頼房は巧みに芝居を演じながら適度な落し所に納め、前橋上杉家は当主、上杉英房を中心に五名の宿老の合議制を約束しました。
これで優れた能力を秘めた長野業政が筆頭宿老として強力に主導する事を封じました。
やがて夕刻になり、前橋城の本丸御殿、大広間では勅使を歓迎する宴が始まりました。
長野業政が命懸けの抗議で最悪の状況にならずに済んだ事から、宴の雰囲気は和やかな雰囲気に包まれました。
万里小路頼房と加賀美利久は大仕事の大半を片付けた事で、安堵していました。
後は府中城に向い、府中の町に暫く滞在する事になります。
「加賀美殿、長野業政は中々度胸が据わっておったなぁ、あの命懸けの反論で筆頭宿老としての信頼も増した事であろう」
「はい、父が、長野業政を警戒している意味が理解出来ました。彼に主導権を握らせず、当主と宿老の合議制を約束させた事に感謝致します」
加賀美利久は周囲に悟られぬ様に万里小路頼房だけに聞こえる小さな声で囁きました。
「ほほほ!まぁ、立花家には世話になっているからな、朝廷からのほんの手土産じゃ!」
「はい、父も喜びましょう!」
勅使、万里小路頼房と長野業政が互いの面子を賭けて対決しました。
長野業政が秘めたる闘志を見せましたが、万里小路頼房も鮮やかな腹芸炸裂!
巧みに前橋上杉家の施政改革と合議制への移行を誘導しました。




