1546年(天文15年)11月下旬、松千代、織田信長、出逢いと別れ!
織田信秀の我儘から立花家が返礼の宴が始まりました。
両家の関係が次第に深まります。
1546年(天文15年)11月下旬
11月29日の夕刻、織田家が所有する熱田湊の迎賓館敷地内の広場に立花家が多数の屋台を並べました。
屋台で作る料理は炒飯、焼きそば、焼きうどん、ひつまぶし、お好み焼き、鹿の角煮、鹿汁を用意しました。
多数の篝火が日没が迫る夕焼けと重なり、美しい風景になっています。
屋台の周囲では府中囃子の笛と太鼓が鳴り響き、お祭りの様な雰囲気になっています。
織田家の招待客50名は屋台で作る様子を屋内から眺めています。
熱田湊の商人の協力を得て地元の野菜と鹿肉を集め、迎賓館の竈も借りて宴の料理を用意しました。
招待客は外の屋台と屋内の竈から流れる旨そうな匂いに包まれます。
立花家筆頭宿老、鹿島政家が挨拶に立ち、府中囃子の笛、太鼓の音が静まりました。
「織田家の皆様には熱田神宮参拝のご案内を頂きまして感謝申し上げます。
我ら一同、織田家の皆様に感謝を込めてささやかな宴を捧げます。お料理の品は前菜を含めて八品と甘味を二品をご用意致しましたのでご堪能下さい!」
鹿島政家が頭を下げると配膳が始まりました。
再び府中囃子の笛に太鼓が響き、お祭りの様な雰囲気になりました。
最初に伊勢湾近海で今朝採れたカツオの炙りと蕪の焼酎漬けの前菜、二品目は蕪菜の炒飯、三品目に焼きそば、四品目は焼きうどん、五品目に鰻のひつまぶし、六品目はお好み焼き、七品目鹿の角煮、八品目は鹿汁を配膳しました。
晩秋から初冬の季節になり、開け放した部屋から外の涼しい空気が入ります。
立花家自慢の焼酎をお湯割りで提供すると織田家の招待客から旨いと評判になりました。
「立花殿!立花家の料理はなんと旨い事か!?出される食材の味付けに驚きました!さらに焼酎の旨さは格別です!」
織田信秀が旨さに唸りました。
「それは良かった!
そうだ、先日、初対面の時にすでに焼酎五樽をお送り済にございます。何しろその翌日未明に古渡城が攻撃されて混乱致しましたから、我が立花家の焼酎を味わう暇も無かったはず、それでは古渡城へ焼酎五樽、追加でお届け致しましょう!」
立花義秀が気前良く追加で焼酎を贈る事になりました。
「立花殿!焼酎五樽!?それは有り難い!感謝致します!…それから本日の料理を我が織田家の料理人へ伝授願えないだろうか?」
「ぶはははは!ご心配入りません。
ご返礼の宴の用意には織田家の台所方にお手伝いを頼みましたので、食材の調達に熱田湊の商人を紹介して頂きました。お陰様で野菜や海の幸に鹿肉の調達が上手く出来ました。食器の手配や調味料の手配から実際の調理まで全てに関わって頂きましたので、全て織田家の方々に伝授しております!」
「おぉ!なんと!?それは良かった!
どれも旨くて堪らぬ味付けに驚きました!
ご配慮に感謝致します!」
織田信秀が絶賛しました。
後に名古屋飯で有名になる鰻のひつまぶしは史実では明治時代に発案されましたが、ひつまぶしの起源を立花家が戦国時代に早めてしまいました。
さて、やがて甘味のモンブランと、柿の焼酎漬けの二品が出されました。
「立花殿!モンブラン?栗の甘さが際立ちます!
こんなに栗が旨いとのは知りませんでした!」
「初めて食べたら皆さん驚かれます。
栗を蒸して蜂蜜と味醂を混ぜています。
容器に入れて、圧縮して細かい穴から押し出します。
饅頭等の上から乗せると異なる甘味を楽しむ事になります」
「ほぉ、素晴らしい!それから柿の焼酎漬けも旨い!
何か香辛料が入ってる様な気がしますが?」
「はい、柿を焼酎と柑橘類の果汁と堺で仕入れた香辛料を混ぜて数時間で仕上がります。
モンブランと柿の焼酎漬けも織田家の方々にも手伝って頂きましたから、本日召し上がった物は熱田神宮周辺で調達出来る食材で賄えます」
「立花殿!今後、立花家と我が領内の熱田湊、津島湊で交易をお願いしたいのですが…」
「はい、喜んで!宜しくお願い致します!
航路の設定や手順については早速検討致します。
航路は品川湊、横浜湊、下田湊、鳥羽湊、堺湊などの主要経由地を行き来する航路に来年から本願寺の大阪の湊が加わる契約になりましたので、調整が必要になります。
来年の春に臨時便を就航、便数を少しずつ増やしましょう!
定期便の就航が出来るか否かは取引してみなければ分かりませんが宜しいでしょうかな?」
「はい、構いません!ご配慮に感謝致します!」
織田信秀は先進的な立花家と交易を進めて織田家の発展に繋げたいと考えています。
しかし、立花義秀は適度に織田家の情報が得られる程度に抑えて、織田家の成長に繋がる事を避けたいと考えていました。
松千代は信長と並びの席で宴の料理を楽しみました。
「松ちび!お前はいつもこんなに旨いメシを食べて幸せだな?」
「信長兄様、美味しいけど、毎日は食べません。
普段は質素にしています。
白米に麦や雑穀を三割混ぜて、焼き魚に漬物、豚肉、鶏肉、鹿肉と汁物を頂きます」
「豚肉?鶏肉?尾張では仏教の教えが肉食を禁じているから基本的に肉を食べる習慣は基本的に無いが、鹿と猪なら駆除したついでに時折内緒で食べる事があるぞ!」
「兄様、立花家では豚や鶏を飼育して食べています。
豚は成長が早く、安定した食料として流通しています。鶏肉は部位によって別々の旨味が有ります。さらに鶏の卵は栄養がたくさん有るし、旨いから生卵や炒め物にして良く食べています。
関東では猪や鹿は農作物を荒らすので、頻繁に駆除しますから庶民も猪肉と鹿肉を普段から食べています」
「それで、炒飯とか焼きそば等、あの旨い物は領民も食べているのか?」
「はい、領民の皆さんが家で作って食べていますし、町には飲食店で食べる事が出来ます」
「いいなぁ、松ちびが羨ましいぞ!いつも食べたいほどに旨いからな!」
「兄様、本日の料理は織田家の台所方が手伝ってるから大丈夫、料理人が作り方を習ったはずだから、気に入った料理が食べられるよ!」
「松ちび、本当か?良かったー!
それにしても、お前は6歳なのにたくさんの事を何でもわかっているんだな?」
「えっ、兄様、立花家を背負う覚悟だから、何だか頭に入ってしまいます」
「そうか、6歳でそんな覚悟をしているのか…
俺は三男で、兄が二人居るから織田家を継ぐなんて気持ちは薄かったぞ、長男信広は文武に秀でて、優しくて頼もしい兄だが、大人達は母の血筋が身分が低いから跡継ぎには相応しく無いと決めつけていた。
次男の兄、信時も母の血筋が低いからやはり駄目らしい。まぁ性格がきつくて俺とは喧嘩ばかり、評判も良くないし、跡継ぎから脱落したのは当然だった。
親父も最初は長男、信広兄貴に期待していたらしいが、反対が強くて諦めたらしい。」
「へぇー、そうなんだ、信長兄様、跡継ぎに決まったから良かったね!」
「良かったのかはわからんぞ!親父が俺に期待する様になったのはつい最近の事なのだ。
俺には二つ下.10歳の弟の信行が居るのだが、母と多くの家臣達が利発で性格が穏やかな信行が跡継ぎに相応しいと思っているらしい。
母は俺をあからさまに嫌い、弟を溺愛している。
筆頭家老や重臣の多くが信行を支持しているから安泰とは言えぬ状況だ!」
「あらまぁ、兄様こそ織田家の内情をしっかり理解してるじゃないの?
兄様こそ頭の回転が速くて凄いじゃん?」
「だからなぁ、将来に備えて家来を早く増やす方法を考えたぞ!」
「えっ?!それは聞きたいな!」
「それはなぁ、武家や町人、農民の次男、三男とか跡継ぎになれなくて、不満があったり、虐められてる奴を仲間に入れて家来にする約束を交わした!
あちこちの町や村に仲間を増やしている。
今は50名ほどだが、もっと人数を増やして武芸を磨いて俺の邪魔をする大人は成敗してやるのさ!」
「それは逞しい!兄様凄い!」
「仲間になった奴らは皆辛い目に遭ってるから俺が運命を切り開いてやるのさ!
大人になったら仲間を正式な家来にして立派な武士にしてやるのさ!」
「兄様かっこいい!」
信長は史実通り、身分を問わず、やんちゃな少年達を集めていました。
信長と松千代のお互いを知る会話の時間は暫く続きました。
「松ちび、俺はなぁ、大人になったら大軍を率いて上洛するんだ!
将軍を支えて幕府を立て直すぞ!
親父はきっと尾張国を統一する!
俺と親父で西の斎藤家、東の今川家を制圧すれば上洛出来る勢力になるだろう!
もしも幕府が日本を纏める能力が無いのなら、親父と一緒に織田家が天下を統一して新しい日本の国を作り直すぞ!」
「兄様すごーい!かっこいい!」
「親父が今35歳、俺は12歳!これから20年先と目標を定めるなら、親父は55歳!俺が32歳で天下を動かすぞ!
松ちび!その時は26歳だよな?
お前も手伝え!立花家も大きくなってるだろう?」
「はい!兄様のお手伝いを致します!」
「立花家は武田家、北条家と同盟してるだろう?
だから今川家は駿河本国の北を武田、東を北条家に塞がれ、西では我が織田家と対立中だ!
既に織田家と立花家は同盟したも同然だな?」
「はい、兄様の指摘通り、熱田神宮参拝で織田家が立花家の案内役になり、しかも武田家、北条家の方々も同行したとなれば、今川家は両家の関係に気を揉みましょう!」
「同盟したとの噂を巻くのも良いかもしれぬ…
親父に進言してみるかな?…」
織田信長は12歳にして頭脳明晰ながら普段は粗暴で言動も荒く、評判は良くありませんでした。
しかし、信長と松千代の会話は近くに居た家臣から織田信秀に伝わり、後に12歳と6歳の会話とは思えぬ会話をしていた事が判明します。
「信長兄様!思い出にひとつ松千代の贈り物を見て頂きましょう!」
松千代は信長に一言告げると席を離れ、祖父、義秀に合図をして宴席の先の広場に移動しました。
松千代の護衛の美人侍女五名と近習五名が篝火に照らされた広場に揃いました。
「これより、立花家の君が代斉唱と敦盛の演舞をご覧頂きます!この歌は儀式の時に神々や帝に捧げる歌として尊重されています!
短い曲ですが、ご清聴をお願い申し上げます!」
筆頭宿老、鹿島政家が宴席に向かって紹介しました。
松千代と美人侍女五名、近習五名が斉唱します。
御鈴の音が「チーン!」と響き、宴席の会話が静まりました。
「君が代斉唱!」
「君がぁー代はぁー!
千代にぃーぃぃ、八千代に!
さざれー!石のぉー!巌となりてぇー!
苔のぉー!蒸ぅーぅすーぅ、まーぁぁでぇー!」
「チーン!」御鈴が響き君が代斉唱の終わりを示しました。
宴席に初めて胸に響く歌が織田家の人々に感銘を与え、周囲が静まりました。
「続きまして、松千代君から織田家の皆様に感謝の演舞をご覧頂きます。
敦盛の一節の演舞に御座います!」
鼓の音が響き、松千代が右手に扇子を開いて構えました。
「人間ーん五十年んんー!
下天の内をぉー!比ぶればぁぁー!
夢幻のぉー如く也ぃーぃー!
ひとたび生を受けぇー!
滅せぬ者のぉー!有るべきかぁぁー!
滅せぬ者のぉー!有るべきかぁぁー!
人間んー五十年んんー!
下天の内をぉー!比ぶればぁぁー!
夢幻のぉー如く也ぃーぃー!
ひとたび生を受けぇー!
滅せぬ者のぉー!有るべきかぁぁー!
滅せぬ者のぉー!有るべきかぁぁー!
松千代が最後に天に向いポーズを決めると宴席から拍手が湧きました。
太鼓がダダダン!ダダダン!と響きました。
いつの間にか広場に兵士達が集まりました。
「応援歌始めぇー!」
若者が叫びました。
若い兵士達が飛び跳ねながら手拍子を響かせて歌います。
「おーぉーにぃーっぽぉーぉーん!
にぃーぃっぽん!にぃーっぽん!にぃーっぽん!
ハイハイハイハイ!
おぉーぉーにぃーっぽぉーぉーん!
にぃーぃっぽん!にぃーぃっぽん!にぃーぃっぽん!
ハイハイハイハイ!
おぉーにぃーっぽぉーぉーん!
にぃーぃっっぽん!にぃーぃっぽん!にぃーっぽん!
ハイハイハイハイ!
立花!ダダダン!
立花!ダダダン!
立花!ダダダン!」
太鼓と手拍子が響き、立花家の応援歌が披露されて拍手が上がりました。
「有難うございましたー!」
松千代と美人侍女、近習に多数の兵士達が頭を下げて感謝を表しました。
宴席から大きな拍手と歓声が上がりました。
立花家の若い兵士達が飛び跳ねながら歌う様子に宴席の招待客に衝撃を与えて盛り上がりました。
やがて、宴が始まりから一刻半(3時間)、立花家と同盟大名家の諸将は明日早朝の出発を控え、二日酔いを避ける為、終わりの時間が来ました。
最後の挨拶に立花義秀が立ち上がりました。
「織田家の皆様に申し上げます!
立花家と同盟大名家は念願の上洛を終えて、明日早朝に帰国いたします。僅か4日間の滞在でしたが、ご友誼に感謝致します!」
立花義秀は織田信秀と織田家の諸将と別れの挨拶を交わしました。立花家や同盟大名家の諸将も織田家の諸将と挨拶を交わしています。
松千代と信長は最後にハグをして別れを惜しみました。
「信長兄様、名残惜しいですが、お別れです。
遊んでくれて有難うございました!」
「松ちび!楽しかったぞ!君が代斉唱とお前の敦盛の演舞も良かったぞ!
また会おう!いつになるか分からないけど、お前は義理の弟だぞ!」
「兄様、有難う、またいつか、逢いましょう!」
笑顔の松千代と信長の目に涙が溢れました。
二人の護衛達の目にも涙が光りました。
上洛帰りに立ち寄ったら織田信秀、信長親子と立花家が親交を深める事になりました。
松千代と祖父、立花義秀は将来織田家と対決する覚悟をしていましたが、織田信長、織田信秀と親しくなってしまいました。
10年先、20年先の未来は?…両家が手を結ぶのでしょうか?




