1546年(天文15年)11月上旬、上賀茂神社へ!
五摂家筆頭、近衛稙家が早朝から奔走した事から上賀茂神社、清水寺に軍勢を率いて出掛ける事になりました。
1546年(天文15年)11月上旬
11月2日早朝、五摂家筆頭の近衛家から上賀茂神社、清水寺に使者が送られました。
立花家と同盟大名家の表敬訪問受を知らせると直ぐに先方から歓迎するとの返事がありました。松千代が提案した観光と幕府に朝廷側の勢力を誇示する事が両立します。
近衛邸に宿泊した松千代と立花家の一同は朝食に京粥と漬物を堪能すると支度を済ませました。
御所内に宿営していた立花家、同盟大名家の軍勢3000は隊列を従え、御所の南側の堺町御門を通過して護衛の東福寺の軍勢1000と石清水八幡宮の軍勢2000と合流、二条城付近を掠めて堀川通りから北へ進路を取ります。
総勢6000の軍勢が北に1里強(5キロ)の上賀茂神社に向かいました。
御所から二条城付近の民は東福寺の僧兵と石清水八幡宮の神兵に護衛された立花家、同盟大名家の行列を見学しに集まりました。
護衛の軍勢は東福寺の僧兵1000が先導します。続いて近衛家が用意した祇園囃子の演奏が注目を集めます。
チントンシャン!チントンシャン!
太鼓、笛、鐘の音が響き、大通りに人々が集まります。
そのお囃子の演奏者の後から少し離れ、お囃子の演奏を邪魔しないように立花家の女性騎兵100騎が華やかに通過します。
ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!
ビュンッ!ビュンッ!ビュンッ!
鳴弦の儀式で邪気を祓いながら祝詞を唱えて行軍します。
「朝廷のご好意にてー!
上賀茂神社にー!
お参りに伺いまするー!」
庶民に聞き取りやすい言葉で祝詞を唱え、朝廷からの好意で上賀茂神社にお参りにする事を強調しています。
華やかな軍装の軍勢が行軍するのは珍しく、見学者が多数集まると後続の兵士達が気合いの声を上げてその場を盛り上げます。
「エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!」
気合いの声を出しながら行軍しました。
昨日は御所の南側に住む民が見物客として多数の民が集まりました。
豪華で壮麗な行列だったと近隣では大きな噂になり、この日は御所の東側と北側に住む民が噂を確かめに大勢が見物に駆けつける事になりました。
黄金菊の紋章の軍旗が100本を超えて掲げられ、同盟大名家の軍旗が風に揺られて勇壮な行列に都の民から拍手と歓声が上がりました。立花家と同盟大名家の軍勢は都の民に見送られ、1時間半ほどの時間で上賀茂神社に到着しました。
神社は美しい紅葉に包まれ、背後の山には紅葉の絶景が広がります。
立花家、同盟大名家の軍勢と護衛の軍勢の大半が神社の外に滞陣、松千代や立花家、同盟大名家の関係者100名に護衛100名が境内に入る事を許されました。
荘厳な空気に包まれた静寂の中、本殿に参拝を済ませると、上洛行事の無事を願い、宮司に祈祷して頂きました。
上賀茂神社境内には多数の湧水と小川が数本流れています。
その清らかな水に鳥の声を聴きながら、弓場に於いて、特別に武射神事の奉納と流鏑馬の奉納を行いました。
上賀茂神社では1月に武射神事(40m先の的に弓矢を当てる行事)と10月に笠懸神事(流鏑馬の神事)を行いますが、本日は近衛家から依頼した事で二つの神事を立花家、同盟大名家の代表が行う事になりました。
先ず、武射神事から始まります。
会場には上賀茂神社の関係者100名と立花家、同盟大名家の関係者と護衛200名、合わせて300名が見守りました。
神事には上賀茂神社の関係者から選ばれた弓の達人7名と立花家、同盟大名家から40名が参加しました。
最初に神職の代表が鏑矢を放ち、音を響かせて邪気を祓い、儀式が始まりました。
的には鬼と書かれた紙が貼られています。
先に上賀茂神社の神職7名が各々3つの矢を放ち、 22間(40m)離れた的へ21射で15本が命中すると会場から拍手が上がりました。
続いて立花家の女性兵士7名が弓を放ち、21射で17本が命中、女性達の快挙に会場から多数の拍手が湧きました。
その後には立花家、猿渡家と同盟大名家、11家から選ばれた弓の達人達が11名ずつ、3組に別れて凄腕を披露しました。
いずれも的中率8割超える成果をあげて観衆を沸かせる事になりました。
次に場所を移動して笠懸神事が行われます。笠懸神事専用の馬場に移動、出場するのは上賀茂神社の関係者から3名、立花家、猿渡家と同盟大名家から33名が参加します。神事を始める前にお祓いを受け、お神酒を頂きました。
最初に参加する人馬36騎、1騎ずつ、競技する馬場を試走させます。
往路100間(180m)の左側に水平射撃の的が2つ、高さ6尺(180cm)、流鏑馬と同じ高さの的があります。
行き止まりの馬止めから折り返し、復路100間(180m)を走り、右側に地面から2尺(60cm)、膝上ほどの高さに備えられた小さな的2つの的が地表近くにあり、命中させるには並外れた技量が必要になります。
試走して的の位置を把握して神事が始まります。
神事は往復200間(360m)の左側2ヵ所の的に命中すると20点、右側2ヵ所の的に当てると30点、最高100点を目指して腕を競います。
左右に角度が変わる的は通常の流鏑馬と違い、高難度の実践的な競技になります。
法螺貝が鳴らされ、上賀茂神社の代表が最初に走りました。走り出すと同時に「カン!カン!カン!」と鐘が鳴らされて周囲に馬が走り始めた事を知らせます。
最初の上賀茂神社の代表は往路の水平射撃で2つの的に命中、復路の的は1つは当たりますが、的が小さくて2つとも命中させるのは至難の技でした。続いて上賀茂神社の代表が2人挑みました。
互いに復路の的を2つ命中、復路の的に挑みますが、的の1つを当てられず、3名が70点に終わりました。
続いて立花家の代表は最初に女性騎兵が走ります。法螺貝が鳴らされ、走り出すと同時に鐘が鳴らされました。
女性騎兵は左側の往路の的2つを射貫き、観客から歓声と拍手が上がりました。
やがて復路の的2つに立ち向かい、馬を見事に操りながら馬から右に姿勢を下げて1つ目の的に命中しました。
「うぉー!!」と歓声があがり、女性騎兵は背中の矢筒から矢を取り出して右下へ姿勢を傾けると2つ目の小さな的に見事に命中させました。
「うわぁー!!」
「やりおったぞ!!」
会場の観衆から拍手と歓声が上がりました。
女性騎兵の快挙に会場が盛り上がりました。
続けて立花家の騎兵が挑みます。
2人の騎兵が続けて往路の2つに命中、復路の的も的中を果たし、立花家の3騎が完全的中を果たしました。
続いて猿渡家、同盟大名の代表30名が次々に挑戦した結果、5騎が完全的中を達成する事になりました。
流鏑馬には無い、右への射撃に地面近くの小さな的は難度が高く、実戦さながらの馬術と弓の技量が試されました。
笠懸神事に参加した36騎は8騎が完全的中を果たし、大半の騎兵が70点の技量を示しました。
最後に参加した36騎は観衆の前で下馬すると、お辞儀をして声援に礼を返しました。
「良くやった!」
「見事なり!」
「楽しめたぞ!」
神事の終了を告げる法螺貝が響きました。
「エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!」
自然な気持ちで兵士達が気合いの声をあげ始めました。
「エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!」
拍手が鳴り響き、上賀茂神社の特別な計らいで武射神事と笠懸神事が幕を閉じました。
上賀茂神社は紅葉の絶景の中に弓場や馬場があり、松千代や立花義秀、猿渡のご老公様も神事を堪能して感激していました。
「天晴れ!楽しめたぞ!
松千代?楽しめたか?」
「お爺!めちゃくちゃ楽しめたよ!
ご老公様も楽しかったかなぁ?」
「松千代!楽しかったぞ!
来年も上洛するかな?」
ご老公様は冗談が出るほど楽しめた様でした。
「政家!宮司様に奉納金を弾むぞ!
500貫に増やして奉納しろ!」
「はい!承知致しました!」
側に控える筆頭宿老、鹿島政家が近習に指示を出して支度に掛かりました。
松千代、立花義秀達一同は上賀茂神社本殿に移動すると宮司と神職達にお礼を述べて最後の挨拶をしました。
鹿島政家から宮司に奉納品の目録が渡され、
奉納品の馬車を見せました。
「目録をお確かめ下さい。
上賀茂神社の皆様のおもてなしに、細やかながらの感謝の気持ちにございます。
賀茂別雷命の神様の為にご奉納させて頂きます」
鹿島政家が宮司に目録の確認を促しました。
「これは?なんとも…
こんな大金を頂く訳には参りません!」
目録に目を通した宮司の目から涙が溢れました。
立花家から米5俵、清酒5樽、現金500貫(5000万円)が奉納と書かれています。
上賀茂神社は戦乱の為に収入が減り続け、資金繰りに苦しんでいました。
「宮司様、本日の心を込めたおもてなしに感激致しました。いずれ上賀茂神社の式年遷宮がございましょう。
式年遷宮の時が来ましたらお知らせ下さい。
都の守り神のお社の為なら立花家は出来る限りの奉仕を致す所存にございます。今はその準備の為に奉納させて頂きます!」
立花義秀は宮司の手を握り、感謝の気持ちを伝えました。
「立花様、当神社の賀茂別雷命の神様に成り代わり、御礼申し上げます…」
宮司の言葉に周りの神職達の目にも涙がありました。
上賀茂神社の宮司、神職達に見送られ、松千代、立花義秀達の軍勢は清水寺に向かいました。
上賀茂神社にて武射神事と笠懸神事を同時に行う特別な待遇を受ける事になりました。
都を守る要、上賀茂神社を大切にする立花家の想いが、何か良い事に繋がるかもしれません。




