1546年(天文15年)10月下旬、夜襲!反幕府派の襲撃事件!
近衛家にて楽しい宴が終わり、帰路には何やら怪しい影が…
1546年(天文15年)10月下旬
堺の近衛家別邸で接待を受けた松千代、立花義秀の一行はこのまま宿泊する事を勧められましたが、謝辞して立花家の別邸に向かいました。
堺の町は会合衆と名乗る豪商達が自治権を持つ都市で、大名の軍勢が入れず、治安維持の為、独自に雇われた数百名の警備兵が存在しますが、公家の近衛家別邸の警備は甘く、敵対勢力に狙われる危険がありました。
立花家は会合衆と協議して堺の町に護衛兵士50名まで配備する許可を得ています。
万が一に備えて立花家の別邸に宿泊するのが最善です。
近衛家別邸から立花家の別邸まで徒歩10分程の距離にありました。
松千代と立花義秀は近衛家から貸し出された牛車に乗り、立花家の行列は20名の正装の家臣と護衛に50名の完全武装の兵士が周囲を固めていました。更に会合衆の計らいで護衛の傭兵20名が警護に就いていました。
「松千代?あれには驚いたぞ!
《時は今、天が下しる藤の華》と歌を詠んだだろう?あれは明智光秀が織田信長を殺害する決意をした時のあれだな?」
「ぷぷぷ…お爺正解!《時は今天が下しる五月かな》…明智光秀が本能寺で信長を倒す決意を句会で表明した有名な句が頭に浮かんだからね。その句になぞらえて最後の言葉を《藤の華》にして、乱世は中臣鎌足から生まれた藤原家、その子孫達が華やかに導くと五摂家の皆さんが喜びそうな句が出来たよ!」
「ぶはははは!やはりそうであったか!
見事に五摂家を手のひらに転がしたな?
しかも、近衛家から婚姻の申し入れに勅命を要求した時には更に驚いたぞ!」
「あれはね、近衛家が本気なのか、試してみたの…勅命を引き出せば、立花家の背後には皇室、朝廷の支えが有り、同時に近衛家の姫を貰うとなれば、立花家に皇室の血と五摂家の血が入る事になり、武家の中の存在意義が足利将軍家を遥かに凌ぐ事になるよ!」
「ぶはははは!
松千代はあの時、一瞬に計算したのか?」
「お爺、一瞬に頭に浮かんだよ!でもね、これは大國魂神社の大神様の声が松千代の胸に響いた気がしたから…」
「そうか、あり得るなぁ…」
やがて近衛家別邸と立花家別邸の中間のあたりに来た時でした。
行列の前後に警戒の兵士を配置せず、油断がありました。
行列の先頭に柵が有り、道を塞がれていました。闇の中から弓矢が放たれ、先頭の兵士が数名倒れました。
「敵襲だー!警戒せよ!」
「牛車を守れー!」
立花家の行列に緊張が走ります。
闇の中から次々に弓矢が放たれ、警護する兵士が倒されました。
やがて牛車に弓矢が集中、一気に10数本の矢が刺さりました。
「曲者だ!!牛車を守れー!」
「牛車を囲め!敵を近づけるなー!」
辺りは騒然としました。
敵は暗闇から弓矢を中心に奇襲を仕掛けて来ました。やがて周囲から20名程の敵兵が短槍を手に牛車に接近します。
「うりゃー!義秀くたばれー!」
牛車を守る兵士を突破して2名の敵兵が牛車に槍を突き刺さしました。
ズゴッ!ドスッ!
音がすると槍の穂先が弾かれました。
直後に敵兵は立花家の護衛に背後から斬られて絶命しました。
近衛家の牛車は襲撃に備えて頑丈に造られていました。外側は木製ですが、内側の側面に鉄板が施されており、窓も鉄の蓋を閉じてしまえば弓矢に槍からも防御出来る造りになっていました。
「松千代!鉄張りの牛車だ!窓も鉄の蓋で閉めたから槍では突き抜けぬ!
心配は要らぬぞ!」
「お爺!お伊勢さまが来た!
伊勢神宮の天照皇大神様だよ!
心配するな!大丈夫だって仰ってるよ!」
「えっ?天照皇大神様?伊勢神宮の?」
「鳥羽の湊に停泊した時、宿舎の方々に伊勢神宮の神様に祈れば良い事があると聞いたから、お祈りしてみたら、台風を鎮めておくからと仰って、上洛から帰国するまでの天候は心配いらないと仰ってたの!
そうだ!あの近衛家の別邸で勅命で近衛家の縁談を求めた時に心に響いたのはお伊勢さまの声!天照皇大神様の声が聞こえて勅命が欲しいと要求したんだ!
きゃははは!お爺!
あの時、お伊勢の大神様が言わせたからだよ!だからね、今は敵に囲まれたけど、大丈夫だよ!お伊勢の大神様が大丈夫と言ってるよ!」
「伊勢神宮の大神様が?
とにかく、守ってくれるのじゃな?」
「お爺、正解!きゃははは!
大丈夫だってば!
お伊勢の大神様が笑顔で仰ってるから、大丈夫!」
「ぶはははは!!なんだか、次々に神様との出逢いがあるが、遂に伊勢神宮の天照皇大神様に繋がった!
夢のお告げじゃなくても遂に見える様になったのだな?」
「お爺!お伊勢の大神様に頭下げなさい!」
「承知した!お伊勢の天照皇大神様!
お守り戴く事に感謝申し上げます!」
胸の前に手を合わせ、松千代と立花義秀は感謝の祈りを捧げました。
その時、牛車の周囲には危険な状況にありました。会合衆が用意した傭兵が鐘を鳴らし、笛を吹いて周囲に危険を知らせました。
周辺には傭兵達の詰所が数ヶ所設置されています。夜間の緊急事態に備えて出動可能な状態にありました。
詰所から各々20名程の傭兵が駆けつけ、牛車を巡る戦いの背後に現れ、襲撃する敵兵を包囲する形になりました。
敵兵の一部は屋根から弓矢を放ち、牛車を襲撃する支援を続けました。
立花家の護衛も屋根から弓矢を放つ敵兵に弓矢を放ち、次々に制圧しました。
やがて襲撃した敵兵は次第に勢いを失い、牛車の襲撃を諦め、撤退に移りました。
すでに周囲は堺の傭兵に包囲されており、一部が包囲を抜けて脱出しましたが襲撃した兵士26名が討ち取られ、3名が生捕りになりました。
幸い、立花家側に死者は無く、重傷5名、軽傷24名、松千代、立花義秀も無事でしたが、正装の家臣20名と護衛兵士50名、総勢70名の内の4割が負傷する襲撃事件となりました。
松千代と義秀の一行が別邸に到着すると、知らせを聞いた会合衆から多数の護衛が派遣され、立花家別邸の周囲は厳重な警備態勢になりました。
急報を聞いた近衛家の商務奉行が立花家別邸に飛び込んでやって来ました。
「立花様!松千代様!ご無事と聞いて何より安堵致しました!」
近衛家の商務奉行から襲撃したのは幕府の前、管領、細川晴元派の仕業で総勢40名から50名程、26名を討ち取り、生捕りした3名から細川晴元派の仕業と聞き出した事が知らされました。
「立花様、この度の失態をお詫び致します!
これよりは!…」
立花義秀が近衛家の商務奉行の言葉を遮りました。
「待たれよ!細川晴元派が仕出かした事は予想していた事だが、油断していたのは我々の落ち度にて、堺の町衆に責任などありません!我々には大國魂神社の大神様のご加護が御座いまして、困難の壁は必ず突破致します!帝、五摂家や朝廷の皆様にはご心配をお掛け致しまして深くお詫び申し上げます!」
「立花様!これより幕府に掛け合い、上洛の経路や宿泊先の警備を強化致します!
更には会合衆に掛け合い、立花家別邸や商館の警備の人数を増やして参ります!」
「商務奉行殿、立花家に死人無し!
お気になさるな!それより、明日の警備関係者の出勤確認をお願い申し上げます!おそらく明日は出勤せぬ者がおりましょう」
「つまり、それは、傭兵の中に手引きする者が居たとの事にございますか?
まさか、討ち取った中に町の傭兵が!?」
「堺の町の誰かが手引きせねば、40名から50名の兵士を隠す事は難しいが、最初から中に居たら?傭兵とは限らず、不平不満があり、金が欲しい浪人もあれば、会合衆の私兵も紛れてるやもしれぬ…堺の町に密かに細川晴元派が潜んでるのは十分にある!
明日、出勤しない者、怪我人は怪しい!
会合衆の私兵の中にも潜んでるか?
更には会合衆の中に邪魔をしたい人物があるやもしれませんな?」
「立花様!ご忠告に感謝致します!
これより諸々の手配を致します故、又、ご報告に参ります!
本日は此にて失礼致します!」
近衛家の商務奉行は挨拶を終えると馬を走らせて去りました。
時間はすでに深夜になっています。
「お爺!カッコいい!」
「松千代!未だ起きていたのか?
疲れたから一緒に寝ような!」
「ダメー!お爺の鼾で死んじゃう!うるさいから、おやすみなさーい!
それから、上洛の帰り道に伊勢神宮に御礼の参拝をしなきゃだめだからね!
帰りには必ず伊勢神宮参拝するよ!
もうお伊勢の大神様と約束したから!
おやすみなさーい!」
「ぶはははは!振られた!…」
松千代は美人侍女5名を引き連れて寝所に向かいました。
義秀は近習に寝床の支度を空しく命じました。近習にクスクス笑われながら立花家当主は眠りにつきますが…
「松千代は美人侍女5名と一緒に寝るのに…
俺は添い寝させる者の手配を忘れてた!」
義秀の呟きに近習が忠告します。
「殿、夜伽はいけません!
松千代様が仰いました!
伊勢神宮に参拝なさる故、その身は不浄であってはなりません!」
「あっ!!ダメか…
でもな、隠れてな、なんとかならんか?」
「殿、松千代様に叱られます!
松千代様は伊勢神宮の天照皇大神様にお約束なさいましたのでご忠告致します!
さらには私は猿渡家の血筋の者にて、不浄な事があれば、ご老公(大國魂神社先代、大宮司)にお知らせ致します!」
「参った!ご老公には叶わぬ!
松千代には黙っていても見抜かれるだろう…
諦めた!寝る!」
近習に嗜められて諦めた義秀が眠りに入り、慌ただしい1日が終わりました。
松千代に伊勢神宮の大神様、天照皇大神様との出逢いが訪れました。
この先の道が開けそうですが…




