1546年(天文15年)5月下旬、古河公方家の家督相続!岩槻公方家新設が判明!
岩槻公方家の新設で古河公方家の最前線が強化されます。立花家は対抗して川口城に駐留軍21000を配置、川越城には30000の軍勢を駐留軍として配置します。
立花家に脅威を与える勢力は松山上杉家、前橋上杉家、さらには越後上杉家の存在があります。次の戦いに備えて油断が出来ない状況です。
1546年(天文15年)5月下旬
5月28日、府中城に古河公方家の情報が入りました。川口城の次男、立花義弘が得た情報が書状にて府中城の父、義秀に届きました。
6月1日に古河公方家の家督相続が決まり、足利晴氏の嫡男、足利政孝が公方に就任、更に6月5日に岩槻公方家が新設されて初代公方に足利晴氏が就任する事が判明しました。
─府中城─
─立花義秀、鹿島政家─
「古河公方家の家督相続に岩槻公方家新設だとぉ?!足利晴氏が岩槻公方?
誰が考えたのか?簗田高助の知恵なのか?」
「ご次男、義弘様の書状には岩槻公方家の筆頭宿老が野田弘明になっています。彼も切れ者と噂がございます。野田弘明が仕掛けたかもしれません!」
「足利晴氏と簗田高助に仕掛けた離間工作は見事に跳ね返されたな… 」
「殿、野田弘明の領地は岩槻太田家と国境を接しております。日頃から岩槻太田家の内情に通じてるからこそ、成し遂げたと思われます。さらには野田一族は簗田一族に次いで財力がございます。
野田一族の財力が岩槻公方家を支える事になりましょう」
「うむ、これは岩槻太田家よりも手強い相手になりそうだ。川口城の義弘(次男、立花義弘)には軍資金を増額して与えねばならん!
政家、5万貫(50億円)を追加で送金せよ!」
「はい、それでは川口城に手配致します」
「それから、岩槻太田家の旧臣達は古河公方家の勝手な都合で潰された故、表面では従いながら、内心では恨んでる者も居るだろう。
義弘には岩槻太田家の旧臣を煽り、内部から崩せと伝えよ!」
「はい、承知致しました」
古河公方家の最前線に岩槻公方家が新設されて義秀の次男が川口城に駐留軍総大将として脅威に立ち向かう事になります。
そこで義秀は城内に居る嫡男、立花義國を呼び出し、次男、義弘から届いた書状を見せました。
「なるほど、父上、岩槻公方家新設とは驚きました。川口城の義弘や、立花家駐留軍には手強い敵になりましょう」
「そこでだ、川越城主となった義國、お前にとっても東に強敵が現れた。
川越城と岩槻城はおよそ5里(20キロ)、僅か1日足らずで到達する距離にある!
兄弟で協力して敵を抑えねばならん。
先ずは国境の防御力の強化だな、上尾周辺や荒川の東側、指扇周辺は国境の係争地であろう、南大宮城には青梅三田家の軍勢が駐留してる故、協力して上尾、指扇、南大宮の各地に砦や城を新たに普請せよ!」
「はい、心得ました!
義弘と共に立ち向かいます!」
「ただし、古河公方家と立花家は12月末日まで停戦期間中である事を忘れるな!
先に手出しはならんぞ!」
「はい、承知致しました!」
「それから川越の城下町の復興も大事であるから、決して疎かにしてはならぬ!
町の半分近くが消失して被災者は仮住まいに苦しんでおるからな、被災者救援には更に文官や必要な職人等、人材を派遣するから資金面を含めて支援する!」
「はい、お心遣いに感謝致します!」
「義國、後ひとつ、川越城から北へ退去した松山上杉家の存在だ!当主の上杉朝定が討ち死にして以来、後継者が決まった様子が無いのだが、様子を探れ!
取り敢えず、其方には東の国境の備え!城下町の復興!松山上杉家の後継者を探る!
その三つを頼むぞ!」
「はい、承知致しました!
そこで父上、岩槻太田家の旧臣を切り崩しても構いませんか?」
「良いぞ!其方には副将に東郷信久、知恵者の福島正義、髙梨義成、山口頼継を与えておる故、各々分担して進めるが良かろう。
家臣達に信じて任せろ!」
「はい、心得ました!」
「では、明日には川越に戻るが良いぞ!」
「はい!父上、明日、川越に戻ります!」
「それから、秋口には立花家の親善使節を堺に派遣して都に上洛させる。
総代には立花家を代表して将広(立花将広)、さらに大國魂神社のご老公(先代大宮司、猿渡盛胤)、松千代と政家(鹿島政家)を送り出すつもりだ。数日中に先触れの使節を都に派遣するから覚えておれ!次期立花家を継ぐ者として、朝廷に武蔵守護職を申請する事を知っておくのも良かろう!」
「父上!武蔵守護職!?
幕府に喧嘩を売るつもりでございますか?
守護職の任命権は幕府の占有にございます!」
「これは大國魂神社の大神様のご意向だ!
松千代の夢に現れて朝廷に申請する様にお告げがあったのだ!」
「なんと!?大神様が…
それで松千代とご老公まで上洛…
ぶははは!たまげた!
承知致しました!」
義國は頭を下げて挨拶を済ませると、ニコニコしながら立ち去りました。
「親父の後に、俺が武蔵守護職を継ぐからな…
グフフ…武蔵守護職!良い響きだ!」
独り言を漏らしながらご満悦の義國でありました。
古河公方家は家督相続と岩槻公方家新設を急ぎました。既成事実を作り、幕府には事後報告で追認してもらう計画を進めます。




