1546年(天文15年)5月20日、古河公方、足利晴氏、隠居か?簗田高助の筆頭宿老解任か?悩んだ末の答えは?
足利晴氏には大きく重い決断が求められました。優柔不断な彼には難しい問題です。
1546年(天文15年)5月20日
野田弘明に課題を突き付けられた足利晴氏は悩みました。
古河公方家の最高権力者、筆頭宿老の簗田高助は晴氏の隠居を望み、跡目を晴氏の嫡男の政孝に継がせる気配が濃厚です。
政孝は足利晴氏が18歳の時に簗田高助の娘を嫁に貰い、二年後に生まれました。
政孝は簗田高助が与えた養育係に育てられ、文武両道に優れた有望な少年に育ちました。
嫡男の政孝は18歳、晴氏は38歳の働き盛りの壮年です。隠居するには早過ぎます。
隠居はしたくありませんが、筆頭宿老の簗田高助を解任する度胸もありません。
野田弘明から隠居を選ぶか?簗田高助を解任するか?究極の選択を迫られると、普段から優柔不断な晴氏には簡単に答えが出せません。本丸の最上部に上がり、富士山や渡良瀬川の風景を眺めながら悩みます。
「公方様、母君のご実家、宇都宮家当主、宇都宮尚綱殿に相談なされては?」
見かねた側近が提案しました。
「おぉ、そうだな尚綱を呼べ!」
暫くすると宇都宮尚綱がやって来ました。
尚綱は立花家から解放された晴氏を深井城から古河城まで護衛した信頼出来る人物です。晴氏は38歳、尚綱34歳、年下の従兄弟で幼い頃から気心の知れた間柄です。
「尚綱、簗田高助が俺を隠居させる噂があるが、知ってるだろう?」
「はい、本気だと感じております
公方様、万が一に簗田高助から隠居を迫られたら応じるつもりはございますか?」
「まだ隠居する気は無いが、高助が強制するなら抵抗しても無駄だろう。古河公方家を動かしてるのは高助だ、でもなぁ、高助は父と対立した俺を廃嫡される危機から救い、古河公方家の家督を相続させてくれた恩人なのだ。
対立したくは無いのだ!」
「それで野田弘明殿に課題を出されたとか?
決断なされたら呼び出せと言われたとか?」
「尚綱?知っていたのか?」
「宇都宮家は公方様を守る為に身辺警護に人材を配置しております。
公方様に迫る危機を知らずに警護は務まりません!」
「尚綱!周囲には簗田高助の息の掛かった者しか居ないと思っていたが、宇都宮家も優れた者が居る様だな?
しかし、俺は隠居はしたくない!
高助と対立したく無いのだ!自分に腹が立つがどーしたら良いがわからぬ!」
晴氏は普段から簗田高助に丸投げに任せていた事で難しい判断が苦手になり、迷えば決断力がありません。
「公方様、ひとつたけ道がございます!」
「教えてくれ!その道とは?」
「はい、岩槻城を奪います!
岩槻太田家は古河公方家の味方なれど、弱くていずれは立花家に屈してしまうでしょう。
立花家に取られる前に奪いましょう!
明日にも出立して太田資正の留守中を狙います!」
「大義名分はどうする?」
「大義名分は幾らでも作れます!
岩槻太田家は古河公方家を裏切り、立花家と手を組んだと噂を広めれば正義を主張できます!」
「岩槻城を奪えたら隠居はしなくて良いのか?高助に無断で行動して大丈夫か?」
「公方様、簗田殿には私が事後承諾を取り付けます!岩槻城を奪ったら簗田殿には公方様が近々家督を譲る事を申し入れします。
公方様は岩槻城に居住すると宣言なさり、二年後に家督を二十歳になられる政孝様に譲りたいと申し入れたら宜しいでしょう。
岩槻太田家の領地が古河公方家直轄領になり、簗田高助殿も納得なされると思います」
「それでも二年後には隠居なのか…
寂しくなるなぁ…」
「公方様、隠居が嫌ならば岩槻公方家を創設なされば宜しいでしょう。
いっそ岩槻城を奪い、岩槻公方家創立と古河公方家の家督継承を同時にすればすっきり致します!」
「岩槻公方家か?良いじゃないか?
岩槻公方家創設もよいなぁ、筆頭宿老はどうする?野田弘明か?それとも尚綱が就任するか?」
「それでは野田弘明殿に直接聞きましょう」
近習が野田弘明に連絡を取り、野田弘明がやって来ました。
足利晴氏には幼い頃から気の許せる従兄弟、宇都宮尚綱が居ました。
果たして尚綱の提案が叶うのか?
古河公方家は運命の分岐点に差し掛かりました。




