1546年(天文15年)5月13日、釣り野伏せ潰し策動!
簗田高助は次々に軍勢を派遣して釣り野伏せを封じました。
主導権を握り、一気に結果を求めます。
1546年(天文15年)5月13日
立花義國の本陣に立花義弘、山口頼継の軍勢が包囲されていると急報が入りました。
しかし、立花義弘の寄越した伝令は救援は無用と伝えます。
─鎌ヶ谷城外、立花義國本陣─
─立花義國、東郷信久─
「なんだと?背後から奇襲された?
義弘から救援無用だと?!」
「若殿、本陣が手薄なのを承知している義弘様の配慮にございます。」
「信久!南へ配置した騎馬隊1500騎を救援に向かわせろ!急げ!」
「若殿!それでは本陣に3500しか残りません!簗田高助の軍勢が必ず狙って参ります!」
「信久!義弘と頼継の命には代えられぬ!
騎馬隊を出動させろ!
我々は高城義春の軍勢と合流する!
本陣を移動すれば良いのだ!」
「はい!承知致しました!」
本陣の警護の為に配備した騎馬隊を立花義弘、山口頼継の軍勢の救援に向かわせ、本陣は最寄りに配置していた高城義春の軍勢と合流しました。
簗田高助の本営に朗報が届きました。真言宗勢と宇佐美勢が八木ヶ谷城を攻略と立花義弘、鹿島政勝の軍勢を包囲攻撃中と知らせが入りました。
─高柳城外、簗田高助本営─
─簗田高助、綾部義長─
「やったぞ!釣り野伏せを仕掛けたつもりが、包囲されて立花義弘、山口頼継は慌ててるだろう!義長!駄目押しの一撃が必要だ!
立花義弘の軍勢を蹴散らし、山口頼継の軍勢も粉砕して来い!」
「はい!承知致しました!
行って参ります!」
綾部義長は4000の兵力を率いて南下、立花義弘の軍勢に迫りました。
八木ヶ谷城の西、1キロの戦場では山口頼継の軍勢5000が背後から奇襲に成功した真言宗勢5000、八木ヶ谷城方面から宇佐美勢5000に包囲されていました。
そこへ立花義弘が援軍に向かわせた伊集院義久の1000が援護に現れました。
「エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!
エイ!トウ!エイ!」
援軍の存在を示す為、伊集院義久の軍勢は掛け声で山口勢を鼓舞します。
「援軍が来たぞー!」
口々に山口勢の兵士達は互いを鼓舞して踏み止まりました。
彼らは援軍を期待しておらず、自分達が犠牲になっても真言宗勢の攻撃を全て自軍に向かわせて、結果として立花義弘に生きていて欲しいと願っていました。
伊集院義久と1000の軍勢は援軍を求めなかった山口頼継の気持ちを察しています。
必ず救い出すと心に誓い、僧兵集団に挑みました。
背後に現れた伊集院勢に僧兵集団が乱れます。まだ集団行動に不慣れな一面が有り、一角が崩され、伊集院勢は崩れた一角に兵力を集めます。
その時、真言宗の軍勢の背後に立花義國が派遣した騎馬隊1500騎が現れました。
「うぉーぉー!!」
騎馬隊の軍勢は声を上げて援軍到着を知らせます。
「若殿の騎馬隊が援護に来たぞー!
踏ん張れー!」
声を出して味方を鼓舞すると、山口勢の士気が高まり、真言宗勢は逆包囲を受ける側に立場が替わりました。
騎馬隊は馬上から弓の連射で素早く移動します。真言宗勢は次第に不利な形勢になりました。
しかし、そこに簗田高助が派遣した綾部義長の軍勢4000が立花義弘、山口頼継の軍勢に攻撃を開始します。背後に新手が現れて戦場は入り乱れての混戦となりました。
簗田高助は鎌ヶ谷城の東南に立花義國の本陣が移動した事を把握しました。
本陣の軍勢は5000と報告がありました。
─簗田高助、側近─
「さて、立花義國の本陣は精々5000、鎌ヶ谷城の東南にあり!
我が本隊は10000!一気に粉砕する!
出陣だー!」
簗田高助は佐津間城の抑えに配置した3000の軍勢を引き上げました。
簗田勢10000が移動します。
鎌ヶ谷城の本丸から簗田高助の本隊が立花義國の本陣目指して移動中と知らせが入ります。立花義國の本陣に緊張が高まりました。
簗田高助は兵力差を生かして優位なまま、押し切りを狙います。
勝敗の行方は?
先日12月3日の投稿以来、発熱と目眩が続き、投稿出来ませんでした。
まだ、微熱と目眩が続き、回復途上にあり、順調に投稿出来るか不明ですが、少しずつペースを早めて投稿したいと想います。
読者の皆様が緩やかに待って頂けたらと、お願い申し上げます。




