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戦国立花家三代、新日本国戦記、大國魂神社の大神様に捧ぐ!織田信長を倒して全国統一を目指します!  作者: 近衛政宗


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1546年(天文15年)4月24日、立花家から川越上杉家に降伏勧告!降伏開城交渉開始!

川越城に上杉朝定の最後が伝わりました。

城内の士気は沈み、先が見え無くなりました。

立花家から髙梨義成が使者として現れて川越上杉家に厳しい現実が突き付けられます。

1546年(天文15年)4月24日


─夕刻、川越城、曽我和正─



東門にて立花義國が川越上杉家の捕虜5名を解放しました。

捕虜達から上杉朝定と長尾信正の戦死、河越勝重が捕虜になったと知らされました。

早朝からの上杉朝定の戦いの様子が語られ、上杉朝定が城下町に放火させながら転戦した事が判明しました。

川越城に残された宿老は曽我和正だけになりました。


もう一人の宿老、宇田川長広は消息不明、古河公方家の援軍、梁田義助も消息不明です。

兵力は守備専用の2500、出撃出来る軍勢は出し尽くしていました。


「殿様が亡くなり、長尾信正も亡くなり、俺はどうしたら良いのだ……?」


曽我和正は突然仕える主君が戦死、同僚の宿老も戦死と捕虜に消息不明になりました。

従って川越城の最高責任者になりました。

同僚も無く、緊急時の対応は難しくなります。


そこで、亡き上杉朝定の叔父、上杉朝信とものぶを呼び出して相談役を依頼しました。朝信は相談役を快諾しました。

まず、決めるべき事は幾つかありました。

①上杉朝定亡き後、跡継ぎを誰にするのか?②誰が川越城の指揮を取るのか?

③川越城に籠城するか?

④撤退するのか?

⑤降伏するのか?


①跡継ぎには上杉朝定に嫡男がおらず、上杉一族から選ぶ事になります。

時間が掛かり、今は選ぶ時間が無く、後回しにするしかありません。


②川越城に在城の宿老は曽我和正しか居ません。川越城の指揮官は曽我和正に決まりました。主将、曽我和正、副将、上杉朝信と決まりました。


③籠城、④撤退、⑤降伏の判断は難しい決断になります。


③籠城しても援軍の見込みはありません。

士気が下がり、撃退出来る可能性は低いと思われます。


④撤退は坂戸城か松山城になりますが、戦いながらの撤退は困難を極めます。


⑤降伏する場合、今なら条件付きの交渉の可能性があります。

籠城後の降伏より遥かに条件は緩くなります。


いずれにしても難しい舵取りになります。

二人で悩んでいた処に立花家から使者が現れました。

川越城の代表として、曽我和正、上杉朝信が対面しました。


立花家の使者、髙梨義成から立花軍は明朝から総攻撃を予定していると聞かされました。

今夜中に降伏開城するなら受け入れるが、拒否するなら撫で斬り実施を通告しました。


髙梨義成は立花義秀から預かった書状を二人に渡して交渉が始まりました。

まず、戦うのか?降伏開城するのか?

曽我和正、上杉朝信の二人に大きな選択肢になりました。

暫く考えた二人は降伏開城してなるべく緩い条件で交渉を纏める事を考えました。


まず、立花家が求めた降伏勧告は川越上杉家が受け入れました。

降伏開城を受け入れた見返りに明朝、上杉朝定の首、遺体が引き渡され、午前中に葬儀を行い、川越城から総員退去、日没までに退去を完了する事が決まりました。


川越城内の全資産が立花家に移管される事には抵抗がありました。

上杉家歴代の武具、宝飾品、衣類等を持ち出す許可を与える代わりに上杉家が資産目録を作成、監査を受けてから川越城から退去する事になりました。


川越上杉軍捕虜の扱いについては城下町の大火の後始末に従事させる事に同意しました。


城下町の大火の原因、放火を命じた犯人追及について、髙梨義成が上杉朝定と戦いの中で上杉朝定が兵士に命じて放火してるのを直接目撃していた事を告げました。


曽我和正、上杉朝信は放火を指示したのは上杉朝定と事実を認めました。

そこで髙梨義成は城下町の民の財産を失わせた代償として坂戸城、浅羽城、塚腰城、殿山城の割譲を要求しました。

立花家が川越城を引き継ぐに際して城下町の再建が必須になり、莫大な資金が必要な為に見返りとして四つの城を要求しました。

さらに四つの城を割譲しないなら、既に攻略済みの田波目城、山根城、毛呂城、高取城を起点に松山城を攻撃すると通告しました。


川越上杉家としては四つの城は退去先に予定している松山城の南側を固める防御線として重要な場所でした。

川越城と四つの城を割譲しなければ、退去先に予定している松山城を攻撃されます。

今攻撃されたら簡単に攻略されて上杉家は滅亡します。


曽我和正、上杉朝信は頭を抱えました。

暫く考えて髙梨義成の要求を受け入れ、坂戸城、朝羽城、塚腰城、殿山城の割譲に同意しました。同意する見返りに上杉家からの要求で、今年の12月末日まで、上杉家と立花家は停戦する事が決まりました。

国境の確定作業は両家の立ち合いで行われる事が決まりました。


降伏開城と四つの城の割譲、12月末日までの停戦が合意した文書が署名されて成立しました。

降伏開城が決まり、立花家の軍勢が川越城に入城しました。

武装解除が始まり、兵糧、武器、財貨、財宝など財産の保全が始まりました。



─立花家、今福城─

川越城から帰還した髙梨義成は立花義秀から報告を受けると、大いに喜び、義成の交渉力を絶賛しました。

川越城とさらに四つの城が無血割譲になります。戦うより遥かに利益ある交渉になりました。義成には四つの城の内、希望する城を与えると約束しました。


─立花義秀、鹿島政家─


二人は焼酎を呑みながら語ります。


「政家、髙梨義成は掘り出し物の逸材であったな?次は何処の戦場で使うか?

楽しみになったぞ!」


「はい、頼もしい交渉力でした。

城下町の大火の中、上杉朝定と戦い、放火されても上手く退避しております。

しかも、上杉朝定が放火させた事を利用して見事に交渉を成立に導きました。

楽しみな武将です。」


「川越の城下町の再建にも使える男かもしれぬな?川越城の文官を城下町再建に採用する様に進言した上に、川越商人から人材を求める様に勧めたからなぁ。」


「はい、引き出しの中身がまだまだありそうでございます。」


髙梨義成のお陰で旨い酒になりました。

楽しき夜になりました。





髙梨義成の交渉は見事に成功しました。

川越城プラス四つの城が割譲されます。

立花家が攻略した城を加えると川越上杉家の領地は半分になるかもしれません。

川越城から退去して松山城に移ると松山上杉家と呼ばれる事になりそうです。



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