1546年(天文15年)4月19日、川越上杉家を巡る戦いは立花家、川越上杉家、前橋上杉家の思惑が交差します。
前橋上杉軍が川越上杉領内、田波目城に到着しました。
2年前に越後国上杉家の次男、上杉英房は筆頭宿老、長尾憲長に招かれて関東管領、前橋上杉家を相続、憲長の養女を嫁に貰いました。
普段から宿老の憲長を義父上、憲長は婿殿と呼び合います。
筆頭宿老、長尾憲長の権力は揺るぎ無いほど拡大していました。
1546年(天文15年)4月19日
─入間、小谷田陣地─
4月17日、立花義秀の発案で小谷田陣地から3キロ先の稲荷山に砦を築く事になりました。川越城まで続く街道を見下ろし、周囲を見張る事に絶好の地にありました。
稲荷山の手前の入間川周辺に6000の軍勢を展開して守りを固めました。
川越上杉家の領内に侵入して勝手に砦を築く行為は極めて挑発的な行動です。
立花義秀は川越城の上杉朝定に対して使者を送り、書状を届けました。
その内容は朝廷より下された綸旨に従い、関東静謐の為、民の安寧の為、川越上杉家の征伐に来たと告げ、狭山の稲荷山に砦を築くと通告しました。
帝、朝廷の威光に従う立花家は官軍であり、刃向かうならば川越上杉家は賊軍と成り果てると厳しい通告でした。
立花義秀は狭山周辺に高札を立て、川越上杉家に送った通告を公表しました。
関東の争乱は上総国、下総国、常陸国、武蔵国の侵略を続ける古河公方家が最大の元凶と指摘するとともに、関東管領、前橋上杉家と川越上杉家が協力して関東を乱している事を公表しました。
さらに川越周辺の神社、寺院に立花家が川越上杉家を征伐する理由を通知を出しました。
帝、朝廷から関東静謐の任務を託され、関東争乱の元凶、古河公方家、前橋上杉家に協力して立花家に牙を向けた川越上杉家を征伐すると宣言しています。
忽ち川越上杉家の領内に川越上杉家が賊軍になったと噂が流れました。
4月18日午後、川越城の西13キロの田波目城(日高市)に前橋上杉軍8000が到着しました。
─川越城、上杉朝定、長尾信忠─
立花義秀から通告された内容を知った川越上杉家の家臣達は立花家と戦えば帝、朝廷に刃向かう事になると恐れました。
「信忠!立花家に綸旨が与えられ、戦えば賊軍になる!どーする?
上杉領内、稲荷山に砦を作られ指を咥えて見ているなんて我慢ならんぞ!」
「殿、昨年、立花家に綸旨が与えられたのは事実の様です。開き直るしかありません!
勝てば官軍、負ければ賊軍です!
前橋上杉家の軍勢が田波目城に到着致しました。諦めず、戦いましょう!」
「そうか、前橋上杉軍と協力して諦めずに戦うぞ!
それから古河公方様はどーしてるんだ?」
「はい、古河公方様の本隊は下総国、柏方面で高城家領内に進攻しており、高城勢と立花家の連合軍と交戦中です。
さらに古河公方様の別動隊が上総国、安房国で上総公方家、里見家、立花家の連合軍と交戦中です。
古河公方様の軍勢が優勢だと聞いております。」
「そうか、古河公方様は我らよりも遥かに大きな戦をなさっているんだな?
ならば我らも耐えて奮起せねばいかんな?」
「はい、長期戦も覚悟で望めば立花家も疲弊するはずです。」
「良し、作戦は全て信忠に任せる!
頼んだぞ!」
「はい、お任せください!」
普段からほぼ全て長尾信忠に丸投げしている上杉朝定に打開策はありません。
結局丸投げで任せてしまいます。
─田波目城─
─前橋上杉家、上杉英房、長尾憲長─
前橋から田波目城まで約70キロ、3日の行程を計画しています。体力の消耗を考慮しての着陣となりました。
川越上杉家から立花軍の情報が入りました。
川越上杉領の国境に立花義秀の軍勢が集まり、川越上杉領内、稲荷山に進出した事、別動隊の立花義國の軍勢が新座大和田に布陣している事が伝えられました。
立花義秀→小谷田周辺15000
立花義國→新座大和田15000
「義父上、立花家は30000、こちらは川越上杉家と合わせて20000、秩父に派遣した兵力18000の軍勢は秩父を制圧したら此方の戦場に参りますか?」
「婿殿、立花家が川越上杉の攻略に集中している間に制圧するでしょう。
立花家は上総国、下総国へ援軍を派遣しており、秩父には、立花家を中心に僅か3000の駐留軍しかおりません。秩父藤田家の軍勢を合わせても5000に満たない軍勢です。
5日程にて制圧するでしょう。
まぁ、秩父に抑えの兵力を配置して少なくとも15000が此方に参ります。」
「さらに、川越上杉家は兵力を増強したと報告が届いております。古河公方家から援軍3000を含め総勢18000、我が軍勢と合わせて総勢26000になり、秩父から軍勢が参戦すると41000になります。」
「義父上の手腕には驚きます。
秩父藤田を屈服させたら秩父の領地は鉢形藤田家に任せますか?」
「婿殿、秩父は越後上杉家に譲り、常駐する駐留軍を依頼します。
秩父の先には立花家の手先、青梅三田家の領地、飯能の山岳地帯を侵略させます。
裕福と噂される青梅三田家の領地全てを与える約束ならば越後上杉家も喜んで協力するでしょう。」
「義父上の慧眼には驚きました。
秩父を越後上杉家に与えて常駐する軍勢が居たら立花家に大きな圧力になりましょう。」
「いや、婿殿、もっと早く気付いておれば、藤田家の家督相続の時に越後上杉家一族から養子を招いて相続させるべきであった。
ならば今頃、こちらに18000の軍勢が合流していたのだ、今になって最善策に気が付いた、あぁ、勿体ない!婿殿に尋ねられるまで気がつかなかった!」
「義父上、数日待てば良いではありませんか?秩父から味方の大軍が来るのを待ちましょう。」
「婿殿、まぁ本日は長距離を踏破した兵士達を休めます。周辺の情報を集めて対応しますぞ!」
この頃、秩父では前橋上杉家の軍勢と越後上杉家の援軍の軍勢は連携を欠いていました。
各個撃破されるとは知る良しもありません。
─4月19日、早朝、入間、小谷田陣地─
─立花義秀、鹿島政家─
昨日18日に小谷田陣地から約11キロ先の田波目城に前橋上杉軍が着陣した事が判明しました。上杉英房、長尾憲長に率いられた軍勢は8000が確認されました。
「殿、前橋上杉軍は秩父に大軍を派遣したかもしれません。
10000程か?さらに越後上杉家から援軍があれば秩父が危うくなります!」
「政家、伊集院勢5000、さらに青梅三田家、滝山大石家に頼んで援軍2000を調達したからには任せて信じるしかあるまい!松千代の夢のお告げで準備して負けた事が無いから大丈夫だ!」
立花義秀は秩父の戦いは伊集院忠久に任せ、前橋上杉家討伐に専念します。
嫡男、立花義國と次男立花義弘に難波田城攻略を命じました。
立花義國、義弘の軍勢15000
難波田城、難波田憲久3000
川越上杉家は難波田城の守備力を強化していました。ここは川越上杉家の東の要衝です。
ここが落ちると川越城まで8キロ、2時間で到達する距離です。周辺は平坦ながら、四方を水田に囲まれ、出城を4つ増築して立花家との戦いに備えて来ました。川越上杉家は難攻不落と自信を持っています。
川越上杉家は国境の守備力を強化せず、川越城から支援可能な距離の要衝に絞り、守備力を強化しています。難波田城(富士見市)今福城(狭山市)、柏原城(狭山市)、3ヵ所を改築して強化して来ました。
─両軍兵力─
川越上杉軍18000
古河公方家援軍3000
前橋上杉軍8000
合計29000
立花義秀15000
立花義國15000
三田綱秀1000
合計31000
立花軍は数日掛けて川越上杉領内を調べた結果、武家からは高齢者、少年を徴兵、農民からの徴兵を強化しているのが判明しました。
─立花義秀、鹿島政家─
「政家、川越上杉家は今回はかなり無理して徴兵した様だな?」
「はい、戦えば農民の犠牲が増えましょう。
武家の高齢者、少年も徴兵された様です。」
「そうか、民の安寧を願いながら、民の命を奪わなければならぬ……
戦いが長引くと田植えに影響するが…
そうだ!政家、川越上杉家が重点拠点にしている難波田城、今福城、柏原城周辺に高札を建てるぞ!戦いの結果に関わらず、田植えの時期に迷惑を掛ける代償として各農村に米30俵を保証する!周辺の寺院、神社に使者を派遣して戦後の協力を取り付けて参れ!」
「殿!?(笑)……ぶはははは!
なんと破天荒な……ぶはははは!
解りました!即手配致します!
農民達も喜びましょう。」
「政家!それから寺院と神社には大國魂神社の護符を配れ!護符を持ち込んだ者を立花家が全て助けるとな!農民、商人、職人、武士等全ての身分に関わらず助けると仲介を頼んで参れ!仲介の謝礼を先払いするのを忘れるな!」
義秀の思いつき連発で鹿島政家が慌ただしく手配に奔走します。
最近は彼の嫡男、政勝が筆頭宿老、鹿島政家の補佐に立ち回り、裏方の苦労を体験しながら将来の宿老を目指して修行中です。
父、政家の仕事振りを間近に見ながら広範囲に渡る事業に携わります。
19日午後、飯能城にて前橋上杉軍の動きに警戒している三田綱秀から前橋上杉軍が岡城(日高市)を攻撃中との知らせが入りました。
─小谷田陣地─
─立花義秀、鹿島政家─
「殿、岡城は青梅三田家の国境を守る城ですが、百済神社の社領地です。
百済神社宮司、百済家を青梅三田家が長年支える特別な関係です。
川越上杉家も手を出さぬ聖地に前橋上杉軍は手を出しました。狙いは三田綱秀殿か?
立花軍を引き寄せるつもりか?
前橋上杉家を支配する長尾憲長は何か企んでるおります!」
「政家、三田家には飯能西部を治める要が百済神社の影響力だ!あの辺りは信者が多いからな、三田綱秀殿が危ない!単独で救援に行きかねんぞ!
青梅三田家には上総国遠征軍、秩父遠征軍へ2000の軍勢を負担して貰ったゆえ、飯能城の兵力1000が出兵出来る限界だろう。
使いを出せ!
援軍を派遣するから合流するまで待機させろ!」
鹿島政家が伝令を派遣しました。
しかし、援軍をどうするか?直ぐに決めなければなりません。
「政家、小谷田陣地の留守を任せる、お前の判断で指揮を任せる!臨機応変に対処せよ!
嫡男、政勝を借りるぞ!
将来の為に経験を積ませて参るぞ!」
「殿、承知致しました。留守を預かります。
息子を宜しくお願い致します!」
立花義秀は鹿島政家の嫡男、政勝を連れて援軍7000を率いて出発、小谷田陣地には2000の軍勢が残りました。
川越上杉家の援軍に前橋上杉家の軍勢が現れました。田波目城に布陣した前橋上杉軍、筆頭宿老、長尾憲長は隣接する三田家の領内、百済神社の社領に進攻しました。
長尾憲長の狙いは?
実在の神社名を変更→百済神社にいたしました。