1546年(天文15年)4月19日、岡本政國の知謀炸裂!
昨日、猪俣政成の軍勢と交わした武器と米俵の交渉の裏には密かに練られた策がありました。
岡本政國の知謀が炸裂します。
1546年(天文15年)4月19日
─国神砦周辺─
─前橋上杉軍、長尾勢─
前日の戦いで前橋上杉軍、長尾秀長の軍勢は有利に戦いながら、逆襲を受けてまさかの退却となりました。
追撃を振り切り、日没の為更なる移動を諦め、分散した将兵を集める事に切り替え、国神砦の南1キロの荒川河川敷に布陣しました。
予備の武器、兵糧等5000名分の軍事物資の全てを失い呆然としていた時に最後に合流した猪俣勢が兵糧を携えて合流しました。
馬に担がれた米俵を見た将兵が喜びました。
合流した猪俣政成は米俵を持ち帰った経緯を主将、長尾秀長に正直に伝えました。
敵に兵糧を与えられた事実を隠せば疑われます。隠し立てせず、正直に報告した事ですが、敵方の何かしらの策略も考えられます。
秀長は怒りを覚えますが、堪えて猪俣を咎めませんでした。
兵士達は朝食を食べてから日没した今まで、御嶽山城から長距離を歩き、戦いに疲れ、空腹を堪えていました。
猪俣政成の判断を責められない状況にあります。彼の判断を認め、秀長は直ぐに炊飯を命じました。
しかし、問題がありました。
煮炊き出来る鍋が不足しています。軍事物資全てを失っています。米俵と一緒に与えられた鍋が5つ、恐らく全てを使って炊飯して100名分、朝まで炊飯を続けてどれだけ支給出来るかわかりません。さらに食べる為の皿やお椀がありません。長尾秀長と側近達は頭を抱えました。
─国神砦、岡本政國、側近─
前橋上杉軍、猪俣政成にに与えた米俵は長尾勢の兵士達に喜ばれたが、炊飯用の鍋が僅かな上、食べる為の器、お椀がありません。
炊飯が始まりましたが、兵士達が喧嘩してる様子が報告されました。
「殿!敵は空腹の余り、大勢で喧嘩になってる様です。夜襲するなら炊飯の明かりを頼りに接近出来ます!」
「いや、長尾秀長は当然夜襲を警戒してるだろう。
こちらからは夜襲はせぬがなぁ、対岸の味方の陣地から夜襲させる!慌てる敵を確認してからこちらも夜襲に加わるぞ!」
岡本政國は荒川対岸の味方、伊集院忠久の皆野陣地に連絡を取り、この日の成果を報告を済ませると荒川対岸から長尾秀長の軍勢に夜襲を依頼しました。
伊集院忠久は夜襲を快諾、弟の伊集院義久に1000を与え、近くに布陣する聖山城の秩父防衛隊、富岡久満の軍勢1000を合流させて早暁に襲撃すると知らせて来ました。
「さすが、殿!」
と側近達も岡本政國の手腕に納得しました。
岡本政國が前橋上杉軍に米俵を与えた理由は敵に空腹を意識させる為でした。
炊飯鍋が足りず、器が無し、食べる為には順番を待つのに並ぶはずです。並べば睡眠不足になるでしょう。争わせ、睡眠不足にするのが目的です。
それから、国神砦には負傷した前橋上杉軍の捕虜200名がいました。全員に豚汁と白米を満腹になるまで喰わせて秩父の銘酒まで与えました。
食事を終えると軽傷だった20名に各々握り飯を10個持たせ、長尾秀長の陣地に向かい、握り飯を仲間に配る事を命じました。
さらに大國魂神社の護符を与え、
護符を持った者が秩父の神社、仏閣へ逃げ込めば保護されると伝え
ました。護符を持ち込めば命の保証と一緒に保護を求めた人数全員に立花家、秩父藤田家に仕官出来る機会が与えられると告げました。
午後21時頃、選ばれた20名は小さな松明の明かりを頼りに長尾勢の布陣する荒川河川敷を求めて進みました。
やがて、長尾勢の陣地に到着した彼らはお握りを配りました。
河川敷には炊飯される飯に並ぶ空腹の4000名の兵士達が居ました。そんな状況と知らず、呑気な20名が握り飯を配る姿に気がついた兵士達が争って奪い合いになりました。
握り飯を巡り殴り合いが始まり、一部では刀を抜いて切り合いになります。
地面に落ちた握り飯でさえ奪い合いになり、現場は騒然となりました。この日は出来上がった飯の順番を巡り、何度も喧嘩があり、険悪な状況にありました。
長尾勢の中に亀裂が入りました。炊飯された飯にありつけた者、ありつけない者、握り飯にありつけた者、握り飯を奪われた者、空腹の兵士達は明日の事より、今の空腹を満たすのが先決です。殴られたら殴り返す!切られたら切り返す!争いは簡単には修まりません。
その場面に岡本政國が放った間者達20名が数ヶ所に別れ、握り飯を配りました。
奪い合いが広がり、殴り殴られ、切り合いが始まり、間者達も切り合いに交じります。
「猪俣政成が裏切ったぞー!
裏切り者ぉー!」
間者達は離れた場所で2人1組で切り合いを始めました。
間者達は猪俣勢の居る場所に向かいます。
「猪俣殿裏切りー!」
「猪俣勢を討ち果たせー!」
20名程の間者達が猪俣勢に切り込むと周囲の兵士達が釣られて切り込みました。
ほぼ暗闇の中、焚き火の明かりを頼りにいきなり裏切り者にされた猪俣勢は防戦します。
この日、国神砦にて昼間に猪俣勢の弓矢を大量に没収しています。間者達は猪俣勢の近くの軍勢目掛けて猪俣勢の印が付いた数百の弓矢を放ちます。周囲に同士討ちが広がりました。
猪俣勢に切り込んだ長尾勢の一部が猪俣政成を見つけ出し、包囲しました。
「猪俣政成を討ち果たせー!」
間者の声に乗せられ、包囲した将兵は弓矢を浴びせ、長槍で串刺し、猪俣政成以下側近達が無実を叫びながら討たれました。
「猪俣政成殿、討ち取ったり!」
「おぉーぉー!!」
歓声があがり、悲しい結末となりました。
その後方では、長尾秀長と側近達が策略に気が付き、必死に止めていましたが、煽動された兵士達を止められませんでした。
漸く止める事が出来ましたが、同士討ちは1時間に及び多数の死傷者を出して地獄の後始末が始まりました。
猪俣政成は裏切り者の濡れ衣を着せられ、同士討ちにより命を断たれました。
猪俣勢は200名以上が討たれ、400名が負傷、無傷なのは僅
かで、残りは行方不明になりました。
他の長尾勢の死傷者は推定500名、明日の朝、明るくなるまで数えきれない状況です。
死者を集め、負傷者には十分な治療が出来ません。
裏切りだったのか?
同士討ちだったのか?
死傷者には猪俣勢の弓矢が使われた事が判明、使われた矢羽に猪俣勢の印が入っています。
多数の兵士達に情報が乱れ、睡眠が取れず、食事にありつけ無かった兵士達が空腹を思い出した頃、夜空が白み始めました。
長尾秀長は猪俣政成が持ち帰った米俵と同士討ちになった事は関連があると悟りました。
明日からの戦いに集中出来ない程の衝撃を受けました。
─4月19日早暁─
伊集院忠久の指令を受けた軍勢が動きます。
─長尾秀長陣地夜襲部隊─
伊集院義久1000
富岡久満1000
合計2000
富岡久満の軍勢は秩父防衛隊として庶民から志願した勇者達です。弓矢、投石に絞り技量を高めました。初陣になりますが、士気は高く、期待出来る仕上がりです。
夜襲部隊は未明から長尾勢の荒川対岸に近付き、長尾勢の様子を確認すると上流に伊集院勢、下流に富岡勢が配置につきました。
伊集院勢は離れた上流から荒川の浅瀬を選んで渡りました。
荒川の河川敷は靄が発生、夜襲する側に有利な状況になりました。
空が僅かに白み始めたその時、
伊集院義久が静かに手信号で軍勢を下流に向けて前進させます。
長尾勢は国神砦側から必ず夜襲があると判断して北側、国神砦側に多数の焚き火で明るく照らしていますが、荒川河川敷には炊飯の兵士と食事する兵士、順番待ちの兵士と多数の負傷者が寝ていました。
河川敷の油断した兵士に接近すると伊集院義久の手信号に反応した弓矢隊が連射しながら声を出さずに前進します。
荒川河川敷は安全と思い込んだ兵士達は夜襲に驚きますが、手元から武器を離してる兵士もいました。弓の連射に次々倒されます。
「敵襲ー!戦えー!」
慌てて武器を構えるバラバラの長尾勢の兵士達は統制が取れず、指揮官と兵士達が離れていました。弓と長槍の密集隊列を組んだ攻撃一瞬で長尾勢の兵士達が倒されます。寝ていた負傷者達は包囲されて降伏を促され、忽ち捕虜になりました。
伊集院勢に追われた長尾勢は下流に向かい逃げ出します。
対岸で待ち構えた富岡勢の前に現れ、荒川の中程まで前進した弓隊に投石部隊が見事に的中させて兵士達を倒します。
背後には伊集院勢が追いかけ、無防備な横から至近距離で弓矢と石礫を浴びて次々に倒れてしまいます。
初陣の秩父防衛隊の兵士達は川の中を移動しながら追撃しました。
伊集院勢は深追いせず、土手を上り、長尾勢の本陣目指して進みました。
富岡勢は接近戦には素人ですから加わらず、荒川対岸に引き上げました。庶民の志願兵が初陣で十分な成果を挙げました。
長尾勢は想定外の荒川河川敷側から夜襲を受けて混乱しました。
長尾秀長は国神砦側に配置した陣形を崩し、後方に兵力を割いて時間を稼ぎます。
夜が明け始め、少しずつ周囲の闇から明るくなりました。
しかし、まだ靄が晴れず、景色は霞んでいます。
同士討ちの悲劇から間も無く試練が重なりました。
伊集院勢は長尾秀長の本陣を見つけ出し、狙い定め、周囲を固める軍勢を蹴散らして進みます。
「国神砦から敵襲!」
長尾勢に緊張が走ります。
長尾秀長は岡本政國と立花家の軍勢の強さを身に染みて味わいました。
─長尾秀長本陣─
─長尾秀長、側近─
「同士討ちの後に、まさかの荒川対岸からの夜襲、国神砦から出撃して挟撃…見事だな?
猪俣政成を無為に死なせた報い?
岡本政國の狙いを見抜けなかった俺が未熟であった!」
「殿!昨日負けた時に諦めるな!
殿が申したではありませんか?
せめて岡本政國の首を土産に黄泉の国へ参りましょう!」
「あほか?敵の狙いは破れかぶれで突撃する俺の首だ!
前橋上杉家の最高権力者、筆頭宿老、長尾憲長の次弟の首だ!
その手には乗らぬぞ!
背後の伊集院勢を突破する!
全軍に伝えろ!
背後の伊集院勢を突破!
荒川を下る!
目指すは下流の天神山城!」
「はい!全軍に伝えます!」
岡本政國は伊集院勢と秩父防衛隊の協力を取り付けて見事に長尾勢を追い込みました。
さて、筆頭宿老の次弟、長尾秀長の運命は?