邂逅02
「姉上!」
朝会ったばかりなのに。
家に戻ると久しぶりに再会するかのようにフリッツが抱きついてきた。
「フリッツ…」
「姉上、本当に明日もう発ってしまうの?」
ベルハルトの睨みにも怯まないフリッツは、ルプスと初めて会った時も臆さなかったらしいし、我が弟ながら神経が図太いと思う。
私を抱きしめたまま眉を下げて尋ねる顔は…まだ幼さが残っているんだけどな。
「ごめんね、色々と忙しいの」
「じゃあ今夜は僕の部屋で一緒に寝ようよ」
「はあ?ふざけるな」
「殿下は城に泊まればよかったのに。何で一緒に帰ってきたんですか」
待ってフリッツ、王子様に向かってそれは言い過ぎだから!
「エミーリアがいると家の中が賑やかだな」
にこにこしながらお父様達が姿を見せたけど…ベルハルトとフリッツが一触即発の状態は賑やかとは言わないのでは?!
夕食は和やかに進んで…食後のお茶を飲んだ後、私はテオお父様の部屋でお父様と二人、向かい合って椅子に座っていた。
他の家族達には言えないけれど…魔族の事を知るお父様には、私達の今後の事を説明しておきたい。
それに…お願いしないとならない事もあるし。
「話とは何だい、エミーリア」
「お父様…私は十七歳になったら、正式に魔族の一員となります」
お父様は目を見開いて———しばらくの沈黙の後、私の手を握りしめた。
「それは、魔王に命じられたからかい」
「…それもあるけれど…自分で決めたんです。皆が私を姫として…私の事を大切にしてくれるから、私もそれに応えたいんです」
半年間、城で暮らしてきて。
最初は私とお母様を重ねられる事が嫌だったけれど…それだけお母様の存在が大きくて、大切だったのだと知るようになった。
お母様が出て行った後、城の中はひどく静かで寂しかったという。
それは二十年経っても変わる事なく…そんな時にお母様にそっくりな私が現れたのだ。
私にお母様の姿を重ねてしまっても仕方ない…と今なら思える。
城のひと達は、魔王の孫とはいえ半分人間の私に優しい。
お祖父様にも怯まず意見できる、厳しいディルクでさえ…私が勉強を終えてぐったりしているとこっそりお菓子をくれたりする。
…それを息子であるルプスに言ったらとても驚いていた。
そうやって、城で過ごす内に、このまま魔族として生きていってもいいと思えるようになってきた。
完全に魔族となる事にまだ躊躇はあるけれど…一人じゃないから。
「———お前が自分で決めた事を私は否定できないよ。だが、ベルハルト殿下はどうするんだい」
「……ベルハルトも、魔族の仲間になります」
私だけならば…このままでいいと思っていた。
だけどベルハルトと二人ならば、人間ではなくなっても大丈夫だと思えるから。
「殿下も魔族に?」
「お兄様の核を使えば出来るそうです。…それで…」
私は目を伏せた。
「私も…お母様の核を取り込むようにと……」
そうしたら、お母様の核は消えてしまう。
お父様にとって唯一の形見である核を貰ってしまうのは…気が引けるけれど……
お父様が私の手を離した。
顔を上げると、お父様は胸に下げていたペンダントを外してそれを私の手に握らせた。
「…これは本来魔族に返すべきものだ」
お父様の手が私の手を包み込む。
「お前の中で生きられるのならエミーナも喜ぶだろう」
「お父様…」
「———私もね、そろそろ旅に出ようと思っているんだ」
「旅に…?」
「元々一所に留まるのは苦手なんだ。エミーナとも旅先で出会った」
お父様はそう言って小さく笑った。
「いつか魔族の国へも行くかもしれない」
「本当に?」
「…私など入れてもらえないだろうがな」
「大丈夫、ちゃんと迎えるように伝えておくわ」
「そうか、頼んだよ」
「…お祖父様にも会ってくれる?」
「———そうだな、一度は会って謝罪しないとな」
私の手を握る手に力がこもる。
「エミーリア。お前がどこにいようとも、何者になろうとも、お前は私の娘だ」
「はい」
「愛しているよ、エミーリア」
「私も…お父様もお元気で」
次はいつ会えるか分からないけれど…不思議と寂しさはなかった。
ふと、魔族の城でお祖父様と対面するお父様の姿が頭によぎったからだ。
…これは予知?それとも…願望?
いずれにしても…生きている限り、お父様とはまた会える。
それは遠くない未来だと、何故か確信が持てた。
「姫様。…どうしたの?そんな顔して」
屋敷から少し離れたところで待っていたルプスとトロワが怪訝な顔を見せた。
「…出発する直前までベルハルトとフリッツが喧嘩するんだもの」
朝から疲れたわ。
「兄弟喧嘩?仲がいいな」
「冗談じゃない」
ムッとした顔でベルハルトが応えた。
「もう…そうよ兄弟になるんだから仲良くして欲しいのに」
思わずため息が漏れる。
「向こうがその自覚を持てばいいんだがな」
あーあ。もう…
「それじゃあ次の目的地に行きましょう。今度は私にやらせて欲しいわ」
「エミーリアに?」
「だってベルハルトは何度も魔物狩りに行っているけど、私はずっとお城の中だったのよ」
「エミーリア様の魔法ですか!是非見たいですね!」
「…引くなよトロワ。こんな顔してえげつない事するからなこのお姫様は」
「失礼ね」
私は効率優先なのよ。
今回、里帰りついでに寄り道をして魔物の核を採っていく事になっているのだ。
久しぶりだし、私だってお祖父様から直接魔法を教わっているのだからその成果を試したいわ。
「それじゃ、行くか」
ルプスの声に、私は屋敷を振り返った。
———次に帰る時は、私はもう人間ではなくなっているだろう。
だけど…あの家が私の家である事に変わりはない。
「…行ってきます」
小さく呟いて、私は皆の後を追った。




