魔王 05
魂を…この世界に?
「それは…どういう…」
「おいで」
お祖父様は私を抱き上げた。
庭園を通り、建物のテラスまで行くとそこに置かれていた椅子に私を抱いたまま腰を下ろした。
「私は探していたんだ。エミーリアの器に入るのに相応しい魂を」
私の髪に指を絡めながらお祖父様は言った。
「器?魂を…探す?」
「順番に説明しないと分からないな。———私は知っていたんだよ、エミーナがどこにいて何をしていたか」
「どうやって…」
「血を分けた娘の居場所くらいすぐに分かる。魔力を察知できるからな。だが連れ戻す事はしなかった。…エミーナの心は私から離れてしまっていたからね」
お祖父様は寂しそうな笑みを浮かべた。
「あれを構い過ぎて嫌われてしまったのは私も悪かった。…だがエミーナも頑固過ぎた。私に頼れば息子を死なせる事も、エミーリアを産むために自分を犠牲にする事もなかった。それくらいあれも知っていただろうに」
「…お母様は…死ななくても良かったの?」
「お互い意固地になっていたんだ。…どうしたらエミーナの心を和らげる事ができるか悩んでいる内に…取り返しがつかない事になってしまった」
ため息をついてそう言うと、お祖父様は私の腰に両手を回した。
「———本当はお前も死んでいたんだよ、エミーリア」
「え…?」
「お前が生まれる時…エミーナはお前を守ろうとしたが失敗して、さらに自身の命まで削ってしまったのが私にまで伝わってきた。このままでは私の血筋が絶えてしまう。だからせめてお前は助けようと思ったのだ」
お祖父様は私を深く抱きしめた。
「エミーリアの肉体は無事だったが、魂が死んでしまっていた状態だった。このままでは肉体まで死んでしまう。だから代わりとなる魂が必要だった。だが強い魔力に堪えられる魂というものはそう見つかるものではない。この世界だけでなく私が感知できる別の世界まで探して———この庭にいるお前を見つけたんだ」
ふとバラの香りが強くなったような気がした。
「お前の…エミの身体は弱っていたが、魂はとても強い輝きを持っていた。強くて純真で美しい魂だ。それで私はお前が向こうの世界で死んだ時に魂をこちらの世界に連れてきて、エミーリアの中に入れたのだよ」
「え…でも…私があの庭園に行ったのは死ぬ一年以上前で…」
「多少の時間のズレは問題ない」
「———そう…だったんですね」
魔王…お祖父様はそんな事もできるんだ。
あれ、じゃあ…
「…前の世界に…この世界によく似た物語があったんです。あれは…?」
「物語?」
私はお祖父様に漫画の事を話した。
「そうだな…それはおそらく、歪みが生じたせいだろうな」
「歪み?」
「魂の召喚は大魔法だ。その時に空間に歪みが生じてこちらの世界の記憶が向こうの世界に流れたんだろう」
「記憶が…」
「魔力がある者や感受性の高い者ならばその記憶を得る事ができる。それを元に物語を作ったのだろう」
…それで…現実と一致したり、しなかったりしたって事?
でも…
「私がベルハルトと出会って旅に出たりするのは…未来の事なのに?」
「空間が歪めば時間も歪む。一年後のお前の魂を召喚したように、数十年先の記憶が流れる事もあるだろう」
———タイムマシンで未来を覗いた、みたいな事なのかな。
「それじゃあ…私と同じようにこの世界に生まれ変わったひとが他にいるのも…」
「歪みに巻き込まれたんだろうな」
全て…エミーリアを守るために———
「本当はお前をすぐここに連れてきたかったが、エミーナの二の舞になるんじゃないかと迷っているうちに十六年経ってしまった」
ふう、とお祖父様はため息をついた。
「幼いお前を愛でられなかったのは残念だ」
……それは…
「———小さい時にここに来ていたら…お母様のように逃げ出したかもしれません」
「そんなに嫌なのか?」
だって…!
「嫌というか…ずっとこれはさすがに…」
「私はいつまでも抱きしめていられるぞ」
お祖父様はそうかもしれないけれど!
「…私…もうそんなに子供ではありません」
「十六など、私にとっては赤子のようなものだ」
「お祖父様って…お歳は…」
「さあ。細かい数は忘れたが五百年くらいだったか」
ご…?!
「———魔族は…そんなに長生きなのですか」
「私が特別なだけだ。命の長さは魔力の強さによるからな。普通の魔族なら三、四百年程度だろう」
それでもそんなに…。人間とは全然違うんだ。
「エミーリアも母か兄の核を取り込めば私のように長く生きられるぞ」
「…私はそこまで望みません」
「欲がないな。それともあの人間のためか?」
「はい…私は、ベルハルトと共に生きる事を望みます」
お祖父様を見つめて私は答えた。
「エミーナと同じ道を歩むつもりか」
「———場合によっては…そうなるかもしれません」
お祖父様は…私をこの世界に連れてきてくれた恩人だ。
エミーリアとして生まれ変わらなかったら…私は病気のエミのまま、何もできないで死んでいたし、ベルハルト達にも出会えなかった。
だから恩を返したいとは思うけれど…
ベルハルトだって、私にとってはとても大切な人なのだ。
「エミーナの時は黙認したようなものだが…お前はそうはさせられないよ」
私を見つめ返すお祖父様の眼差しはとても優しい。けれど…
「お前の魂は私が見つけたのだからね」
「それは…そうですが…」
「お前が来るのをずっと待っていたんだよ、エミーリア」
頬に口づけるとお祖父様は私を強く抱きしめた。




