背負ってしまった罪
俺は人を殺した。 俺の手にしているもの、目の前に広がる光景がそれを説明している。 目の前に広がる光景と言うのは激しい血潮が迸っているように自分の家の一室あちらこちらに付着している光景だ。
何故このようになったのか、それは俺にも分からない。でも、確かなことが一つだけある。 俺が人を殺した、ということ。
事件の起こった朝、それはなんの変哲もない平和な朝と言えただろう。 皆が同じような時間帯に目を覚まし、寝ぼけ眼を擦りながら、フワフワしてまだ重い頭を抱えて朝食のまつ場所へと向かう。
心のない挨拶を親と交わし、朝食にありつく。 俺の両親は共働きだが母の方は家を出るまでに余裕があり、朝食はいつも一緒に食べていた。 それと俺には三つ下の妹もいた。 つまり朝の食卓は父を抜いた三人で囲んでいた。
朝のニュースだらけのつまらない番組を見ながら、妹と母のたわいもない話に耳を貸し、時には三人で笑う。 こんな何処にでもあるような家庭。 そして時間が来れば妹と学校に向かう。 母はそれを見送り、自分も仕事に向かう。 妹とは方向は違えど家を出る時間は同じため軽い挨拶を済ませ別れる。 世間からは仲のいい兄妹と見えるのだろうか。
「あ、汐。 体操着は持ったの? 今日確か体育ある日よね。」
「大丈夫、じゃ行ってきます。」
はぁい。 と間の抜けた返事を後ろからうけ、学校へと足を運んだ。
金沢汐。 これが俺の名前だ。 女みたいで昔は嫌いだったが最近は気にならなくなってきた。 周りにもこのような名前はいないため、少し嬉しい部分もあるのだろう。
そんなこんなで学校に着いた。 それからというもの本当にいつも通りだった。 受けたくもない授業を受け、休み時間に友達と駄弁り、また受けたくない授業を受け、友達と駄弁る。 学校の終わりを告げるチャイムの後は、部活も入っていなかっため足早に家路へとつく。 こんな毎日が続き、大人になり、家庭を持って子供の成長を見守る、そして両親が俺より先に他界して、あとを追うかの如く、俺も歳をとり他界する。 そしてそれから先、俺の子供の人生だ。 そして俺の思い描いたこの未来図とそう変わらない人生を歩み、同じように最期を迎える。 当たり前、なのかは分からない。 でも俺の中では当たり前であった。 でも家に着き、その当たり前は音もなく崩れていくのだ。
「なんだよ、これ…」
俺はその場で固まった。 家中荒らされており、人と人が争ったと言わんばかりに壁に血が付着していた。 言葉を失った。 テレビの番組などで幾つもこのようなシチュエーションのものを見た。 しかしいざ自分がその場に立ち会わせるなんて考えた事もなかった。 警察に電話しよう、でも電話したら何かが起こるかもなどの葛藤を頭の中で何度も繰り返した。 しかし家の奥にある居間から聞こえてくる怒号にも似た音により我に返り、恐る恐る居間に足を進めた。
居間の近くまで来て、その怒号は父の物だと分かった。 昔、何度もあんな声で怒鳴られたっけ。 なんてことは今考えている暇はない。 しかし父の声が聞こえ安心した。 腹の奥にストンと何かが落ち力が抜けた。 父が何とかしてくれる、そう思い居間の引き戸に手を掛けた。
「やめろぉぉぉ!!!」
ビクリと体が跳ねるとはこの事を言うのだ。 心臓が止まるかと思った。 全身の毛が逆立っているのだと分かるほど鳥肌がたっていた。 ゆっくりと引き戸を引いて中を覗いた。
中からは何故か排出物特有の臭いがして、その臭いが鼻をかなり刺激した。 臭いのせいで一瞬目を逸らしたため、中の様子はまだ分からない。 でも大体は予想がついていた。
その予想通り、人が二人倒れていた。 そしてそれを守るように覆い被さりながら声を荒げているのが父だ。 そう、父の下で倒れているのは妹と母だ。 その光景を見た瞬間、俺の理性か何かが壊れた。
我に返り、目を開けると、怯えきった父の顔がすぐ近くにあった。 この部屋に籠る排出物の臭いの原因は父だと分かったのもこの瞬間だった。 股間部分は濡れており、尻のほうには不自然な盛り上がりができていたのだ。
ハッとさっきの光景が頭に浮かんで、咄嗟に振り返った。 しかし、そこにあったのは思いもよらぬ光景。 犯人と思われる人間の胴体が壁に寄りかかっていた。 何故胴体といったかと言うと首がないのだ。 首の切断部分からはかなりの量の血が噴き出しており、部屋中を赤く染めていた。 むせ返るような光景に吐き出しそうになり、右手を口にあてようとしたのだがその時に右手にある違和感に気づいた。
違和感の正体は見ればすぐ分かる。 しかし後々考えればおかしい点が幾つもあり、それらを考えれば分かることだ。 父の怯えきった顔、首のない犯人の胴体。 違和感の正体は犯人の首。 そう、俺は犯人の首を持っていたのだ。 次の瞬間、俺は発狂と同時に気を失った。