98 化粧直し
ようやくクローディアが食事の間へ来た。
「遅くなってしまい、申し訳ありません。必要なものを用意するのに手間取りました」「あまり時間がない。目元を直せ」
「わかりました」
クローディアは手早くリーナの顔の化粧をおしぼりで拭き取り、しっかりとした化粧から薄化粧に変更した。
「第三幕で泣かれるかもしれませんので、目元の化粧はやめました。いかがでしょうか?」
「それでいい」
ロジャーが答えた。
「崩れるよりましでしょう」
エゼルバードもそれでいいとした。
かなりの薄化粧になったが、リーナの優しい顔つきと相まって印象が柔らかくなった。
清楚な印象のドレスとも合っている。
「ご苦労でした。下がりなさい」
「はい」
「クローディア、他言無用だ。わかっているな?」
ロジャーが釘を刺した。
王立歌劇場に来ている第二王子が、食事の間で王太子の側近二人と見知らぬ女性と共に食事をしている。
しかも、化粧直しまで手配した。
普通に考えるとあり得ない奇妙なことだった。
「わかっております。ご心配なく」
「また呼ぶ可能性もある。すぐに帰るな」
「わかりました。失礼いたします」
クローディアは化粧箱を持って退出した。
「第二王子殿下、時間がありますので失礼しても?」
ヘンデルが退出の許可を申し出た。
「兄上はどうしているのですか?」
「休んでいます」
「王族席の間で休んだ方がいいのでは?」
「第二王子殿下がいるので注目されます。目につかないようにするためにも、個人ボックスの方がいいという判断でした」
「警備が少ないのでは?」
「私服の警備を配置しています」
パスカルが答えた。
「第二王子殿下がご心配されるようなことはありません。第二王子殿下が私共と若いご令嬢に示された寛大なるお心遣いは、王太子殿下に報告します。王太子殿下は第二王子殿下の対応を高く評価され、喜ばれるのではないかと」
明らかに機嫌取りだとエゼルバードは思ったが、悪い気分はしなかった。
敬愛する兄に褒めてほしい。誰よりも高く強く評価される存在でありたかった。
「早く行きなさい。遅れるのは不味いでしょう」
「これにて失礼いたします。パスカルが先に挨拶を。リーナちゃんはその後ね」
「第二王子殿下に心からお礼申し上げます。これにて失礼させていただきます。ノースランド子爵にも感謝します」
パスカルがそう言って一礼した。
「第二王子殿下の寛大なるご配慮に心からお礼申し上げます。美味しいお食事が無駄にならなくて良かったです。ロジャー様にも感謝を申し上げます。それでは、退出させていただきます」
リーナが深々と一礼した。
王族席の間での挨拶の時もそうだったが、礼の所作については完璧な出来栄えだった。
エゼルバードはそのことに満足しながら、三人の退出を許可した。





