33 自信を持て
リーナは青の控えの間に行き、すぐにトイレ掃除を開始した。
掃除とはいっても綺麗かどうかを確認した後、手洗い場を拭くだけだった。
備品も全く減っていないため、数えるのは非常に楽だった。
「終わりです」
リーナはクオンにそう言った。
また監視するつもりなのか、クオンがついてきていた。
「雑巾がけはしないのか?」
「使われた形跡がありません。汚れていない場合は掃除しなくていいと言われています。他の仕事が多いため、重要度の低い仕事は省くか数日おきにすることになりました」
「そうか」
クオンは手を差し出した。
「ノートを見せろ」
「……はい」
勤務上の情報漏えいを防ぐため、他の者が見てもよくわからないようリーナは工夫していた。
記入はできるだけ片言や数字だけにしていた。まさにメモというように。
「青とあるのがこの部屋であることはわかる。他の数字は備品の数か?」
「そうです」
「仕事用のノートにしては装飾的だ。貴族の令嬢が使いそうなものだな」
リーナの使っているノートは購買部で買ったものだ。
事務的なノートではない。いかにも女性が好みそうな、花柄の模様が全体にちりばめられたものだった。
「購買部にはこういったものしかありません。これは一番安いノートです」
「仕事用なら支給して貰えばいい」
「支給品はありません。ノート、メモ帳、ペンでさえも全部自分で用意しなければなりません」
「自分で用意するのか?」
クオンは眉をひそめた。
「購買部で買います。他に方法がありません」
「上司に貰えばいいだろう?」
「自分で用意するように言われたので、仕方なく購買部で買いました」
仕事用なら後宮から支給するべきだった。
自己負担するのはおかしい。
この件については調べてみる価値がありそうだとクオンは思った。
うまくいけばクオンにとって都合のいいことになるかもしれないと感じた。
「五というのはなんだ? 備品数にしてはやけに少ない」
「評価です。五段階評価になっています。とても綺麗であれば五、まあまあは四、普通は三、やや汚いが二、汚いが一です。十五時までにできるだけ多くのトイレを調べておき、内容を上司に報告します」
リーナはきちんと説明した。
クオンは外部の者だ。本来であれば、仕事の情報は話すべきではない。
しかし、クオンが高貴な身分の者であるのは確実だ。
何も言わなければそれだけで無礼になり、処罰されかねない。
だったら素直に話した方がいいと思った。
「仕事を続けろ」
「はい」
リーナはクオンからノートを受け取ると、次の場所へ向かった。
六時になった。
早朝勤務は三時から六時までのため、仕事は一旦終了になる。
リーナはノートにある別のページをめくった。
日付を書き、早朝に掃除した部屋の数と、巡回で回ることができたトイレの数を書く。こうしておけば、その時間で大体どのくらいの仕事をしたのかわかる。
できるだけ多く済ませておけば、夕方後の残業が少なくなる。
残業を少なくするため、今後について検討するための参考にしていた。
「何を書いた?」
「掃除した部屋の数と巡回したトイレの数です。早朝、午前、午後で分けます。いつも残業なので、より早く終わるよう工夫できることがないかと思って。こういったことも毎日メモするようにしてみました」
「最後に書いてある時間は、勤務の終了時間か?」
「業務ポストに報告書をいれた時間です。これで勤務が終了になります」
クオンはノートを見た。
確かに毎日分書いてある。これはリーナが毎日勤務しているということだ。
数字は間隔を空けて書かれている。午前中は掃除する部屋が多いせいか、巡回する数が少ない。午後は全て巡回が基本のようだが、時々一になっている。
「午後の一というのは何だ?」
「臨時で掃除の指示が出た際にします。控えの間が使われた後、掃除したほうがいいと部屋付きの者が判断すると、臨時で掃除の指示が出ます。すると、巡回はやめて指示された場所を掃除しなければなりません」
「なるほど」
クオンは頷いた。
「お前は真面目だな」
「私には何の能力もありませんし、きちんとした教育を受けてもいません。真面目に努力することだけが取り柄です」
「学校は行ったのだろう?」
「行っていません」
クオンはすぐに思い出した。
「そういえば、孤児院育ちだったな」
「はい」
「孤児院でも最低限は教えるはずだ。読み書きや計算はできるだろう?」
「できます」
「就職するための技能訓練もあるはずだ。女性であれば掃除、洗濯、料理、裁縫や刺繍などもあるかもしれない」
「孤児院の手伝いをしながら、そういった訓練もしました」
リーナのいた孤児院では、日常生活の手伝いが技能訓練ということになっていた。
「私は高度な教育を受けたが、料理も洗濯も刺繍もできない。そういった職業につくということであれば、お前の方が優れている。もっと自分に自信を持て」
リーナは目を見張った。
自分は何もできない、何の能力もないと思っていた。
しかし、そうではない。ちゃんと能力を持っている。
自分に自信を持てと言われたのは初めてな気がした。
「一流の技能と言えるほどではないのかもしれないが、誰でも最初はわからずできないところから始めている。少しずつ能力を向上させていけばいい」
勉強し、技能を磨き、訓練を重ね、経験を積むことによってより専門的なことも可能になる。
「真面目に努力することは素晴らしいことだ。これからも仕事に励め」
「はい! 頑張ります!」
リーナは力強く答えた。
クオンの言葉が嬉しかった。
これからも真面目に努力し、仕事に励もうと強く思った。





