1363 キルヒウスとカミーラ
キルヒウスは短縮された勤務時間を終え、ヴァークレイ公爵家に帰った。
「おかえりなさいませ」
カミーラは寝室のベッドで体を起こしていた。
「体調はどうだ?」
「疲れました」
愛の日の贈り物が多数届いている。
本来はカミーラが妻として対応すべきだが、産後の体調不良が続いていた。
義理の祖母であるヴァークレイ公爵夫人、義理の母親であるヴァークレイ伯爵夫人、義理の姉妹が全てを代わりにしてくれている。
家族による手厚いサポートは非常に嬉しいが、完璧令嬢と謳われたカミーラとしては自らの不甲斐なさを感じるしかない。
愛の日ということでカミーラの祖父母のシャルゴット侯爵夫妻、両親のイレビオール伯爵夫妻が見舞いも兼ねて来た。
赤子のルイウスに会うためでもあるが、ヴァークレイ公爵家はカミーラの両親であるイレビオール伯爵夫妻のことを良く思っていない。
シャルゴット侯爵夫妻には話しかけるが、イレビオール伯爵夫妻とは最低限の会話しかしないため、両親はカミーラに話しかける。
親睦と冷遇の空気が混ざって漂い、カミーラにとっては非常に気疲れする時間だったことを話した。
「ルイウスはどうだった? 泣かなかったか?」
「寝ていたので大丈夫でした」
「愛の日を祝う特別な昼食を食べたのか?」
「いいえ。食欲がなかったので」
「マカロンも食べることができなかったのか?」
「それは食べました」
少しでも何か食べられるようにといって、キルヒウスはカミーラの好物であるマカロンを常に用意させていた。
「夕食は食べられそうか?」
「食欲がありません」
「夜は冷える。スープだけでもどうだ?」
「白湯をいただいています。それよりも、体調が崩れない内にお願いしたいのですが?」
カミーラはキルヒウスが持って来た大きな紙袋が気になって仕方がなかった。
「少し待て」
キルヒウスは一度自室に戻り、宝飾品の箱を持って来た。
「愛の日の贈り物だ」
「ありがとうございます」
キルヒウスがカミーラのために用意したのは特注の宝飾品。
また一つ思い出の宝飾品が増えたとカミーラは思った。
「まだある。後宮で販売された貴重で特別な菓子を手に入れることができた」
「整理番号券が当たったのですか?」
「王太子殿下が側近に特別な贈り物をくれた」
言葉では伝えきれない感謝を示すため、何も書かれていない便箋、ミネラルウォーターとの交換券、整理番号券が入った封筒が贈り物だった。
側近全員に無作為に渡したため、誰にどの整理番号券が渡されたのかはわからない。
ヘンデルが良い番号だったせいで交換しようと言い出したが、七番が当たった。
幸運の番号だと感じたため、そのままでいいと答えた。
しかし、自分の番号のほうがいいと感じたヘンデルは絶対に交換したいと言い張った。
するとパスカルが仲裁に入り、三人の整理番号券を混ぜて引き当てたものを自分のものにしようと提案、様子を見ていた王太子もそれでいいと言った。
「パスカルは二番の整理番号券を持っていたため、上にはみ出すような位置にして私に取るよう仕向けた」
「レーベルオード子爵は二番の整理番号券を譲る気だったのですね」
「そうだ。パスカルが私に一番良い番号を引かせようとしたのを見て、ヘンデルは一番悪い番号を選ぼうとした。だが、パスカルに読まれていた。普通に持っていたほうを選んだ結果、最初に引いたのと同じ三番の整理番号券になった」
「お兄様らしいです」
カミーラは笑った。
「パスカルは七番の整理番号券になったが、セブンに譲った。第四王子が四番の整理番号券を持っていることを知り、自分にくれるかもしれないと予想していた。そして、実際に四番をもらって並んでいた」
「さすがレーベルオード子爵です」
「購入した特別な菓子をパスカルは父親に贈ったそうだ。木箱を手に入れることができるのは十名までだった」
「とても貴重な箱なのですね」
「王立装飾家具工房で特注された箱だ」
「王立装飾家具工房の? 間違いなく名品です!」
「菓子を食べたあと、箱は書類箱として再利用できるようになっている。だが、見方を変えれば、書類箱を菓子箱に利用したとも言える。王立装飾家具工房の特注の書類箱で十点しかないものとなれば、ゼロが一つ増えてもいいぐらいだと思った者もいるだろう。年々価値が高まるばかりの品だ」
「お得なことが大好きなリーナ様らしい心遣いです」
「そろそろどんな菓子か見たくなってきたか?」
「ずっと見たかったです。二番ということは相当良いものでは?」
「一番はロジャーだった。第二王子から特別に与えられたらしい」
「筆頭としての名誉を守れましたね」
「これが二番の整理番号券のおかげで購入できた最高級シリーズの菓子だ」
カミーラは美しい装飾が施された箱を見て笑みを浮かべた。
「素敵な書類箱です!」
「今はまだ菓子箱だ」
「そうでした」
蓋を開けると赤い布地と薄紙が見えた。
それをそっと開いた瞬間、カミーラは驚愕した。
「なんて素晴らしい……リーナ様は天才です!」
「ネックレスに見えるが、全てチョコレートで作られている。サイズ的に考えると、本当につけることができそうに思えてしまう」
「ホワイトチョコレートをパールに見立てるなんて……上品ですね」
宝石の部分は抹茶のチョコレート。留め金の部分には金粉のチョコレート。
艶を演出するために水あめを薄く塗っている。
ネックレスがずれないように固定する台座もチョコレートで作られているほどのこだわりようだった。
「本当に美しいです。まさに職人が作った芸術品でしょう。これは食べてもいいのですか?」
「観賞用ではなく完全に食用だそうだ。消費期限が早い」
カミーラはカードに明記された消費期限を確認した。
「確かに早い気がします」
「ヘンデルも同じものを買った」
「誰に贈るのか聞いたのですか?」
「姉妹で同じものを手に入れることができるように兄として配慮するらしい。但し、直接は贈らない。シャペルに譲って恩を着せると言っていた」
「とてもお兄様らしいです」
「愛する兄からもらうよりも、愛する婚約者からもらった方がベルも喜ぶと思うからこその判断だ。カミーラへの配慮もある。ベルにだけ良いものを贈るのは不公平だ。カミーラにもベルにも愛ある気遣いを贈ることにしたそうだ」
「さすが王太子の首席補佐官です。適切な判断だと思います」
「母上とおばあ様には別のネックレスを贈る」
「別のネックレス?」
カミーラは気になった。
「どのようなものでしょうか?」
「気になるか?」
「とても」
「夕食の時に王太子殿下やヘンデルの配慮を話題にする。食後はここに集まり、家族全員で特別な品々を検分しよう。そして、この喜びをより多くの者と分かち合うための茶会を開くことで合意するのはどうだ?」
「さすがキルヒウス様です。きっとまとまると思います」
カミーラは優しく微笑んだ。
「キルヒウス様には名品の箱を贈ります。書類箱としてお使いください。妻からの愛を込めた配慮です」
「とても嬉しい」
「私も嬉しいです。愛の日のことをベルや友人に話したくてたまりません。茶会も楽しみです」
愛ある贈り物と譲り合い。
今年の愛の日もまた去年とは違う意味で素晴らしいものになったのは間違いなかった。





