1362 愛の日の行列
愛の日をどのように過ごすのかは人それぞれ。
後宮の購買部周辺にはフレキシブルタイムや遅番や半休や休日を利用した人々が大勢集まっていた。
それは後宮購買部で愛の日だけ販売を行う特別な菓子を買いに来た者や、その様子を見に来た人々だった。
「特別なお菓子は十時からの販売になります!」
「整理番号順に並んでいただいています!」
「複数の整理番号券をお持ちの方は、購入後に未使用の整理番号券を見せて再度番号順に並んでいただく必要があります!」
「購入制限があります!」
「最高級シリーズは一万ギールです! 全商品の中からお一人様につき一つのみご購入可能になっております!」
「高級シリーズは千ギールです! お一人様につき一つまでご購入可能になっております!」
「最高級シリーズを一つ購入された方でも、高級シリーズを一つ購入できます!」
「個数限定の貴重な品のため、見本品はありません! 販売カタログをご覧ください!」
「前の方に並んでいる方がカタログを見るだけであれば、後ろの方に並んでいる方が購入するチャンスが増えます!」
「カタログをどうぞ。見るだけか購入するかを決めてください」
先頭に並んでいたロジャーに、販売カタログが渡された。
「確認したい。カタログは買えないのか?」
ロジャーが確認した。
「申し訳ございません。こちらのカタログは商品の整理番号券をお持ちの方に見せるだけになっております。差し上げることもできませんし、販売されてもいません」
「わかった」
「うわ! こういう菓子だったのか!」
三番目に並んだヘンデルもカタログを受け取り、中を見て驚いた。
「キルヒウス、どうする?」
「ロジャーはどれを買う?」
「当然一点ものだ」
最高級菓子の価格はどれも一万ギールで、書類箱として再利用できる木製箱に入っている。
しかし、販売数が一つだけ、二つだけ、三つだけ、四つだけのものがある。
希少価値で言うと、一つしか販売されないものが最も高い。
見た目としてもそれを買うに決まっているとロジャーは思った。
「二つだけ販売されているものにする」
「俺も。姉妹で揃えた方がいいよね」
二つしか販売されない最高級菓子はキルヒウスとヘンデルの義兄弟で独占。
売り切れが確定した。
「パスカル様、三つ販売されている品でしょうか?」
五番目に並んだトロイは、四番目に並んだパスカルに尋ねた。
「そうだね」
パスカルはセイフリードへ朝の挨拶に行き、四番の整理番号券を贈られた。
「同じものにします!」
トロイはパスカルと一緒に買い物に来たような状況と同じ商品を購入できることに無上の喜びを感じていた。
六番の整理番号券を手に入れたのは国王の首席補佐官エドマンド。
国王府の威信にかけて必ず一つは最高級菓子を買うことになり、大勢の官僚がくじを大量に購入した。
その結果、首席補佐官のエドマンドが見事に六番を引き当てた。
「どうする?」
七番目に並んだセブンは八番目に並んでいたユーウェインに声をかけた。
「カタログを見るだけか? それとも菓子買うのか?」
「最高級菓子と高級菓子を買います」
騎士たちもリーナが手掛ける菓子に注目しており、元ヴェリオール大公妃付きだったユーウェインは絶対にくじを買えと言われた。
くじは一個につき一ギールで安い。一日の上限である百個でも百ギール。
そのぐらいならいいと思ってユーウェインがくじを買うと、八番を当ててしまった。
「ラインハルト団長に贈るのか? それともディーグレイブ伯爵に贈るのか?」
「団長たちには贈りません。書類箱が必要なのは私の方なので」
ユーウェインは書類仕事をしぶしぶする騎士団長たちに特別な書類箱を贈る気は全くなかった。
「書類箱は私のものにしますが、菓子は王太子付き護衛騎士で分け合います。ラインハルト団長には高級シリーズを贈ります。二つで一組のものにすれば、タイラー団長補佐と分け合うのではないかと思われます」
「適切な判断だ。王太子付き護衛騎士に出世しただけある」
「時間になりました!」
「一人ずつの対応になります!」
「お待ちいただく間に販売カタログをご覧ください!」
ロジャーは販売カウンターまで進んだ。
「いらっしゃいませ。お決まりでしょうか?」
「最高級シリーズのティアラ、高級シリーズのネックレスを買いたい」
「かしこまりました」
販売員は注文票に書き入れた。
「最高級菓子細工のティアラを一点、高級菓子細工のネックレスを一点ですね?」
「そうだ。一応確認するが、これは鑑賞用の菓子か? 食用可能か?」
「完全な食用ですので早めにお召し上がりください。賞味期限ではなく消費期限になっております。ご購入後にご確認ください」
「わかった」
「一万千ギールになります」
「小切手でもいいな?」
「エルグラード銀行の小切手であればご利用いただけます」
ロジャーはエルグラード銀行の小切手で支払いを済ませた。
「ありがとうございました。破損に気をつけてお持ち帰りください。修復や交換は一切できませんのでご了承ください」
ロジャーは一番目に買う第二王子派貴族の代表としての使命を果たした。
「セブン、先に帰るぞ!」
「わかった」
ロジャーは絶対にティアラを壊さないようにしなければならないと思いながら、購入品を入れた袋を持ってゆっくりと王宮へ歩き出した。
キルヒウスは最高級菓子細工のネックレスを一点、高級菓子細工のネックレスを一点購入した。
「エドマンドのおっさん、高級な方のネックレスはいる? 俺は最高級のネックレスを買うから、高級の方は譲ってもいいよ?」
ヘンデルがエドマンドに声をかけた。
高級シリーズのネックレスは五点のみ。
順当に買うとトロイまでになり、エドマンドは買えなかった。
「いつになったらその言葉遣いを直す気なのか……まあいい。ネックレスを譲れ」
「へいへい。最高級菓子細工のネックレスを一点、高級菓子細工のイヤリングを一点買うよ」
パスカル、トロイ、エドマンドは最高級菓子細工のイヤリングと高級菓子細工のネックレスを一点ずつ購入した。
「最高級菓子細工のブレスレットを一点、高級菓子細工のイヤリングを一点だ」
「かしこまりました。一万千ギールになります」
セブンが購入したあとはユーウェインの番だった。
「最高級菓子細工のブレスレットを一点、高級菓子細工のイヤリングを一点で」
「かしこまりました。一万千ギールになります」
菓子でこの値段はありえない……だが、書類箱がある。
王立装飾家具工房の品をこの値段で買えるのは激安かつ幸運というのが貴族における正常な感覚。
また、王太子付きの護衛騎士にとっては金の問題ではなく献身の問題。それを理解していることを示すために購入する重要性をユーウェインは理解していた。
よくやった!
それでこそ第一王子騎士団の護衛騎士だ!
王太子付きの護衛騎士にふさわしい!
ラインハルト団長、タイラー団長補佐、クロイゼルたちに褒めちぎられることを予想しながらユーウェインは小切手で支払った。
「ユーウェイン、一緒に戻ろう」
四番目と五番目に買ったパスカルとトロイがユーウェインを待っていた。
「パスカル様と一緒に買いに来ることができたので嬉しいです!」
無邪気そうに喜ぶトロイは普段とは全くの別人だった。
「しかも、お揃いの書類箱を使えます!」
「僕の箱にはならない。父上への贈り物にするから」
「では、私の木箱をパスカル様に贈ります!」
すかさずトロイが申し出た。
「それはトロイの箱だ。官僚にとって書類箱は有用だから大事に使うといいよ」
「私の木箱を贈ります。騎士なので書類箱を使う機会は限られています」
ユーウェインも申し出た。
「ユーウェインも自分のものにするとセブンに話していたよね? 僕のことは気にしなくていい。父上のものは全て僕が受け継ぐ。将来的には僕の木箱になるから」
「確かにそうですね!」
「なるほど」
トロイとユーウェインは納得した。
「父上が喜んでくれるといいな」
このあとパスカルは内務省に行き、父親に愛の日の贈り物をする予定だった。
「必ず喜びます」
「喜ばないわけがありません」
「そうだね。僕もそう思っている」
三人は笑顔を浮かべながら王宮へ戻っていった。





