1359 まさかのくじ引き
愛の日の一週間前。
後宮購買部がポスターを張り、愛の日当日に販売される特別な菓子について告知した。
最高級シリーズの菓子が十点。一人につき一箱のみ購入可。価格は一万ギール。
高級シリーズの菓子は百点。一人につき一箱のみ購入可。価格は千ギール。
最高級シリーズと高級シリーズの購入制限は別で、両方の菓子を一点ずつ買うこともできる。
当日は購入希望者による混雑を防ぐため、本店の営業開始である朝十時から整理番号券の順番で並び、どの品を購入するかを決めるということだった。
「ヴェリオール大公妃が企画に関わっているのはこれか」
「最高級の菓子と高級な菓子を売るのか」
「個数限定だけに貴重な菓子だということはわかる。だが、一体どんな菓子なんだ?」
「謎の菓子だ」
ポスターには菓子そのものについての説明が全くない。
整理番号券を持つ者は愛の日当日になると販売品が載っているカタログを見ることができる。
どんな菓子が販売されるのかを知りたい者は、一個一ギールのくじを買って整理番号券を当ててほしいということだった。
「くじ引きか」
「運次第ね」
「財力次第ではないか?」
「できるだけ少ない数の整理番号券を当てるには、くじをたくさん買わないとダメそうだな?」
「カタログを見るだけでいいなら、とにかく整理番号券が当たればいいって感じよね」
「くじの売り上げについては、福祉特区の孤児院に全額寄付されるって」
「リーナ様らしいわ!」
「お楽しみつきの寄付金集めね!」
「慈善活動だな!」
「愛の日らしい企画ね!」
この情報はすぐに後宮から王宮に拡散され、多くの人々がくじを購入した。
そして、愛の日。
「最悪……」
ヘンデルは不機嫌だった。
「王太子付きの首席補佐官なのに、五百番なんてありえねー!」
ヘンデルは後宮で販売される貴重な菓子を手に入れるため、大量のくじを買った。
王都庁に行く用事もあって多忙過ぎるため、部下を代理にしてくじを買いに行かせたが、限定販売の菓子を購入できそうな整理番号券が当たらなかった。
「リーナちゃんが商人だったら、愛の日だけで相当儲けられる! 整理番号券を当てるためのくじを販売するなんて思わなかった!」
「嫌なら買うな。今回は金持ち用の菓子だとわかっているだろう?」
クオンは書類を見ながらそう言った。
「俺は金持ちだよ?」
「できるだけ多くのくじを買えば良かった」
「一回につき百個までしか買えなかった。俺の部下もその部下も忙しい。一度にもっと多く買えるようにしてほしかった……」
「一度に買える数を制限しなければ、千個でも一万個でも買うと言い出す者がいるからだろう。多くの者にチャンスが生まれるようにした」
ヘンデルは深いため息をついた。
「わかってるって。まあ、寄付できたからいいや」
くじの売り上げは福祉特区にある孤児院への寄付になるため、慈善活動に貢献した。
愛の日らしいということで、納得しやすい。
「良いことをした。お前は見返りがなくても寄付をするだろう? 整理番号券が当たるだけ良かった」
「そうだけど、王太子府の連中は結構ボロボロらしい。トロイはちゃっかり当てているけれどさ!」
トロイは五番の整理番号券を手に入れ、強運者であることを示した。
「トロイも忙しくて部下や後輩にくじを買わせたらハズレばかりで、怒って自分で後宮に買いに行ったら五番が当たったらしい」
「そうか」
「俺も自分で買いに行ったら、絶対にもっと良い番号だった!」
「言い訳にはなるな」
「クオンは余裕でいいよね。絶対に特別なお菓子がもらえるからさ」
「ヘンデルももらえるかもしれない」
「もらえたとしても一番良いものじゃない。贈りたい相手がいたのになあ」
「誰に贈るつもりだ?」
「カミーラ」
カミーラはヴァークレイ公爵位を受け継ぐことができる男子を産み、多くの人々に称賛された。
しかし、カミーラは初めての出産が予想以上に大変だったため、心身が疲れ切ってしまった。
肉体的な意味で回復はできても、精神面での回復は遅くなる見込み。
家族会議が行われ、愛の日に素晴らしい贈り物をして励ますことをヘンデルは話した。
「カミーラは社交好きで流行にも敏感だったのに、今は全然興味がない。何をするにも力尽きちゃった感じでさ。だから、後宮で販売される特別な菓子をあげて、ベルや友人と楽しくおしゃべりができれば元気が出るかもって思ったわけ」
「そうか」
「キルヒウスも相当くじを買った。でも、百三十番だった」
特別な菓子や整理番号券を高値で転売することは禁じられている。
多忙な者のためにくじを代理購入することは問題ないが、その手数料等で利益を得るような行為も禁止されていた。
「キルヒウスも自分で買いに行けばもっと良い番号だったかもしれないって思っているよ」
「そうかもしれない」
「シャペルは八十番代だったかな? どんなものが買えるのかはわからないけれど、高級シリーズなら買える。シャペルとベルの連名でカミーラに贈ってくれるってさ」
「特別な菓子が買える整理番号券を手に入れるために、知り合いを総動員したのか?」
「当たり前だよ! 金もコネも使いまくり。でも、結局は運だ。くじだしね」
「そうだな」
「ああ、もう憂鬱だよ……」
ヘンデルはため息をついた。
「今日の俺は使えない。仕事に集中できない!」
「そのようだ」
「クオンは整理番号券を持っていないわけ? リーナちゃんから特別に良い番号を融通されていたりしない?」
「そろそろ朝礼だ」
「もうそんな時間か」
ヘンデルは騎士の間を確認した。
「入れていい?」
「構わない」
ヘンデルはドアを開け、騎士の間に集まっていた側近たちを執務室へ入れた。
「全員揃っているね」
「朝礼を始める」
まずはヘンデルからの全体通達。個別通達。各側近からの報告や通達。
個別に相談したい件については時間を予約。
そして、クオンからの通達になった。
「今日は愛の日だ。いつも私のために尽くしている全員に感謝している。特別な贈り物をしたい」
クオンは後宮で売っているミネラルウォーターのボトルと交換ができる便箋セットを購入した。
「今年は愛の日のために考えられた便箋セットにした。便箋には何も書いていない。なぜなら、言葉では言い尽くせないほどの愛と感謝を贈りたいからだ」
王族のクオンが直筆で手紙を書くことはできない。
だが、本当は多くの言葉、言い尽くせないほどの感謝の気持ちを伝えたい。
それを何も書いていない便箋であらわすことにした。
「後宮の購買部に交換券を持って行くと、ミネラルウォーターのボトルをもらえる。忙しいだろうが、休憩も必要だ。私ならではの工夫として別の券も入れた。誰にどれが当たるのかはわからないが、早めに確認した方がいいのはわかっている。全員ここで封筒を開封しろ。二種類の券が入っているかどうかを確認するだけでいい」
クオンは側近に直接封筒を渡していく。
「これで開封すればいいよ」
ヘンデルが用意したペーパーナイフを順番に使って開封作業が行われた。
「これは……」
「整理番号券だ!」
「良い番号が当たった者もいるだろう。誰かはわからないが、特別な菓子を手に入れたい者は後宮に行け。以上だ」
全員が深く一礼したあと、ヘンデルはすぐにキルヒウスに声をかけた。
「キルヒウス!」
「何だ?」
「整理番号券を交換しよう」
全員が整理番号券をもらっている。
何番かはわからないが、ヘンデルは絶対に自分の方がキルヒウスよりも良い番号だと確信していた。
「断る」
キルヒウスは断った。
「私は強運だ。自分の整理番号券でいい」
「いやいやいや! 俺の方が強運だって!」
その会話を聞き、ドアを開けたくても開けられずに立ち止まっていた側近たちは顔を見合わせた。
「良い番号だったか?」
「まあ……良い番号だった」
「王太子殿下に心から感謝している」
「一気に順番が良くなった」
良い番号の券を自力で入手しようとして惨敗した側近たちは、王太子からもらった整理番号券とその配慮に心から感動していた。
「だが、王太子殿下は誰にどの番号が渡ったのかを知らない」
「完全にランダムだったようだ」
「誰が何番だったのか気になる」
「パスカル、何番だった?」
「私もあとで聞こうと思っていた」
「絶対に聞く気だった」
「教えろ」
側近たちの視線がパスカルに集中した。
「あとにしていただけませんか? ここは王太子殿下の執務室です。個人的な用件は他の部屋ですべきではないかと」
正論。
「ごめん。俺のせいだ。でも、キルヒウスは残って! ここで決着をつける!」
「必要ない」
「とりあえず、ドアを開けていいよ」
側近たちが部屋を出ていく。
ドアを抑えていたパスカルは外に出ず、ドアを閉めてその場に残った。
その表情からいって、何かありそうだった。





