1358 事前の情報交換
リーナの執務室にセイフリードが来た。
自らファイルを持っているということは、重要書類の証だった。
「二人だけで話をしたい。愛の日のことについてだ」
「わかりました」
リーナは答えたあとにハッとした。
「すみません。リリーを残していいですか? こちらの愛の日の資料を用意させたくて」
「わかった」
「リリー、愛の日の資料を揃えてください」
「かしこまりました」
「僕が来たのは愛の日に王宮厨房部と王宮購買部がどのようなことをするかを説明するためだ。その目的は後宮の取り組みとかぶらないようにするためでもある。僕側の情報を教えるため、リーナ側の情報を知りたい」
冬籠りの時期、セイフリードはリーナの差し入れが気になって仕方がなかった。
そこで愛の日については同じようなことにならないよう事前に情報交換をすることにした。
「私もセイフリード様に相談しようとは思っていました。冬籠りの時にも王宮と後宮でかなりの菓子を販売しました。愛の日は余計にかぶりそうだと思って」
「まずは僕からだ。去年と同じようにしようと思う」
王宮厨房部が手掛けた高級チョコレートの販売。
官僚食堂のランチ券とカードのセットの販売。
ミネラルウォーターと交換できるサンキューカードの販売。
「だが、全く同じものしかないのでは売れにくいかもしれない。目新しさが必要だ」
「そうですね」
「そこで今年限定のカードや新しい高級チョコレートを販売する」
「どんな高級チョコレートでしょうか?」
セイフリードはファイルから資料を取り出した。
「極秘だからな?」
リーナはチョコレートのデザイン画を見た。
「バラの意匠を中央に施したメダル型のチョコレートですか」
「好評であれば定番品として毎年販売することも考えている。現時点で僕の方で考えている案は以上だ。リーナの方はどうする?」
「ちょっとお待ちください」
リリーが揃えた資料をリーナは手に取った。
「後宮も基本的には去年と同じようにすることを考えていますが、少しだけ変更しています」
後宮購買部で抽選付きのカードを販売する。
去年は塗り絵にしたせいで色鉛筆が取り合いになったため、今年はカラー印刷をしたカードに変更。
また、抽選で当たるものについては月光宮のカフェで使用できるティーセットのペア券になった。
「買物部がなくなって購買部と一緒になったので、買物部による軽食販売がなくなりました」
「知っている」
「その分の収益を補うため、ミネラルウォーターの交換券付き便箋セットを販売します」
「便箋セットか」
「便箋ならカードよりも多くの文章を書くことができます。長文対応の商品です」
「他の商品との差別化は重要だ」
「あとですね、後宮購買部の特設コーナーで最高級のお菓子を販売します!」
セイフリードは眉をひそめた。
「どんな菓子を売るつもりだ?」
「セイフリード様にも贈るのであまり教えたくないのですが?」
セイフリードは眉を上げた。
「王族に贈るものと同じ品を売るのか?」
「全く同じではありません。王族用は調理部、販売用はカフェ部が作るのですが、結局は後宮にいる菓子職人たちが協力して手掛けるので、似たようなものになります」
「できるだけ高くしろ」
セイフリードは絶対的な口調で告げた。
「王族への贈り物と似ているものが安物であってはならない」
「それはわかっています。なので、一番高いのは一万ギールです」
セイフリードは驚いた。
「リーナが一万ギールの菓子を売るのか?」
平民から見ると百万ギニー。
菓子としては極めて高額だった。
「そうです。王族への贈り物なら最低でもこのぐらいはしないとダメではないかということになりました」
「一つで一万ギールなのか?」
「一箱です。個数も限定です。はっきり言いますけれど、お金持ちの貴族をターゲットにして売ります!」
国王が主催する聖夜の茶会に招待された客は、後宮の購買部で最高級品が売っていないことを残念がった。
その話が社交界に伝わり、後宮の購買部では安物しか扱っていないという悪い噂になってしまった。
そこで愛の日に最高級のお菓子を高額で販売し、後宮や購買部の名誉を挽回しようと思ったことをリーナは説明した。
「リーナの感覚は庶民と同じだ。本当に最高級の菓子と言えるようなものかわからない。僕が判断するため、詳しく教えろ」
「絶対に大丈夫だと思います。でも、セイフリード様が担当する王宮省の執務に関係するということで知っておきたいですよね?」
「当たり前だ! リーナだけでなく王家や後宮の名誉もかかっているようなものだ!」
「秘密ですよ?」
リーナは白い書類封筒を手に取った。
「最高級の菓子のデザイン画なので、白い封筒にしまっています!」
「茶色の封筒よりましというのはわかるが、白いだけで普通の封筒だろう?」
「最高級の封筒ではないです。経費削減を日々心掛けていますから!」
本当に一万ギールで販売するのにふさわしい品なのか?
セイフリードは疑うような眼差しをリーナに向けながら、差し出されたデザイン画を受け取った。
「それが一万ギールのお菓子です」
セイフリードは驚きのあまり言葉が出なかった。
「作るのが大変なので、そちらのデザインは一つだけの販売になります。希少価値もつくので高くても不思議ではありませんよね?」
「売れる」
セイフリードは断言した。
「手に入れた者は自慢したがるだろう」
「お菓子なので消費期限内に食べないとダメです」
「完全な食用で考えているわけか」
「こちらも一万ギールですが、販売数は二つで考えています」
リーナが渡したデザイン画をセイフリードはじっくりと見た。
「値段は同じだが、販売数が増えることで希少価値が変化するということか」
通常は商品の差を内容や値段で判断しやすくする。
しかし、値段を下げたことで高級感が減ってしまうのは困る。
そこで値段は変えず、販売数による希少価値で差をつけることにした。
「面白い方法だ。趣向としても楽しめる」
「こちらのデザインは三つ販売します」
「なるほど……徐々に下がっていくわけだ」
希少価値が。
「こちらが四つ。全部で十点限りの限定品です!」
「僕には全部くれるのか?」
「えっ!」
今度はリーナが驚いた。
「無理です! 販売用であっても凝ったものですし、特別な材料を使うのでたくさんは作れません!」
「だが、これに似たものを王族にも贈るのだろう?」
「セイフリード様はこれの王族用です」
四つ販売される菓子の王族用。
「兄上に贈るのは一点ものの菓子の王族用か?」
「そうです。国王陛下とクオン様ではちょっとだけ変えますけれど、大体は同じです」
「エゼルバードが二点販売するものの王族用、レイフィールが三点販売するものの王族用ということか」
「そうです。王族用のものは贈る王族に合わせて作る世界でたった一つの特別なお菓子です!」
極めて価値がある特注品であることをリーナは強調したが、セイフリードが喜ぶ素振りは全くなかった。
「言いたいことはわかる。だが、僕の菓子は小さい。しかも、一つだぞ?」
「そうですけれど、お菓子を食べたあとに再利用できる菓子箱がつきますから」
「再利用できる菓子箱?」
「書類のサイズに合わせた菓子箱に入れて贈るので、お菓子を食べたあとは書類箱にできます。だからこそ、この価格でもいいと思いました!」
「なるほど。菓子を売るだけでなく、書類箱と合わせて売るようなものということか」
「お菓子だけでこの値段はぼったくりです!」
「僕はぼったくりで考えていた」
「セイフリード様が手掛けるなら許されます。でも、私の感覚は庶民なので……」
「菓子箱のデザイン画を見せろ」
「さすがにそれは秘密です。全部見せたら当日のお楽しみがなくなってしまいます!」
「別にいい。先に知りたい。それならあの菓子で我慢してやる」
「……セイフリード様は本当に交渉が上手です」
リーナは菓子箱のデザイン画を取り出した。
「極秘ですからね? でも、これは販売用の菓子箱です。王族用の菓子箱のデザイン画は見せません!」
「リーナも交渉上手だ」
先に秘密を知る優越感を味わったセイフリードは満足と安心の笑みを浮かべた。





