終わり、始まり
王都動乱から十日後、ルシーアが王として即位し、王都は落ち着きを取り戻していた。処分された者も多かったが、ボルツが将軍に復帰し、オーストンの名誉も回復されていた。ベークトルトは内政に関する最高責任者的な地位についている。
「お前が光の一族から別れたもの達の弟子だったとはな。しかも師は今も地下牢に住んでいる奇人か」
「あの人はああいう人です。それに、光の一族と別れたのはかなり昔の話ですから、関係はほとんどありません」
「そうか。しかし、光の一族がこの国から去った今、また死霊が現れた時はどうすべきだと思う?」
「全てが去ったわけではありません。一人で十分だということでしょう」
ルシーアは顎に手を当てて息を吐く。
「タケルか、今回はあの者に救われたようなものだったな」
「おそらく、道場主でもやるのだと思います。光の一族は去っても、その技術は継承されていくでしょう」
「そうなるか」
「はい。それに、タケルはすでに街では有名ですから、いい影響があるはずです」
「白髪の英雄か。こちらからは特に何かする必要は?」
「あちらから何も言ってこなければ、特に必要はないでしょう。すでに道場も用意できているようですし」
ルシーアは深くうなずくと、テーブルに両手を置いた。
「放っておけばいいということか。まあ、オーストンに任せておこう」
「それがよろしいかと」
「では次だ」
それから二人はまた別の問題に関して話を始めた。
一方、古ぼけた道場にはタケルとケイシアが向かい合って座っていた。
「しかし、あんたはどっかにふらっと行っちまうもんだと思ってたよ」
「ここでやることができた」
「あのミヌスって子かい」
それにタケルは黙ってうなずく。
「まあ、あの力はすごかったな。それを使えるようになるまで面倒を見るってことか。あのおっさんの許可はとってんのか?」
「問題はない。それ以外にも弟子をとるこにはなったがな」
「なるほどね」
「お前はどうする? 仲間はこの国に仕えることになったようだが」
ケイシアは笑いながら手を横に振った。
「あたしはあの時限りの契約だし、今はもう関係ないんだよ。もう少ししたらどっか行くけどな」
「それだけの力を持ちながら傭兵を続けるのか」
「そのほうが性にあってるんだよ。宮仕えなんてごめんでな、そりゃお前も一緒だろ」
「性に合うという問題ではないがな」
それにケイシアはにやりと笑った。
「この街の守護者って言ったところか」
「光の一族はこの国から去ってしまった。それに長からの頼みでもある」
「じゃあ、あんたはここでこのボロ道場主になるわけだ」
それからケイシアは立ち上がった。
「ま、今日はこれでな。頑張りな」
ケイシアは手を振って道場から出て行った。それからタケルは立ち上がると、道場の中心に立った。そして短剣を左手で抜くと、軽く型を始めた。
しばらくすると、いつの間にかそれを見る二人の人影が道場に入ってきていた。タケルはそれに気づいたが、型が終わるまでは反応しなかった。そして、動きを止めて短剣を収めるとその二人、オーストンとミヌスに体を向ける。
「どうした?」
タケルは額の汗を拭って二人に声をかけた。オーストンがうなずいてみせると、ミヌスがタケルの前まで歩き、その顔をじっと見てから頭を下げた。
「タケルさん、これからよろしくお願いします」
タケルはそれにうなずく。
「こちらこそよろしく頼む、ミヌス。お前は強くならなければならないからな」
「はい」
ミヌスが力強く言うと、オーストンがその肩に手を置いてタケルにうなずいてみせた。
「頼む。この子は強くならなければならないからな」
「わかっている、任せておけ」
そう言うと、タケルは木の箱と包みを持ってきて、ミヌスの前に置いた。
「開けてみろ」
ミヌスがその箱を開けると、そこには鞘のついた短剣が納められていた。
「長から送ってもらったもので、お前のために作られた武器だ。肌身離さず身に付けておくことだ」
さらにタケルが包みを開くと、そこにはタケルが着ている服と似たような、動きやすい服一式が入っていた。
「着替えてくるといい」
「はい」
ミヌスは短剣と包みを持って道場の奥に行った。その間にオーストンとタケルは視線を交わす。
「あの子は重い宿命を背負っているのだな」
「その通りだ。自分の身を守るためにも強くならなければならない」
「ところで、タケル。あの少年はお前の」
「弟だ。昔死霊に取り込まれてしまった。あれで開放できたのならいいが」
「そうか。それより、ミヌスにはあの術を教えるのか?」
「適正を見てから考えるが、そのつもりだ。死霊から身を守るためには必要だからな」
「よろしく頼む」
そこに着替えたミヌスが戻ってきた。
「しっかりな」
オーストンはそう言ってミヌスの肩に手を置くと、道場から出て行った。
そして、自宅に戻ったオーストンは旅装のウィバルドと向かい合っていた。
「本当にまた旅に出るのか?」
「まだまだ修行が足りないのがよくわかったんだ。今度はもっと腕を上げて帰ってくる」
「お前を止めようとは思わん。だが、今度はきちんと手紙を寄越せ。それと、五年で帰ってくるんだぞ」
「わかってる。それじゃあ、母さんをよろしく」
「当然だ」
オーストンの力強い言葉にウィバルドは背を向け、歩き出した。それを見送るオーストンの横には、いつの間にかアンナも立っていた。
「良かったのか、声をかけなくて」
「昨夜しっかり話をしましたから。それより、これからボルツ将軍がお見えになる予定ですよ」
「そうだったな」
夫妻は屋内に戻っていった。
一方、道場ではタケルとミヌスが立ったまま向かい合っていた。
「一から何かを教えるということはない。両親から手ほどきは受けているようだし、それを生かして独自の形を作り出していくぞ」
「はい」
「まずはその武器に慣れることからだ」
「わかりました、師匠!」
ミヌスの返事にタケルは少し面食らったようだったが、すぐに気を取り直して自分の短剣を抜いた。ミヌスもそれにならい、短剣を抜く。
修行の日々はこうして始まることになった。




