牢破り
「さて、そっちのほうは特に変わったことはありませんか」
ベークトルトがそう言うと、天井から顔を出していた覆面の女がうなずいた。
「特に変化はありません。順調です」
「それなら上出来ですね。そろそろ大きな動きがあるでしょうから、慎重に行動してください。それから彼らにも連絡を」
「了解しました」
覆面の女は顔を引っ込めて姿を消した。
「さて、これから忙しくなりますよ」
それからしばらくして、部屋にはヘンリックが通された。その姿は槍を持っていない以外は、完全武装と言えた。
「ベークトルト様、なにが起こるのでしょうか」
「すぐにわかりますよ。まあ、今日はオーストン様の側にいてください」
「そうですか。わかりました」
「ああ、武器も持っていってかまいませんよ。ごゆっくりどうぞ」
「はい」
ヘンリックは軽く礼をしてから退室していった。それを見送ったベークトルトは満足したような表情を浮かべる。
「さすがに優秀な方は飲み込みが早いですね。あっちのほうも間違いなくやってくれるといいのですが」
それからベークトルトは自分の仕事に没頭しだした。
そしてヘンリックはオーストンのいる牢の前に来ていた。オーストンはその槍まで持った武装に少し驚いた表情を浮かべた。
「その姿はどうした?」
「ベークトルト様がこのようにして、今日はオーストン様の側にいるようにということなので」
「そうか、何か起こるのだろうな」
それだけ言うと、オーストンはベッドの上に座っている老人に顔を向けた。
「ご老体、どうかしましたか」
「いいや」
老人は言葉とは逆に、楽しそうな笑みを浮かべていた。
「まあ、面白いことが起きるなら、それでいいんじゃないかね」
「そうですか。それなら、ゆっくりと待つことにしましょう」
それから時間は経過し、夕方。大きな振動と音が響き、牢獄の壁にひびが入った。
そして次の瞬間にはそれが破られ、青い炎をまとった長剣を持つ女、ケイシアが立っていた。ケイシアはまず、その場の三人を見回すと、にやりと笑う。
「助けに来てやったよ」
オーストンはそれに対して立ち上がり、ケイシアのことを正面から見た。
「何者だ」
「おっと、これは失礼。あたしはケイシアだ、よろしく」
それからケイシアは鉄格子に近寄ると、それに向けて剣を数回振るった。すると、鉄格子はあっさりと崩れてしまう。
「そっちのおっさんも早く来な」
ヘンリックにそう言うと、ケイシアはすぐに穴の方に歩き、振り返る。
「そっちの爺さんも一緒に来るのかい?」
老人はその言葉に笑って手を振った。
「気にしなさんな」
「それならさっさと行くか。暗いから気をつけな」
それだけ言うと、ケイシアは剣を収め、さっさと壁の穴に入っていった。
「行きましょう」
ヘンリックがオーストンの背を押した。オーストンは老人に顔を向ける。
「ご老体、本当によろしいのですか」
「かまうこたあない。あんたは行きなよ」
「わかりました。お達者で」
オーストンはヘンリックと一緒に壁の穴に入っていった。それからしばらくして、もはや牢獄として意味のなくなったそこに、数人の兵士を伴ったベークトルトが姿を現した。
「ふむ」
そうつぶやき、ベークトルトはどこか楽しそうな様子でその場の状況を見回した。
「また派手なことになっていますね」
「ベークトルト様、どういたしますか」
「ここは大丈夫そうですから、他に異常がないか見てきてください」
「はっ!」
兵士達はその場を離れていき、ベークトルトは牢獄に一人残っている老人に近づいた。
「ここに残るんですね」
「居心地がいいんでな」
ベークトルトはその答えにため息をついた。
「少しはやる気を出してくれると助かるんですが」
老人はにやりと笑った。
「お前さんのことだ、何も心配はいらんだろう?」
「物事には予想のつかないことがほとんどだ。あなたが言ったことですよ」
「そうだったかなあ」
「まあいいです。準備はしていますから」
「頑張れ」
笑っている老人に見送られ、ベークトルトはその場から離れた。
一方、脱出した三人は地下水道に到達していた。ケイシアは転がしておいた刀を拾い、オーストンに放り投げた。
「丸腰よりはましだろ」
オーストンはそれを黙って受け取ると、それを腰に差した。それから一行はしばらく無言だったが、ヘンリックが口を開く。
「ケイシア殿は、もしかして今、街で有名なあの有名な傭兵の方ですか?」
「あたしもけっこう有名なんだな。名前は積極的には売ってないんだけど」
そう言ってから、ケイシアは顔をオーストンに向けた。
「まあ、あんたほどじゃないさ、オーストンさん」
「傭兵だと言うなら、雇い主がいるはずだな」
オーストンはケイシアの言葉を無視して、質問をした。
「それならもうすぐ会えるから心配しなさんな。とりあえず、今は街を出るのが先だ。話は後、後」
それからは三人は無言で進み、外に出る頃には完全に夜になっていた。
「やれやれ」
ケイシアは外に出てから体を伸ばすと、後ろの二人に振り向いた。
「さて、しばらく時間があるだろうから、何でも聞いてくれ」
「今まで、この街で何をしていた」
「化物を狩ってた。まあ、タケルみたいに真昼間に派手にはやってないけど」
「タケルか。ヘンリックから話は聞いているが、そこまでやっているのか」
オーストンの言葉にケイシアは楽しそうな笑顔を浮かべた。
「ああ、ありゃすごいぞ。近衛の連中やら化物をぶっ飛ばして、今やこの街の英雄だ」
「そうか」
オーストンはそれだけ言ってうなずいたが、その顔はなにか安心したような様子だった。
「今の事態に関してもっと詳しい情報はないのか?」
「さあ、それはあたしの担当じゃないんでね。お、迎えが来たか」
そこに二本の手槍を背負ったウォーリナが姿を現した。
「準備は出来ているぞ」
「はいよ」
ケイシアはそれだけ言うと、さっさと先に行ってしまった。残ったウォーリナはオーストンとヘンリックに向かって深く頭を下げる。
「オーストン殿にヘンリック殿ですね。私はウォーリナ、ルシーア王子の元で働いています」
その言葉にオーストンとヘンリックは驚いたようだった。
「ルシーア様が?」
「はい。明日には王都に到着する予定です」
「ルシーア様は、陛下を倒すおつもりか」
「その通りです。ルシーア王子はオーストン様達にも是非、協力してもらいたいと考えておられます。国と、民のために」
ウォーリナの言葉に、オーストンはうつむき、しばらく黙っていたが、おもむろに顔を上げるとウォーリナの目を見た。
「ルシーア様にお目通りをお願いしたい」
「王子もそれをお望みです。ではこちらに」
ウォーリナが歩き出し、オーストンとヘンリックはその後に続いた。




