王都帰還
時間はまだ早く、夜と呼べるような時間。幕を張り巡らした、陣と呼べる場所で、オーストンは簡素な椅子に座るルシーアの前で片膝をついていた。
「オーストン、私に従うか?」
「はい」
その返事にルシーアはうなずいた。
「それは何のためだ」
「真実を知り、人々を救うために」
「うむ、それは我が願いでもある。特に真実、何が父を変えたのかをな。だが、その前にお前の刀を取り戻さなければならない」
「しかし、刀は城内に」
「そのことなら心配をするな。今は休むがよい」
「はっ」
オーストンはその場から下がっていった。ルシーアはそれから立ち上がり、軽く手を叩いた。すると、すぐにアイレラが中に入ってきた。
「陛下、お呼びでしょうか」
「オーストンの装備を整えてやれ。刀はとりあえず今のものでよいがな」
「はい。すぐに手配をします」
「それから、ボルツから連絡は」
「特に変わった連絡はありません」
「それならば問題はなさそうだな。明日には王都に到着できるだろう、連絡は密にしておけ」
「はい」
アイレラは下がっていった。ルシーアは再び椅子に座り、腕を組むと空を見上げた。
一方、ボルツが率いる一団も王都の近くで陣を張っていた。そこから少し離れた場所で、ボルツは王都の方向をまっすぐ見ている。
「いよいよか」
「そうですね。もし失敗したら大変なことですよ」
レイスがそう言うと、ボルツは顔をしかめる。
「最初からそんなことを考えるやつがあるか! 今はルシーア王子のために敵を打ち倒せばいいだけだ」
「もう少し自分で考えてもいいと思いますよ。まあ、今回はそれでもいいでしょうけど」
「それならばかまわんだろう」
「まあ、そうですね。それより、もうすぐ出発の時間ですよ」
「うむ、いよいよ王都に戻る日が来たな。すぐに準備にかかれ」
「はい」
レイスは指示を伝えにその場から離れ、ボルツも準備のために陣に戻った。
そしてちょうど日が昇る時間。王都に迫る集団があった。それを確認した見張りから連絡が届き、近衛隊は慌しく動き始める。
だが、その集団は王都にどんどん迫っていく。それでも王都側はなんとか軍団を編成し、そのうちの一つの集団の前に兵を展開した。
イロニスはその状況から二人の兵士を伴って前に出た。
「この王都に何の用だ! 返答次第では賊とみなして排除するぞ!」
それに対してははアイレラとウォーリナを伴ったルシーアが前に出た。イロニスはその姿に気づき、少しうろたえる。
「あなた様は」
「イロニス、私の姿は覚えていたようだな」
「王子、なぜこのようなことを!?」
「聞かずともわかるだろう。今の王都の状況を作り出したお前達ならばな」
「王命に間違いなどありません」
イロニスの言葉にルシーアは静かな笑みを浮かべた。
「お前達はそれでいいのかもしれないな。だが、現実はそうではない。その目で街を見てみろ」
「我が意思は王のもの、我が目は王のもの。それ以外のものなど必要ありません」
「度し難いものだな」
ルシーアはそう言ってからため息をつき、それから顔を上げた。
「まあ、それもよかろう。お前達に従う者は少ないだろうがな」
「数など問題ではありません。我らの王への忠誠がすなわち力です。それに反するものはすなわち逆賊、容赦はしませんよ」
「それならば仕方があるまい」
ルシーアが片手を上げると、アイレラが後ろに下がっていった。それからルシーアは両手を腰の後ろに組み、胸を張った。
「王子ルシーアの名において、王都とその民を救う!」
「おおおおおおおおお!」
その声と同時に、後ろにいる兵士達も雄叫びを上げた。そして、次の瞬間、ウォーリナが手槍を握ると、イロニスに向かってそれを投げた。
手槍は真っ直ぐに飛んだが、イロニスは刀の抜き打ちでそれを叩き落す。
「逆賊だ! 王都には一歩も入れるな!」
イロニスの号令に近衛隊を中心にして、すぐに防御の陣が構築された。その間にウォーリナがルシーアの盾になるようにして後ろに下がっていく。
二つの軍団はどちらも手を出すことはなく、睨み合いが始まった。だが、しばらくしてイロニスは伝令の報告を聞いて顔色を変える。
「逆からもだと!?」
「はい、こちらより人数は少ないようですが、率いているのはあのボルツです」
「おのれ!」
イロニスは唇を噛み、うめいた。だが、すぐに気を取り直すと、ミレイアを呼び寄せた。
「ここは任せる。守りを固め、決して打って出るな」
「はっ!」
ミレイアの返事を聞くと、イロニスは三人ほどの近衛兵を伴ってその場を離れた。
「さて、どうしますか、元将軍」
レイスはボルツの横に立ち、街を眺めながら言った。ボルツは落ち着いた様子で腕を組んでいる。
「様子見だ。ルシーア様の状況も、敵の状況もわからん。それに、死霊憑きがいれば見た目からは判断できん」
「確かに、そうですね」
そうしてしばらく動かずにいると、相対する軍団に動きがあった。
「なにかあったな」
「指揮官でも来たんでしょう。まあ近衛隊長のイロニスか、それともケイス将軍といったところですか」
「だろうな。どちらも侮れん相手だ」
そう言うボルツの視線の先に、イロニスが姿を現した。
「ボルツよ、王の恩を忘れ逆賊ルシーアに組するか!」
「もう逆賊ですか。威勢のいいことですねえ」
レイスがつぶやくとボルツは軽くうなずき、前に出て行った。
「邪悪なものと手を組んだものが何を言うか! いい加減に偽りの人間の姿を捨て、本性を現してみろ!」
「貴様、陛下の恩寵を邪悪だと?」
イロニスの雰囲気が変わり、その後ろにいた兵士三人が足を踏み出す。
「やれ」
イロニスが小さくつぶやくと同時に、その兵士の体が歪み、中から破れると、二本足の蜥蜴のような化物になった。
「ふん、化物が」
ボルツが戦斧を手に取ると、ウィバルドも二本の刀を抜いてその横に出てきた。ボルツはそれを横目で見ると、笑みを浮かべた
「レイス、ここは二人で十分だ」
「わかりました」
「よし、行くぞ」
ボルツとウィバルドは同時に地面を蹴り、飛び出してきた蜥蜴の化物に向かっていった。
そして、それを離れた場所から見る人影、ケイシアは実に楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「さあ、こっから本当に面白くなってくるな。どれだけのものが出てくるか、楽しみじゃないか」
その視線は今の戦いではなく、城に向けられていた。




