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最終回 それぞれのくらしかた

 春が来て、夏が吹いて、秋が流れて、冬が止まる。


 そんなことが繰り返して数年後。


 あたしたちはそれぞれの道を歩んでいた。


 小間使いとしての一年は、字を覚えてからはどんどんやることが増えて、目まぐるしく日々が過ぎていった。


 旦那様と過ごした。旦那様は透き通るような金髪の、まるでおとぎ話から飛び出してきた王子様のように美しいひとだった。


 旦那様はあたしとカイのためにお茶を淹れてくれた。旦那様のお茶は、あたしたちがびっくりするほどおいしくて、さらにたくさん優しい話をしてくれて、この人のところで働けることが本当にうれしいと思った。


 反対に、奥様とはトラブルがあった。奥様は無理やり旦那様のところに送り込まれた、あたしたちと年恰好の変わらない女の子だった。


 自分の人生はいつも誰かのためのもので、何一つ自由にできないと言った。あたしは、全部がそろっている人生のどこが不幸なんだ、スラムでは一日先もわからない、と言って、髪をひっぱりあい、ほほを叩きあい、子どもならではの大喧嘩になった。


 カイとメアリー様はそれを真っ青になってみていたけれど、旦那様はようやく奥様の友達ができてうれしい、と上機嫌だった。実際、あたしと奥様は、なんだかんだケンカ友達にはなったけど、いまではお互いを思いやる親友になった。


 そして、カイ。カイはある日に行われた旦那様の誕生日を祝う祝賀会でほかの家の公爵様に恋をされて、ぜひお嫁さんに迎えたい、と言い出した。カイは戸惑っていた。自分の人生をほかにゆだねるみたいで怖かったと言っていた。あたしは、嫌になったらいつでも帰っておいでよ、あたしが雑巾投げてやるからさ、とケラケラと笑った。旦那様も、もしカイが、自分の娘同然のカイを不幸にさせたら、すべての力を使ってカイを呼び戻すと言ってくれた。


 そしてカイは嫁いでいった。けれど、カイにはお父さんもお母さんもいない。だから、お父さんの代わりはすべてあたしがつとめた。カイはずっとずっと泣いていたけれど、誓いのキスの後に、ようやくあたしやみんなに向かって微笑んでくれた。


 幸い、あたしたちのお屋敷と、カイの公爵様のお屋敷は馬車で三日もあればたどり着ける場所だったから、あたしたちはひんぱんに顔を合わせることができた。カイは公爵夫人だからおいそれと失礼なことはもうできないんだけどね。


 メアリー様は、旦那様の第二夫人として迎えられることになった。第一夫人――奥様は、あたしが『メアリー様には勝てっこないよ』というと、ムキになってあたしを追いかけまわした。メアリー様はもうメイドだったころのようにあたしを叱ることはしなかった。


 そして、あたし。

 あたしにも実はいくつも縁談があったのだけれど、やりたいことがあったからそれはお断りすることにした。


 そんなあたしは、お屋敷にとどまりながら、物語を書いている。


 小説家だ。いつか会った、お兄さんと同じように。


 あたしは旦那様からもらったお給金と、自分が書いた本の印税で、自分のくらしを支えている。ただ、小説を書くだけじゃなくてお屋敷のこともしているし、旦那様にも懇意にしてもらっているから、実質は第三夫人くらいなのかもしれない。


 あたしのペンが、カリグラフィを書く様に、紙の上を滑って物語や、それぞれの人生の歩みをつづっていく。


 そういえば、以前ふたたび、あの小説家さんに会った。


 彼は顔色も心の状態も良くなかった。聞けばまあ、病気を抱えてお医者さんに言われたたくさんの薬を飲みながら、自分をすり減らすようにお話を書いていたらしい。


 あたしは戸惑う中、こう言うことしかできなかった。


「焦らないでください。あなたの体とこころが一番大切です。いまは、休みましょう」


 彼の瞳から大粒の涙があふれ出した。それでも自分は書かなければいけないという彼の背中を、あたしはゆっくりと撫で続けた。


 半日ほど泣き続けただろうか。かれは憑き物が落ちたようにさっぱりとした顔でお屋敷をあとにしていった。




 あたしたちの人生がどこからどこにたどり着いたり、どこにもたどり着かなかったり、流されてしまったり、それは誰にもわからない。


 だけど、これだけは言える。


 以前のあたしとカイのように。


「「幸せだね」」


(小間使いのくらしかた おしまい)

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