第1話 魔法劣等生シルヴィア
歴史長いキルシュ王国には、ある伝承が伝わっている。
それは『伝説の魔女』クリスティーナが自らの命と引き換えに王国の滅亡を救ったというもの。
人々の間で受け継がれたその伝承は、王国民の信仰の一つとなっていた。
そんな伝承から数百年後──。
運命が動き出そうとしていた。
「はあ、はあ…遅刻する…!」
小柄で可愛らしい見た目をした少女は学院に向かって急いでいた。
肩ほどの白銀の髪を揺らし、青い瞳は真っ直ぐ前を見ている。
(どうして目覚まし鳴らなかったの!?)
昨晩、確かに三つの目覚まし時計をかけたはずなのにどれも鳴らなかった。
一つだけならまだしもどれもならないなんてあるのだろうか。
そんなことを考えながら、少女は学院の下駄箱で靴を履き替えて廊下を早歩きする。
そして、扉を一気に開けると、思いっきり頭を下げる。
「遅れてすみませんでした!」
全力で謝った彼女の声が教室に響き渡る。
しかし、反応はない。
(あれ……?)
少女は頭を上げると、視界に教壇に立っている先生の姿が映った。
髪を一つに束ねた妙齢の女性の先生は、ため息を吐きながらメガネをくいっとあげる。
そして、呆れたように少女に言った。
「シルヴィア、また遅刻ですか」
魔法の杖と資料を手に、教壇から降りてシルヴィアに近づく。
「クラスの皆はもう課外授業に向かいましたよ」
「え!? もう!?」
「もうって…あなた何十分遅刻したと思ってるんですか。三十分ですよ!? もう先輩学生に説明を受けて森に向かいましたから、あなたも早く行きなさい」
「は、はいっ!」
シルヴィアはリュックサックを自分の机に置き、課外授業に必要な魔法導具の杖を持って急いで教室を飛び出した。
「廊下は走らない!」という先生の声は彼女には届いていなかった。
(森……まだ間に合うはず……)
課外授業がよく行なわれる森は学院から徒歩10分ほど。
普段から走り慣れているからだろうか、森まで5分もかからず着いた。
「着いた……!」
シルヴィアが到着した時、ちょうど先輩学生が魔物の対処について最終講義をしているところだった。
「シルヴィア、やっと来たか」
「申し訳ございません…」
「では、シルヴィア。先週の復習だ。ウルフへの攻撃で効果的な攻撃は?」
「ひ、火です!」
「当たりだ。では、火魔法を発動させてみろ」
「は、はいっ!」
シルヴィアは先輩学生やクラスメイトに見られながら魔法を発動させようとする。
(火魔法…火魔法…)
そうして頭の中でイメージを膨らませて、魔力を込めて魔法を放つ。
「火魔法発動!」
──しかし、何も起こらない。
「火魔法発動!」
シルヴィアはもう一度唱えてみるが、杖からは何も出ない…と思った矢先、マッチよりも小さな火が出て、その炎は力なくすぐ消えた。
「うわ、さすが魔法劣等生シルヴィア。火魔法すら出せないのかよ」
「ほんとよね~」
先輩学生が頭を抱える中、クラスメイトたちは口々にシルヴィアを嘲笑する。
(また、またできなかった……)
何度練習しても魔法がうまくならない。
シルヴィアは学院で魔法劣等生のレッテルを貼られていたのだ。
(うまくなりたいのに…)
そう思った時、シルヴィアの中で「彼」が思い起こされる。
それは、入学式の日のこと。
クラスメイトたちと共に並んで立っていたシルヴィアの視線の先には壇上の彼。
金色のきらきらした髪に紫の澄んだ瞳。
意志の強そうな凛とした彼は、名をユリウス・ヴァルトといった。
「見て! ユリウス様よ!」
「素敵~! 学院に通いながら『国家筆頭魔術師』を務めていらっしゃるのでしょう? さすがよね~」
(学生で『国家筆頭魔術師』! あの方が……!)
シルヴィアはユリウスから目が離せない。
(どうやったら魔法がうまくなるんだろう……)
そう思ってみていると、ユリウスは壇上で口を開く。
「今日、クリスティーナ魔法学院に入学された皆、心から歓迎する。魔法は人の幸せのために使うもの。その心を忘れないでほしい」
その言葉を聞いた瞬間、シルヴィアは雷が打たれたような衝撃を受けた。
(魔法は人の幸せのために……)
シルヴィアは何度もその言葉を胸の内で繰り返す。
『稀代の魔術師』と呼ばれた彼に感銘を受けた瞬間だった──。
入学式の日を思い出していたシルヴィアの耳に、突然悲鳴が届く。
「きゃー!! 魔物よ!!」
振り返るとそこにはウルフのような下級魔物ではない凄まじく大きな上級魔物の一種がいた。
「な、どうしてこんなところに上級魔物が!?」
先輩学生がなんとか攻撃で立ち向かうも、歯が立たない。
「おいっ! やべーぞ。逃げろ!」
クラスメイトの一人がそう言って逃げ始めると、皆散り散りに逃げていく。
「あ……あ……」
そんな中、シルヴィアは怖さで動けなくなってしまう。
「邪魔よ、あんたが囮になりなさい!」
そう言って動けないシルヴィアをクラスメイトの一人が突き飛ばして魔物の前に追いやった。
「グルルル……」
大型の獣のような魔物がシルヴィアを見て唸っている。
シルヴィアは恐怖から動けず、唇は震えて助けを呼ぶことすらできない。
先輩学生も倒れ、クラスメイトたちは自分を囮に逃げていく。
(魔法……使わなきゃ……)
魔法の杖を使おうとするも何の魔法も発動しない。
その時、クラスメイトの一人が足を取られて転んでしまう。
「あっ!」
シルヴィアはその光景を見た瞬間、ひどい頭痛と共に脳裏に誰かが血だらけになって倒れている姿が思い浮かんだ。
「あ……あ……」
自分の腕の中で命の灯が消えていく。
そんな感覚が蘇ってきてシルヴィアの心を蝕んだ。
確かにそれは自分の経験した「記憶」。
自分のせいで大切な人が死んだ。
でも誰なのかはわからない。
そんな「彼」と今にも襲われそうなクラスメイトの姿が重なる。
その瞬間、シルヴィアの足は魔物に向かっていた。
「火魔法、発動!」
魔法は出ない。
それでもなんとか盾になればとクラスメイトの前に立ちふさがった。
「誰も殺させない!」
その言葉を放った瞬間、シルヴィアを守るように金色の髪の彼が杖をかざした。
「よく耐えた。あとを任せろ」
「どうしてあなたがここに……」
魔法劣等生シルヴィアのピンチを救ったのは、ユリウスだった。
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