シークレットエピソード「想定外」
「やっちまったーあーあー。やっちまったーなー」
陽気な歌を歌いながら、涙を流して酒に酔うおかしな酔っ払いがいた。
「どうしたんだいあんた。ついこないだまでご機嫌だったじゃないかい」
隣の人がその男を心配して話しかける。その男は酒を更に飲んで、泣きながら答えた。
「仕事をミスっちまってよぉ。最悪首じゃすまないんだよなぁ。あーあーあ。やっちまったったー」
陽気な歌でも歌わないと気持ちが辛すぎるのだろう。煩いが黙って男に更に尋ねてみた。
「おいおい。あんたこの前これで世界救えるわー。俺出世できるわーって言ってたじゃないか」
その男は神だった。
神は悩んでいた。手を下してもいないのに人類が滅びそうだからだ。
手段は幾らでもある。だが、どの手段でも被害が膨れ上がり、大災害に繋がる恐れがあった。
何とか被害を最小限に抑えつつ、救う方法は無いか。神は手段を探し、そしてその手段を見つけた。
「それで、どうやって世界を救うつもりだったんだよ」
隣の人は神にそう尋ねた。
「ああー。『リリス』の欠片を持った人を見つけたから転移させたんだよーん」
今度はゲラゲラ笑いながら神はそう言った。よほど酷いヘマをしたのだろう。神の情緒は不安定になりすぎていた。
『リリス』神話に登場するアダムの最初の妻。男女平等を謳い、子供を思いやる男性の理想像に近い女性。
例え、かけらだけでも受け継いでいるなら、その精神と力はある程度受け継がれているだろう。
そんな女性が、男性が滅びかけた世界に行けば、確かに世界は何とかなるだろう。
女性はリリスを見て母の姿を思い出し、男性はリリスに欲情し男としての本能を思い出す。
確かに神の作戦は完璧だった。
「それで、何で失敗したんだい?」
隣の人の言葉に、神は小さく呟いて答えた。
「リリスの欠片を持った人。男だった……」
これには、隣の男も声を失った。
「しかもな、俺黙って転移させたのよ。他の神様の世界からさ。ばれても後で謝ったらいいやと思って」
「うわ……」
神とは言え、明確にルールがある。自分の世界じゃない場所から、自分の世界に連れて来るのは当たり前だが明確なルール違反だ。
「これで世界が健全に戻ったらさ、多少罰則があってもプラスになると思ったのよね」
「ああ。まあそうかもしれんねぇ。それで、どうだったんだ」
「まず、男を狙う算段を付け出した」
神の言葉に、隣の男は何も言えなかった。
「確かに、リリスの欠片受け継いでいたわ。男性趣味でビッチな所が。はは」
自嘲気味に呟く神は、更に言葉を続けた。
「しかもな。その男。元の世界の神にすげー可愛がられてたみたいでな。俺が拉致ったこと。主神にばれた」
「あっちゃー」
木っ端の神同士なら、なあなあで終わらせることが出来る。多少の罰則はあるが、そこまでだ。
だが、主神が関わったなら話は変わる。
基本的に主神連中は優しく、厳しい。
自業自得ではあるが、わが子の様に可愛がっていた子を取られた神が生まれた以上。相当の罰則を覚悟しないといけない。
「それで、お前さんどんな罰になったのよ」
「ははーは。この世界の引継ぎ相手が出来たらその人に代替わりして地上行き。つまり神様の資格剥奪だね。ははーは」
それは、神にとって最も重たい罪だった。
「ま、まあ。まだ引継ぎ相手いないみたいだしさ、今の内に準備して少しでも快適な生活にしようぜ」
「ははーは。アイテム持込、能力持込、全て禁止です。ははーは」
もはや自暴自棄になっていた。
「ちなみに、この時俺の世界につれてきたリリスは何していたと思う?」
「あん?男をとっかえひっかえ……は女の時だから、子育てでもしてたんじゃないのか?」
「BL本普及してた」
神も隣の男も、既に理解が出来ずにいた。
「リリスって、すげーんだな」
隣の男の言葉に、神は頷いた。
「しかもな。何が起きたと思う?」
「あん?今度は何が起きたんだよ」
「BL本普及していたと思ったら、人口が上昇し始めた。つまり、世界の危機脱出した」
「意味わからねえよ」
「俺もわからねーよ!」
神はドンと、グラスをテーブルに叩きながら泣き出した。
「これでこのリリスの子、死後神にあることが確定しました。つまり俺の跡継ぎね。つまり、こいつ拉致った俺の罪加算確定しました」
「……。まあ、どんまい。ここは俺が奢るよ」
隣の男は、神に対してそれしか言えなかった。
百年近くたった後、二柱の神が生まれた。
二柱はセットで男と女に分かれていた。
女の方は大慈の神だった。人の善意を信じる優しい神。ただし腐っていた。
男の方は愛の神だった。人の愛の可能性を信じる神。ただしネコだった。深い意味は無いが。
二人の神は、以外なことに、神として真っ当な仕事しかしなかった。ただし、二人が離れることは無かった。
これで終わります。もし読んで下さったならありがとうございました。