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山田さんは告らせたい!   作者: 香蕉みるく
9/12

十二月 聖夜

オリジナル短編シリーズ


『山田さんは告らせたい!』の第九話です!


毎月1日に短時間でサクッと読めるお話をアップしていきます!


山田さんや山崎くんたちのどこにでもありそうなささやかな青春物語をお楽しみください!

「ジングルベール! ジングルベール! 鈴が鳴るー鈴のリズムに光の輪が舞うージングルベール! ジングルベール! 鈴が鳴るー森に林に響きながらー。…………はぁ」

 いつものバイト終わり、いつもの帰り道。だけどいつも以上に深く漏れる溜息。

 それもそのはずで、いつもと同じ帰り道にも街灯は煌びやかな電飾を灯し、擦れ違う人擦れ違う人みんなが独特の空気感を漂わせながら陽気に駆けて行く。少しお店の前を通りかかれば今日だけでも散々耳に入れた馴染みの音楽と共にサンタクロースの格好をした店員さんと目が合う始末。

「今日クリスマスなのに……な」

 十二月二十五日。言わずと知れたクリスマス。恋人たちのクリスマス。

 恋人なんかじゃないけれど、せめて今日ぐらいは山崎と過ごしてみたかったクリスマス。だけど、学校は冬休みな上にカフェとは別に洋菓子店としての一面を持つバイト先は繁忙期真っ只中。店長も受験生だし休んでもいいよ、と言ってくれたけれどただでさえ人手の足りていない上に私まで休むのはちょっと気が引けた。

「きっとカナが知ったら怒られるんだろうな」

 休み前、カナと一緒に買い物に行った。

 タケル君に渡すクリスマスプレゼント選びに付き合うだけの予定だったけれど、上手いように丸め込まれ帰るときには私まで小さな紙袋を持っていたのがほんの数日前のこと。

 それに、年が明けたら三学期が始まる。高校生活正真正銘のラストスパートだ。授業日数もあまり残されていない。

「よし。頑張れ私。起こすぞ奇跡」

 胸の前で小さく拳を握る。

 そして、握りしめた携帯電話をじっくり数分間見つめると、改めて気合いを込めて画面に触れる――。

「あ――も、もしもし山崎? い、今から……少しだけ、会えないかな?」

『え、えぇっと⁉ 今から⁉』

 すっごく意外そうな声に続いて、

『じゅ、準備するから十分だけ待ってくれないかな!』

 そう言って電話はあっという間に切れた。

 見上げてみれば、とてもとても澄んだ綺麗な夜空が広がっていた――。



「ごめん、お待たせ!」

 十分後、本当に山崎は驚くほど時間ぴったしに現れた。

 よほど急いで支度をしたのか、セーターの上から羽織ったコートはボタンが外れ、適当に巻きつけたマフラーも解けてしまっていて見ていて寒そうなことになっている。

「ほら山崎、ちゃんとボタン閉めないと風邪引いちゃうよ」

「う、うん……。ありがとう」

 息が上がっているらしく、山崎は大人しくされるがままになる。

「それで? こんな時間に用って?」

「うん。あのね、もうすぐ今年も終わっちゃうよね」

「うん?」

「今年が終わったら三学期だね」

「うん」

 私の言葉に少し不思議そうに、だけどしっかりと頷いてくれる。

 私も不思議と言葉に詰まることなく、自然と話せている。

「そしたら……すぐに卒業だよね」

「そうだね」

「私ね、三年間山崎と同じクラスで嬉しかったよ!」

「えっ?」

「一緒にプール掃除をしたのも楽しかった!」

「うん」

「夏祭りで一緒に見たあの花火も、そのあとのお月見も今まで見た中でいっちばん綺麗だった!」

「うん。そうだね」

「ポッキーゲームは結局やってくれなかったけれど」

「ま、まぁそりゃあ……ねぇ」

 思い出しているのか、少し照れ臭そうに答える山崎に私は自分の胸にある素直な気持ちを言葉に乗せる。

「今日も会えて嬉しかったよ!」

「山田さん……」

「前に話したことあったよね。どんな努力をしてでもずっと一緒にいたい人がいるって」

「う、うん」

「私もね、第一志望山崎と同じ大学だったんだ」

「え⁉ で、でも山田さんならもっと上の大学だって狙えるんじゃ――」

「一緒にいたかったんだよ。高校生のたった三年限りの付き合いじゃなくて、もっとずっと先まで続かせたかったんだ」

「山田さん……」

「けどね、今をひたむきに、一生懸命な山崎を見てたらそれは失礼だなって思ったの。頑張って努力してる人にちゃんと顔向けできないって。だからね――」

 そこで私は、一呼吸置いた。

 戸惑い半分真剣半分だけどしっかりと聴いてくれている山崎を真っ直ぐに見つめ直し、改めて宣言する。

「私、山崎と一緒の大学には行かない」

「…………」

 私の話を聴いて山崎はどう思っているんだろう。

 ただ静かに、ひたすら優しく耳を傾けてくれている彼の胸を借りて私も強くなれる。

「私はパティシエになる。小さい頃からの夢だったから」

 それは私の覚悟。

 そして、山崎にただ依存して頼ってしまっている自分との決別。

「うん。俺も山田さんの作ったケーキ食べてみたい。だから、応援してる」

「ありがとう。山崎」

 どこまでも澄んだ真冬の夜空の下、どこからか聞こえてくる懐かしいジングルベル。道路を行き交う人々の流れも、肌に伝う冷たい空気も今は気にならない。

 ただあるのは肩の荷が下りたような安心感と胸の温かみだけだから。

「あ、これ山崎へのクリスマスプレゼント!」

「本当に⁉ ごめん、俺何も用意してきてな……――べっくしょんッ‼」

「ちょ、ちょっと山崎⁉ 鼻水! 鼻水‼」

 きっとこれが私たちの進むべき道なんだ。今はただそう素直に思えた――。

                      

             ( 十二月 終 )


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