4.攻略するしかない
挨拶回りも最後、やっと冬静宮にあるアンドレイ様の執務室まで辿り着くことが出来た。
案内の女官さん、あと少しです有り難う。ハタチくらいに見える、可愛い感じの彼女は、季彷殿で働く以上は、ポッと出の聖女候補よりもずっとエリートなのだ。
恒例となった彼女のノックに、低く、落ち着いた声が返る。
「入ってくれ」
許しを得て室内に入れば、声に見合った外見の男性が私を迎えた。神官というよりも僧と表現したほうが合うかもしれない、短めに刈り込まれた、沈んだ赤色の髪を持つ偉丈夫がアンドレイ様か。前世で知る目に痛いドットの赤とでは、雰囲気が大分違う。年齢は30歳前後、と思う。
「聖女候補ミリアム……まずは四聖宮を訪れてくれたこと、心から感謝しよう。
我々四人の神官は、君たちが己を磨き、自身の聖なる力を引き出せるよう手助けをする。もちろん、我々も身を削って協力することを厭わない。
今はまだ、自身に何が足りないのか理解するだけでいい。長くもあり、短くもある半年間を共に、頑張ろう」
早すぎもせず、遅すぎもせず。完璧なセンテンスと耳心地の良い声音。サー・イエス・サー! ……と言ってしまいそうな、見事な演説だ。
勢いで敬礼をした手を何事もなかったように下ろす。そんな私に突っ込みを入れないほど、敬礼され慣れているのか、アンドレイ様。もしくは、天然だとユージン様とキャラがかぶりますよ。
彼はテンプレートでいえば堅物キャラ、ただ文字の組み合わせだけで構成されるテキストメッセージとは違い、取っつきにくさは感じられなかった。
その一番の理由は声、かもしれない。抑揚の薄い、低音で、響くような声質。ああ、お経とか、ものすごく映える感じだ。
彼は聖女候補に『礼儀作法』を教える担当である。ただ、私も前世から合わせても、由緒正しい根っからの平民なので、聖女の礼法を学ぶのが一番気が重い。いや、最初は座禅から始められるのかもしれないが。
歴代、聖痕は身分を問わず現れたが、聖女になるからには上流階級並の作法が求められる。王侯貴族との面会もあるし、他国の重鎮と顔を合わせたりもする。
聖なる力の行使がメインとはいえ、国の象徴として宮殿に引きこもっている訳にもいかないのだ。
聖女回避を改めて心に誓いつつ、庶民お辞儀を披露しよう。
「はい、よろしくおねがいします」
「角度が浅いな、もう5度くらい下げるといい」
今はまだいいんじゃないんですか、先生。
聖女候補のために設えられた部屋に戻ると、一人がけのソファに座り目を瞑る。
『私、これから頑張らなくっちゃ……!』
そんなモノローグで締めるオープニングとチュートリアルが終わったので、思う存分、とまではいかないが、シンキングタイムのスタートだ。
というか、今となっては自分の事ながら、随分とポジティブで勝ち気である、このゲームの主人公。
突然、聖女候補だの言われて違う環境に連れてこられたら、もっと混乱しても良いのではないか、私みたいに。
そうでなければ、平民ながら元から身の丈に合わぬ野心を持ち合わせていたのだろうか。
ゲームにありがちな無個性主人公だなんて思っていてゴメン、壮大な成り上がりストーリーを読まされていたなんて気付かなかった。
それはさて置き、ここに居るのは豊臣秀吉系ヒロインではなく、私である。
設定もキャラもストーリー進行も今のところ大凡、前世でのプレイ記憶通りだった。夏成宮のギード様には会えなかったが、会えた三人を見るに、彼も概ねゲーム設定に近いキャラではないかと仮定しておこう。
ゲームと同じとすると、私には大まかに三つの未来があった。
ひとつ、聖女ルート。
パラメータをアルメリアより高く、かつ平均的に上げ、神官を四人全員攻略する必要がある。
ふたつ、恋愛ルート。
神官のうち誰か一人を攻略する。必要パラメーターはそこそこだ。
みっつ、聖女の補佐ルート。
私が命を落とすのでバッドエンドでもある。誰も攻略しないか、パラメータが足りない場合もこのエンディングになる。
どれも選ばずに此処から逃げる方法は、現状は思い付かない。聖女候補はこれでも重要人物なので、四聖宮の敷地から出てはいけないと言われている。他国からの誘拐なども懸念されているとか、ゲーム内では知ることのない情報だった。
何よりも聖痕があるので、世界の果てにでも逃げなければ自由にはなれないだろうが。
つまり、聖女になるのは無理で、死にたくもない私が選べるルートなど一つしかない。
何度も言ったが、私はコミュ障である。人見知りやあがり症という系統ではなく、相手の細かい機微を感じ取るのが、どうも苦手なのだ。前世も含めて恋愛経験は、もちろん無い。
でも、死ぬのはいやだ。
生まれた以上、一秒でも長く生きたいと思う。むしろ前世の分まで生きるつもりだった。
今世に生まれて16年「お前は一体何が楽しみで生きてるんだ」と、家族にからかわれたりもしたが、十分人生を楽しんでいた。
家族と過ごすのだって、刺繍をするのだって、貸本屋で立ち読みするのだって。平凡だけど、それがいい。
まあ、こうして聖女候補にはなってしまったが、生きていれば何だって楽しいことがあるだろうし。
聖女補佐ルートだって確実死ぬとは限らないが、ゲーム通りに進行している現在としては、死なないかもと楽観視するには難しい。
なので、攻略するしか、ない。
イケメン神官を攻略する、控えめに言っても出来る気が全くしないが。
というか、こんな不純な動機の私と結婚だなんて、お相手が可哀想だ。
ならばせめて尽くそう、と心に誓う。料理も作るし掃除もする、私に出来ることはしよう。花婿のかぶるベールだって、ひと針ひと針、心を込めて刺繍しよう。
そう、幸せにする為の努力は惜しまない。
いや、まだ出来てもいないし、出来るかどうか怪しすぎる訳だが、決意表明をしっかりしておくのも大事だし。
よし、現状の把握と方針は決まった。
問題点としては、私が恋愛ごとに限りなく不慣れであること。むしろ管轄外だったと言おう。インストールされていなかったんだ、仕方がない。
……どう考えても詰んでるようにしか思えないが、ゲームオーバー表示が出るまで私は諦めない。否、表示が出たとしても、電源を消さず10分待てばルートが開かれるかもしれない。
待っていろ神官(四人のうちの誰か)、出来うる限りの手段を講じて、貴方の心を討ち取ってみせる。
平民成り上がり、改め、平民生き残りシミュレーションゲームを始める。恋愛は生存競争だって、前世の弟も言ってたのだ。
(婚活系ヒロイン(仮))




