3.もう乙女ゲームやだ
私が生まれたこの大陸には四季が存在しない。
聖女によって四つの力がバランス良く注がれることにより、一年を通して温暖な気候なのだけれど、日本の記憶がある身には何だか物足りなくも感じる。
ちなみに、南国や北方で採れるような食材は、まわりにある島々で栽培し、大陸へと運ばれてくるようだ。
そして、その四つの力というのが春夏秋冬に該当するもので、四人の神官が聖女の力を補助している。聖痕のある次世代の聖女候補が生まれたので、現聖女の力は弱まっているということだが、しばらく維持出来るだけの力を彼らは持っているらしい。
一年二年で世界がどうにかなる訳ではないが、次世代の聖女の育成は重要事項である。そりゃあ強引にでも連れてくる必要があるな、と他人事ならば思えただろう。
同じ聖女候補であるアルメリアは、選ばれたことに誇りを持っており、やる気に満ちあふれている、とゲームのキャラ紹介に書かれていたか。
では手を抜いて(能力的に抜く必要もないかもしれないが)、間接的に聖女のお役目を譲ればいいのだろうか。
否、候補が聖女になれなかったとしても、親元に帰ることは出来ない。聖痕が身体にあらわれた以上、少なからず私自身に聖なる力が満ちているようで、負けた方も聖女の補佐役にならなければならない。
いわゆる、ゲームにおけるノーマルエンド……だったら良かったのだが。
平和に終わるのかと思いきや、唐突に魔王の呪いが強まった為に、聖女や神官達の力だけでは大陸を守り切れなくなってしまうのだ。
そして聖女の代わりに、同じ力を持つ私が、500年前のように人身御供になる。聖女アルメリアや、神官達に後を託して涙の別れ。……見事なバッドエンドであった。
しかし、記憶によれば、他のエンディングだと魔王の呪いが全く話題に上がらなかった。聖なる力は愛で強くなるのかもしれない。愛が世界を救うってか。もう乙女ゲーム、やだ。
長い回廊を歩き、次にやってきたのは『夏伸宮』である。
神官四人を集めて一気に挨拶をすればいいのに、と思いもしたが、執務室の場所を教える意味合いもあるのだろう。心の中のボタンをどれだけ連打してもメッセージは早送りにならないのだ。
「……?」
女官さんが扉をノックしてくれたが、少し様子がおかしい。何度か扉を叩いたあと、微妙な顔でこちらを振り向いたではないか。
「あの、申し訳ありませんが……」
「? なんでしょう」
「ただ今、夏伸宮の神官であるギード様は、お部屋にいらっしゃらないようです」
なるほど、留守だったのか。まあそれはともかく、聖女候補が挨拶に向かうことは知っていた筈だけれど。
「何か急用なら仕方ないです」
「……まあ、その。もともとギード様はあまり執務室にいらっしゃらない方、で……」
女官さんの苦笑いで思い出したのは、髪の色が青いドットで彩られていた彼が、女好きで自由奔放だったこと。気さくな人物だが、堅苦しいことが嫌いであったので、ゲームでは相反する季節の神官と喧嘩するシーンもあった。
まあ、いないのならば仕方ない。挨拶に来たけれど留守だったことは、女官さんも証言してくれると言っている。育成のために会わなければいけない時もあるが、急がずとも顔を合わす機会はあるだろう。心の中でボタン連打したおかげか、現実でもチュートリアルのスキップ実装とは、いたみ入る。
「話は聞いています。用が終わったのなら出ていって下さい」
秋智宮の神官は挨拶もそこそこに、私へと言い放った。
少し暗めの室内で、窓から差し込んだ光は、声の主の髪を金色にきらめかせた。ゲームのドットでは目に痛い黄色だったな、とぼんやりと頭を過ぎる。
年齢は私の肉体年齢よりも少し上くらいだろうか。その横顔だけ見ても、目鼻立ちが整っているのが知れる。
彼は手元の本から顔を上げもしない。ああ、でもわかるわかる。本を読むのは楽しいからね、活字から目を離せないのは仕方がないよね。
この本の虫の名は、マチアス様。先ほどのギード様とは逆に、部屋から出ることは殆ど無いだろう。壁の書架にみっちりと詰まった本たちが、きっと彼を引きつけて止まないのだろう。わかるー。
この期間中、彼からは『歴史や算学』などを習うことになる。
聖女に勉強なんて何の役に立つんだ、とテスト前の中学生のような事を考えないでもないが、聖痕を持った少女が皆、一定以上の教育を受けているとは限らないのだ。
仕立屋生まれの私が勉学所に通わせてもらえる筈もなく、自力で貸本屋に通い詰めていたからこそ字も書けるし、世界についての知識がある。前世の学校で習ったことも、まあ、多少は役に立ったが、チートと言うにはささやか過ぎまいか。
アルメリアはゲームの通りであれば、能力は全体的に優等生であったはずだ。スタート時点から少し先をいかれているが、聖女の力は同等だった。なので、今世でもそのような感じだと想定しておく。
ちなみに、ユージン様からは『魔法』、ギード様からは『剣技』などの護身術を教わる。聖女様は色んなことが出来ないといけないので、大変ですね。
どの育成に重きを置くかは各々の方針に任せるらしい。ゲームでは上がるステータスによって、神官達の好感度が変化した。
神官の好感度が上がれば、ステータスアップ量も増える。好ましい人間への教え方と、興味の無い人間への教え方に差が出る、ということで納得しておこう。
いつもの悪癖で、また思考に身を任せてしまった私は、視線が足下を彷徨っていた。
そっと視線を戻せば、マチアス様が本を読むのを止め、私の方を向いていた。出ていけと言われたのに、まだ居座っていた所為だろうか。何か言った方がいいのか、謝った方がいいのか。
私が口を開く前に、少し戸惑ったような声が響いた。
「べ、別にもう来るなとは言わなかったでしょうに。そんな顔をしなくても結構です。用事があるならば、手が空いている時ならば聞きます、から」
うつむいて黙っていたので、どうやら誤解をさせてしまったらしい。別にしょげていた訳じゃないのに、ツンデレなセリフを頂戴した。ああ、彼はゲームでもツンデレ担当だった気がする。
……はっ。心置きなくここを訪れていいなんて、もしかしたら本も借り放題ということでしょうか。
いや、下手したら候補期間中、ずっと部屋で本を読んでしまいそうだから気をつけよう。ふと気がつけばバッドエンドルート一直線だったなんて、ただの間抜けである。
読書欲と生存欲に悩まされつつも、これで神官巡りもあと一つ。
私は心の中のボタンを十六連打した。




