第百十九話 「じゃかあしい」
「ふーんふんふんふん♪ ふふふーん、ふーふーふーん、ふーっふふーん♪」
「あれー? アカちゃん随分とご機嫌じゃん。
良い事でもあったのー?」
「ふーふーふんふんふーん、ふーっふふふーん♪」
「うーん? もしかして無視? もしかして僕の事無視ぃー?」
「ふーふふふーんふん、ふーんふふふーんふふん♪」
「ひどーい。
そうやって暇な僕を無視するんだね?
そうやって遠回しに僕をいじめ―――あいたーっ!?」
真っ白な一室の中で黒髪の男はソファーから転げ落ちると声を上げる。
痛みにゴロゴロ転げ回る彼の姿を幼い少女はジロリと一瞥し、
不機嫌に目を細めながら頬を膨らませた。
「あっくんうるさいのーっ!
ご機嫌じゃないからお歌うたって紛らわしてたのに邪魔しないでー!」
癇癪混じりの甲高い声でそう主張し、ぬいぐるみを抱えて顔を背ける。
不機嫌を露わにした少女の態度に黒髪の男はその金目を真ん丸と開き、
数度瞬きをしてフクロウの様に小首を傾げる。
「あれ、くーちゃんと逢わなかったの?」
「うるさぁーいっ!!」
「ぁいだいっ!?」
バチィ!
と、電気が走る様な音が響くと男は仰け反ってそのまま後ろに転げる。
感電してのた打ち回るかの様に手を抑えながら男はもだえる。
「……邪魔くさ」
その脇を長身の男と包帯を巻いた男達が何事も無い様に素通りし、
ソファーに腰かけてはやかましい方へ視線を向ける。
一同は『またか』と言った呆れを含んだ素振りで溜息を零す。
「黄昏の方。
喧しい、騒がしい、じゃかあしいので静かにして下さい?」
「なぁんだよーキョーまでさぁ。
……ところでじゃかあしいってナニ?」
「さぁ?
昔にあのお方が言っていた言葉です、単語です」
「へぇー」
黒髪の男は何事も無かった様に身を起こしてソファーに座る。
そしておもむろにテーブルの上の菓子皿へ手を伸ばし、適当に口へ放り込む。
「じゃかあしいってぇのは『うるせぇ黙れ』って意味だよ。
今のお前に向けた最適のワードだ」
「そう言う意味なんだふーん。
……ってひどくなーい!? またそうやって僕をいじめるかなー!?
そんな言ってると泣いちゃうよー!?」
「「「「じゃかあしい」」」」
一斉に向けられた言葉に黒髪の男はシュンと大人しくなる。
そして菓子皿を抱え込むと身を縮め、
口を尖らせながらそれをモソモソと口に運ぶ。
その素振りは部屋の隅で拗ねている子供そのものだ。
「で、一件はうまく行ったか?」
この場で1人、白いフードを深々と被る男は静かにそう口にする。
その声は低く、そして見せる素振りは寡黙さを帯びる。
「モチ。
竜が作った穴辿って城の真下に置いてきた。いつでも準備OK」
「そうか。……後はキョーの方か」
「うんうんキョーちゃんのほー。……ばりばりもしゃもしゃ」
「自分の方も既に大丈夫です問題ありません。
後は玻璃の方をあの場から引き離さなければいけないと言う点だけですね?」
「後は記憶の処理もだろ。
閼伽の顔見られてっし。
それに鍵の事も消さねぇと―――」
「そちらは大丈夫です。既に対処済みです終わっています。
お陰で小腹が……」
長身の彼は小さく身を屈めながら腹をさする。
そんな様子を頬一杯菓子を頬張った彼は皿を向ける。
「ふぁふぇるー?」
「いえ、ご遠慮します結構です」
「菓子ってお前……
まぁあれなら暇見てカーディアル国境行って来いよ。
食わねーよりマシだろ?」
「そうですね、そうします……」
長身の彼は丁重にそれを断り、黒髪の彼は口を尖らせる。
そして皿を抱えるとハムスターの様に頬をパンパンにしながら続きを食す。
そんな様子を呆然と眺めながら包帯の彼は気怠そうに首を傾け、話を続ける。
「そう言えば老竜とかはどうしたんだ?
回収してなかったみてーだけど」
「竜はあの方が全て食して下さいました。
ですので色々と用意した自分としては至極です満悦です?
後は心配だった石の方もうまく届いた様で……」
「え!! ほんと!? キョーちゃんそれほんと!?」
先程までご機嫌斜めだった少女は一気に明るい表情を浮かべ、
子ウサギの様に可愛らしくぴょんと跳ねる。
「よかったねー。むしゃむしゃぼりむしゃ」
「おーおー。無事にラブレター行ったんだな。
良かったじゃねぇか?」
「うん! うん!
もう読んでくれたかなー? 気が付いてくれたかなー?」
彼女はソファーの上で飛び跳ね、嬉しさを全身で現わしては笑みを振り撒く。
そんな様子を横目にフードを被った彼は静かに顔を上げる。
「その為にルーンにしたんだろう。なら気付くハズだ。
それよりも問題は……」
「あー、魔王の連中だな。厄介な事に全員残ってやがる。
スペリアス動かしたっつーのに無駄骨だったな」
「役に立たなかったねアイツー。ばりばりもぐもぐ……」
「意識に飲まれ、1人でも欠けてくれれば随分違ったんだが」
寡黙な男は腕を組むとふぅ、と溜息を零す。
計画通りに事が進みながらも面倒事が生まれている現状に頭を痛める様子で。
「言っても仕方ねぇさ。
まぁ全部思い通りだとつまんねー。これくらいは楽しもうぜ?」
「そうそう楽しもー! ばりばりむしゃばり」
「俺はお前ほど楽観主義者じゃないのさ」
「そう言うお前は完璧主義者過ぎ。ゆとりは必要だぜ?」
手を広げながらおおらかにそう口にする包帯の男の言葉に彼は何も答えない。
それは許容し兼ねると言った素振りだ。
そして懐に手を入れて包みを取り出すと長身の彼へ顔を向ける。
「……キョー、これを頼んだ」
一言と共に彼は苛立ちを含んだ調子で乱暴にそれを投げる。
「うわっとっと!?
はいはい、ゲート固定のキーの……何でしたっけ?」
「スマホだよスマホ。好い加減覚えろよお前」
「むしゃむしゃばりばり……そーだそーだ!」
「すみません申し訳ありません。
どうも馴染みが無いので覚えにくいです、忘れやすいです?」
布に包まれた受け取った物を確認しながら彼は頬を掻いて気まずそうに。
そして中から現れたスマホへ視線を向けると目を細める。
手の中のスマホの画面は大きくヒビ割れており、あちこちに血糊がこびり付く。
割れたスマホカバーの中にまで血糊は及んでおり、赤黒いそれは錆の様だった。
「うわー毎度思うけど酷いねそれー? むしゃむしゃばりぼり」
「確かにお受け取りしました畏まりました。
で、時期はいつ頃に?」
「近々魔王封印と無事に節が終わった事で大規模な祭典が催される。
面倒は避けてその後にしよう。空様もその方向でとの事だ」
「了解しました承知しました」
そう返すと彼はスマホを丁寧に包み直すと懐へ仕舞う。
「そうなるとそろそろ大詰めって訳だな?」
「ああ、そうなるな」
言葉に短く返して賛同すると男は瞑目する。
それは長らくこの時を待ち望んだ……と言った表情で。
そして同じく待ち望んだと言った素振りで包帯の男も口角を上げる。
……しかし、内に秘める想いは対比する様で互いの表情は相反していた。
「と言う事は黄昏の方も動く訳ですか……
良かったですね、久し振りにお出かけですね外出ですね?」
「あ、ふぉっか!!」
言葉を前に皿を抱えたまま勢い良く彼は立ち上がる。
そしてその事を口の中の菓子と一緒に噛み締め、汚した口の端を上げる。
それは子供が待ちに待ったイベントを前に笑みを浮かべる様に、
キラキラとした瞳を見せながら遠くを眺める。
「そっか! そっかそっかそっかぁー!
お外だ、久し振りの外だぁー! じゃあアレかな?
祭典があるなら色々お店回らないとだね!
ああでもカーディアルも久し振りに見て回りたいなぁー!
あとは例の三大国家もちゃんと見て回りたいな!
あとはあとはぁークーリランとかー!」
「……おいキョー。このばっか」
「面目ない、すみません」
キャッキャと騒ぎまわる黒髪の男を前に溜息交じりに頭を押さえ、
包帯の男は溜息を吐く。
余計な事を言うなよと言わんばかりでそう向けたが時既に遅しであった。
そして散歩を前に興奮する仔犬の様に彼はドタバタと走り回り、
少女を抱えておおはしゃぎは加速する。
「やったー♪ やったー♪ お外だやったー♪」
「行ったー♪ 行ったー♪ お手紙行ったー♪」
その場をハイテンションな声が響き渡り、3人はおもむろに首を振る。
そして合わせて深く溜息を吐き、
「「「じゃかあしい」」」
仔犬を躾ける主人の様に大きな声で2人を一喝した。




