第3話 丁妓公共商工組合①
馬車は道なりに進み、やがて都へ通じる大路、全周街道へ入った。道が舗装されているため、馬車の速度は一気に上がった。あとは街道沿いの駅で馬を休めながら西へ進むのみである。
途中、いくつかの町や集落を通り三人の少年を乗せた。彼らも丁になるという。この時期、貧しい家は口減らしのために子供を手放す。
少年三人の表情は固かったが、当然のように身の周りのものを入れた包みをかかえていた。
包みには衣類や布団、食べ物、箸や椀などの食器が入っていて、それに気づいた蘭児は自分がいかに貧しい無一物であるかを知って恥ずかしくなった。
両親が娘に与えてやれたのは、父の着物のみで、他は本当に何もなかったのだ。
雷と少年たちは草履を履いているが、蘭児は裸足である。彼女は穿袴の裾を引っ張って汚れた足を隠そうとした。
さらに雷は、荷物を背負って街道沿いにぽつねんと立っていた少女二人も乗せた。荷馬車はそれで満員になった。
娘たちはざんばら髪を縄で縛っただけの蘭児とはだいぶ違う風体だった。髪は結いあげ、厚手の上衣に裳裙(スカート)を履いていた。荷馬車に乗っている間じゅうしくしくと泣いていた。
雷は少年三人とは世間話や前借り金の相談をしたが、娘二人には一言も話しかけなかった。下手に憐れんだところで、どうすることもできないからだろう。
日が暮れて夜になった。
莱師という町へ入ると、祭りでもあるのか、ところかしこに赤の提灯がぶら下がっていた。歓楽街とおぼしき明るく賑やかな通りの入り口に、男が数人立っていた。娘二人はそこで降りた。
雷は男たちから金を受け取るとすぐに出発したが、蘭児は連れていかれる娘たちが華やかな灯りの群れに吸い込まれ、小さな点になるまで見つめた。
あの娘たちも「最初から存在しないもの」になるのだろうか。自分はどうなるのだろうかと思った。
夜は駅舎の馬小屋に泊まった。
その後も、蘭児は雷から饅頭や炒った豆などを施された。
雷は「売りものを途中で死なせるわけにはいかないからな」と言い訳したが、阿蘭村から都までは馬車なら三日程度の距離である。最低でも水だけ飲ませておけばいい。道中の食事はすべて持ち出しなのだから、随分と面倒見のいい荷運び人だった。
翌々日の夜、蘭児たちは都の入り口である大門に到着した。
大黎国の首都であり、正式名は董陽だが、民衆からは大都と呼ばれている。
皇帝とその一族、貴族、士大夫と呼ばれる官僚や軍門が集う巨大都市であった。蘭児はいくら首を伸ばしても頂きが見えない城壁と、馬車が横に三台並んでも余裕で通れる巨大な門扉に圧倒された。
大門は日暮れとともに閉鎖される。壁にそって兵士が立ち、焚かれた篝火で昼間のように明るかった。
ゴーンゴーンと鐘の音が聞こえてくる。
大都の時を告げる警邏鐘である。元は戦争などの有事に警報として鳴らされる鐘だったが、平和な時代においては時計の代わりとなっていた。鐘の回数によって時間がわかるようになっており、午前を上、午後を下で各十二等分し、半刻(一時間)ごとに時を知らせる。朝に六回鐘が鳴れば上六ツ刻(午前六時)、日中に四回鐘が鳴れば下四ツ刻(午後四時)である。
門の周辺は治安がよいため野宿する者が多く、隊商や芸人の一座、それらを相手する屋台や物売りで賑わっていた。
雷は城壁に沿って馬車をとめ、みなで囲むようにして夜を過ごした。
蘭児は移動中も手巾で顔を冷やし続けていた。腫れは少し引いたものの、目の周りや頬骨のあたりに紫や黄、青黒の痣ができている。傷が癒えるまであと数日はかかるだろう。
夜が明けると門扉が開き、馬車は都の中へと入った。
そのまま中央市場に向かう。
朝の大路は人の肩と肩が触れ合うほどに混雑していた。
蘭児は都を行き交う人々に目を丸くした。通りを一区画進むだけでも、村の数倍の人を見た。
大半が蘭児と同じような簡素な上衣と穿袴に帯や縄を締めているが、袖が長くゆったりとし、上衣が足まで届く長袍を着ている者もいた。
重ね着ができ、衣服に多くの布地を使える者ほど富裕である。衣の素材、袖や丈の長さといった身なりが、その者の地位や身分を表していた。
行き交うのは男ばかりだった。
元々、女は男よりも数が少ない。阿蘭村でもそうだった。けれど村を歩けば、女児からばあさんまで女衆を必ず見かけた。都の往来は人の多さに比べて女があまりにも少ない。
蘭児は不思議に思った。
都に暮らす女たちは家から出ないのだろうか。それとも朝だから見かけないだけなのだろうか。耳を澄ませば、挨拶する声、物を競り合う声、笑い声、泣き声、罵声、怒声など様々な音が混ざり、喧噪となって聞こえてくる。女性特有の甲高い声は本当に稀だった。老若の男たちがひしめく雑踏を、馬車は通り抜けた。
馬車は市場の一番北にある丁妓公共商工組合の停車場に停まった。蘭児たちはそこで降ろされた。
雷に連れられて入った組合の案内所は、若い男や少年でごった返していた。各地から売られてきた者であり、運び人、仲介人などがぴったりついている。ここにも女の姿はなかった。
雷が顔見知りらしい男たちに声をかけた。
彼らは懐に何枚もの木札を挟み、細い筆を持っていた。首には紐を通した小さな墨壺を下げている。
墨壺売人と呼ばれる丁妓の交渉人である。丁妓は国のもとで専売、管理されている。組合は法務局商工所に属する下部組織であり、墨壺売人は最下級ではあるがれっきとした官吏である。
売人たちは蘭児たちをじろじろと上から下まで眺め、雷が言うまま手元の札に名前や歳を書きつけていった。紙は正式な書類にしか使われない。売買記録は木の板を細く切った札で作成する。
蘭児以外の少年三人は、すぐに別の人間がやってきて奥へ連れていった。蘭児の番になった。雷が小さな声で耳打ちした。
「お前は黙っていろよ。いいな」
蘭児はこくりと頷いた。
「こいつだけなんで顔がボコボコなんだ」
売人が尋ねた。商品なのだから、見た目を気にするのは当然である。
「親父に殴られた」
雷は簡潔に事実を述べた。
「痣だよな。変な病気じゃないよな」
「違う。今は見てくれが悪いが必ず治る」
「で、何ができるんだ。読み書きや算盤は?」
雷は少し困ったような顔をした。
「いや、特に何ができるというわけじゃないが……すこぶる健康で歯も丈夫だ。なんでも食うが、大飯食らいではないので安上がりだ。東部の生まれで寒さにも強い。走るのも早いから、小間使いには持ってこいだ。何より我慢強いし、よく働く」
く」




