15・二度目の幸福
その日――
「エリー様、例のものは渡せましたか?」
私の朝の支度をしながらメメリィが言う。
すぐには答えられず、言葉の切れ端だけが口をつく。
「あ⋯⋯えぇ⋯⋯と」
「まだなのですね?」
頬が熱くなり俯き頷く。
先日街に行った時、魔王に買ったお土産の事を言っているのだろう。ルシアンの事もあり、なかなかタイミングが掴めず数日ほど過ぎてしまった。
「では、今から渡しましょう」
「いっ、今から!?」
「ええ、朝食前にささっと」
買う時は何とも思わなかったが、いざ渡そうとなると恥ずかしくなる。
(でも、ここで渡さないといつまでたっても渡せなさそうだし⋯⋯)
「わかった!!こう言うのは勢いだよね!!」
準備が終わるとベッドサイドの引き出しから小箱を取り出し、食堂へ向かった。魔王はまだ来ていない。
時間が経つほど緊張してくるので早く来て欲しい。
「エリー、おはよう」
待つこと数分、いつものように妖艶な顔面で待ち人は来た。
「お、おはよう」
魔王が向かいの席に着く。部屋の壁際に待機しているメメリィに視線をおくると、こくりと力強く頷かれた。
早足になる鼓動に、小さく息を吐く。
「あの、デモくん」
「どうした?」
「あの。こ、これ⋯⋯」
真っ赤なリボンでラッピングしてある小箱を差し出した。
「これは⋯⋯?」
「プレゼント。この間メメリィと街に行った時に買ったんだ」
「⋯⋯⋯⋯」
「デモくんのお金だから、プレゼントっても言えないと思うんだけどね!!」
「⋯⋯⋯⋯」
「良かったら受け取ってください!!」
「⋯⋯⋯⋯」
沈黙。――差し出した二の腕がぷるぷると震えてくる。
「ちょっと腕が限界です!!」
「⋯⋯!!あぁ、すまない」
魔王が小箱を取り、やっと腕が解放された。
「デモくん?どうしたの?」
「いや、その、嬉しくて言葉が⋯⋯ありがとう⋯⋯」
こんな反応をする魔王は初めてだ。
箱を見つめながら僅かに頬を染める魔王を見て、こちらも頬が熱くなる。
「あ、空けてもいいか?」
「⋯⋯どうぞ」
大きな手で、小さい箱のリボンをゆっくり丁寧に解いていく。その対比と仕草がやけに可愛らしい。
――パカ、と軽い音とともに中身があらわになる。
「こ、これは⋯⋯」
「ふふん!!それは希少な赤い魔石を埋め込んだ、剣に絡まるドラゴンのブローチ!!」
魔王なら絶対気に入る!!
なぜなら厨二病っぽいから!!
と、私史上最高のどや顔を決める。
部屋の空気が重くなる。壁際に立つ侍女はみんな目を逸らしていた。
「⋯⋯あ、あれ?だめだった?」
ガタン、と魔王が席を立つ。その音にびくりと肩が揺れてしまう。
魔王は俯いていて表情が見えない。そのままつかつかと私の元へ歩いてきて――ガッ!!と肩をつかまれる。
するとメメリィが声を上げた。
「魔王様!!エリー様に悪気は――」
「なんっっって素晴らしいブローチなんだ!!」
顔を上げた魔王の瞳は満点の星空の如くキラキラと輝いていた。
「このデザイン!!まるで邪悪なる地獄の龍が守る黒炎の剣!!そして見事な紅色の魔石⋯⋯!!これは我の瞳の色か!!これを付けていれば我は恐れるものなど何も無くなりそうだ!!」
「すんごい刺さってるね」
本当に喜んでいるのだろうか?と僅かに不安に思ったが、彼の瞳の輝きと興奮している声で嘘では無いとわかる。
「喜んで貰えて良かったよ」
「ありがとうエリー!!こんなに嬉しかったことなどない!!ああ、いや⋯⋯違ったな二度目か」
「二度目?」
首を傾げていると、魔王はふっと目を細める。
そして跪き、私の手の甲に口付ける。流れるような仕草に何が起きたか一瞬わからなかった。
一拍置いて、顔に火がつく。
「⋯⋯ひっ!!」
「一度目はエリーが目を覚ました時だな」
黒薔薇の笑みで見上げられて、眩しさに目が潰れそうになる。魔王なのに神々しいとは顔面凶器すぎる。
「目を覚ましたって、私が?」
「そう、君が」
「それは――⋯ありがと」
言い切らないうちにぎゅうっと抱き締められる。
喜んで貰えて良かったと思うと同時に、やっぱり厨二病なんだと心の中で呟くのだった。




