夏の自由研究② 学問の自由とクローン人間
クローン人間についてです。エヴァ見てたらなんか考え始めてましたね。
s 日本って学問の自由が保障されていますよね。でも人間同士のクローンを作ると捕まるという部分もあるのは少し不思議ですね。
k 「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」というもので厳しく制限されているね(クローン胚を人間や動物の体内に移植した場合十年以下の拘禁刑又は一千万円以下の罰金)。これは人間の尊厳を守るためという極めて重要な意義を持つ為だ。
s 人間の尊厳?
k クローンと言っても、人間のクローンであれば人間というものから外れた「何か」となる。それは果たして人間と呼べるのか。同じ自分という存在が二人として存在するのは倫理的にどうなのかという話だ(双子や三つ子だって人生の経験は違うのだから別人)。子孫が残るという際にだってクローン人間の遺伝子情報にエラーが起きていてそれが後世にわたって影響し最悪の場合人類が絶滅するということもある。
それに加え、その法律ではいろいろな規制がある。
「何人も、人クローン胚、ヒト動物交雑胚、ヒト性融合胚又はヒト性集合胚を人又は動物の胎内に移植してはならない。」
例えばキメラみたいなやつを作ったら一発で刑務所行き。いや、生き物の胎内に移植しただけでアウトだ。これはまあ、禁止されるのは分かるよね。
s キメラは確かに異世界系の漫画でも禁忌レベルの犯罪扱いされますよね。
k 生命に対する冒涜なんだよ。別に自然界の定めた運命としての偶然ならいいけど他者が他の命に干渉して好き勝手するのはもはや神の領域である。生まれた人との交雑種が生まれた際もどういう人生をおくらせたいのか。人の身勝手がすぎる行為は規制されて然るべきことだ。
s 日本国憲法が学問の自由を許しても難しいのですか。
k 「公共の福祉」に反すると言えるよね。倫理という概念はそこに入るはずだ。でも、日本はこれでも優しい方だ。
s 海外では?
k ゲノム編集した受精卵を胎内に移植することは、ヨーロッパの大半では研究自体が違法だ。キリスト教の影響が大きいのもあるかな。神という存在が人間を作ったのだから人間が人間を創造することは禁忌、といった感じになるよね。
s 宗教の関係でも文化として規制が厳しくなったりするのですね。
k 日本では大学の自治が認められているから大学内の研究所で研究することを国家が介入することは本来許されないが「倫理」の壁を超えるなら話は別だ。研究について届け出をする必要があり、立入検査されることもある(犯罪捜査としての意味合いは無いと解する必要がある)。
*ーーーーーーーーーー*
k 現代の技術においてゲノム編集された子どもはエイズなどの感染がなくなると言われている。
s それだけ聞くとゲノム編集して感染症の穴のない人間を作るというのも倫理的に許されそうな気がしますね。
k これが駄目なんだな。持論なんだがもしこれが許された場合、人間はどこまで遺伝子情報を変えようと思うと考える?
s そうなると、性格も顔も体も完璧な人だけになりそうですね(デザイナーベビーと言ったりする)。
k 人間の欲望って果てしないからね。生物って種における高度な多様性によって成り立っていく。それが全て同一存在となると一つの異常が起きた場合全体に影響し種の絶滅を誘う可能性がある。
s 分かりやすく(圧)
k はい……、簡単に言うと一つの個体が居るとして感染症の穴がないと考えて作られたとしよう。しかし、感染症は進化し続ける。
その過程で遺伝子情報の編集でも消せなかった穴に侵入し感染し弱体化する。デザイナーベビーが結果として同じ存在になるのであれば(完璧超人は想像に容易いため)全員同じ遺伝子情報となる。そうなると全員同じ遺伝子の欠陥に影響され全ての個体が弱体化する。
デザイナーベビーは完璧に見えて増加し続ければ結果的に種の存続の危機となっていく。
s 分かりづらいですが確かに、完璧(ウイルス感染しないという意味で)という存在はゲノム編集の結果で同じになってしまう……と。
k 人間としての尊厳が危ぶまれることもある。別に一人ぐらい同じ人間がいてもいいと思うかも知れないが、それを繰り返すうちに全員が同じ性格で同じ存在になる。
生物の多様性こそが生命の神秘であり奇跡であるということを思えばそれを勝手に改変するような行為は許されざることとなる。地球に存在する生命は多様性とその生き様(進化の歴史)が奇跡と言える。何度も言うがそれを変えるのはやはり「人類の倫理」では許されざることなのだ。
学問の自由が日本で保障されているのは戦時中に国体に反する行為を犯罪としたからだ。天皇機関説など多くの学説が否定された。
しかし、戦後は優生学という禁忌に近い学説により多くの人権を侵害された。
学問の自由、それは研究の自由である。それは決して否定されてはならない。
それを実行に起こせば犯罪となる。
その本質は刑法の定める犯罪と特段違ったものではない。
「学問の自由」の歩むべき道を踏み間違ってはならない。
人類がそれを超越できる究極的なものを手に入れた以上、法も追いつかねば。
人は自らを滅ぼす究極的な学問を研究できる。それは「毒」であり「薬」だ。




