いざ天界へ
「母さん…」
目覚めると昼も過ぎていた。母の声はしない。どうしたのか心配していると凛の声がする。
「咲のお母さん、見てられなかったね…泣き崩れて倒れて、救急車で運ばれたけど病院で少し休めると良いね。」
「そうだね。」
そっか、母さん病院に運ばれたんだ…。会いたいと思う気持ちと、凛の言うように私も叫び続ける母を見続けられないと言う気持ちが拮抗する。どう願っても、どう頑張っても、私はここから病院へはいけない。私が出来るのはここから母さんの健康と長生きを願う事だけ。こんな事になった親不孝者の許されることはそこまでだ。いつでも会えると思っていたけれどこんな風に突然当たり前のことが出来なくなって、そんな日が来るんだと実感した時には遅いのだ。
捜査といっても何が残っている訳では無くて、ただ私が消えただけなので証拠もない。誰かが負傷した訳でもないのですぐに捜査は終わるだろう。そして家族と友人以外にとっては、きっと沢山ある失踪事件の一つとして記憶されるのだろう。会社で人が辞めても日々の業務が回っていく様に私が居なくなっても世の中は何もなかったように続いていく。なんと言えない虚しさと当たり前だと思う気持ちと複雑に入り混じる。全部信じたくなくて、今ならまだなんとかなるかも知れないと思って、でも何処かでもうお仕舞いなのだと分かってて、発狂しそうになった。やはり残らなければ良かったのだ。グネルがお勧めしないと言った理由が分かった。
一通りの見聞が終わってみんな帰って静かになった店内で、1人ぼっちで時間が過ぎていくのを待った。時間が経つのを待つととても長くて永遠に時間が続くような気がした。しばらくするとカーテンの隙間から夕日が差し込んできた。夕方か、その光を見ているうちに昨日輝いていたコンフィチュールをふと思い出した。そうしたら無性に自分のした事が悔やまれてきて涙が溢れた。昨日から抑えていた気持ちが溢れてきて止められない。なんでなんで、なんで、なんでなの、私…涙が止まらない。泣いて泣いて泣いて、嗚咽しか出なくなって、声が出なくなって、力が入らなくなって…横に倒れこみ天井を見上げた。
しばらく何も考えられなくなって空っぽのまま動けなくなった。どれくらい時間が経ったのか分からないけれど少しずつ無の状態から意識が戻ってくると唯一この場で動いている自分の呼吸に意識が流れていく。あれ、どうやって息していたっけ?そう思った瞬間急に息苦しくなって、意識をすればするほど呼吸の仕方が分からなくなりどんどん息が速く荒くなる。はあ、はあ、はあ、はあ、誰か、誰か!息が息が出来ない。どんどん苦しくなって、頭が回らなくなって意識が遠のいていく。このまま死んでしまうのだろうか。
「あの、大丈夫ですか。」
グネルに話しかけられた。
「今何時ですか。もう夜なんですか。」
「すでに外は真っ暗です。いかがでしたか。」
「なんと答えたら良いものか、言葉がないです。」
苦しんでいる間に時間が経って全てが終わっていた。脱力したこの気持ちをどう説明しよう。考えていると
「では参りましょう。」
詳しいことは何も聞かずにグネルは出発を促す。
「聞かないんですね。」
「聞いて欲しいですか。」
「…いえ。」
グネルに乗ってきたと思われるお好み焼きみたいな乗り物に乗るように促される。下の方が茶色くて上の方が緑っぽい色をしている板状の真ん中に棒状の何かが付いているのが見える。
「この棒に捕まって下さい。結構速度が出て風が強いので。」
「ん?どういうことですか。捕まれば大丈夫ですか。」
と聞くと同時にすご勢いで上昇を始めた。うわあああっっっっっっっっっっっ
換気扇の隙間から飛び出すとそのまま登り続ける。高所恐怖症で怖くて下が見られない。目を瞑って棒にしがみついて悲鳴を上げ続ける。
「あの、もう少し静かにお願いできませんか。」
うるさいのは分かるけど、怖いもんは怖いんだよ!大声出したって飛ばされない訳ではないではないけど、どうにかして自分を誤魔化さないと居られないんだよ!さらに雨が降ってきて全身びしょびしょになり、棒を持っている手に力が入らなくなる。ドカンッ何かにぶつかる音と振動が響く。片手が滑って棒から手が離れそうになる。
「落ちる、落ちるーーー!!うわあああああああっっ死ぬぅ!!!もうだめー!!」
「あの、すみません」
「静かになんて出来ませんっっ!落ちる、落ちる、誰かぁ!」
「お忙しいところ申し訳ありませんが着きましたよ。」