再びのシャドー退治
「分かった。今日だけね。今日だけは手の届く範囲にいるよ。」
それを聞いたアンセは安心したのか私の頭を撫でる。その様子を何気なくその場のみんなが視線の端に入れている事に気付いてとっても恥ずかしくなる。アンセも充分酔っ払いだ。
しばらく歓談が続いた後、なんで参加させられたのか最後まで分からなかった会がお開きになって、ほっとする。店の外でアンセを待っていると、最初に声をかけてくれたリーダーが近付いて来る。
「今日は来てくれてありがとうございました。最初はアンセが貴女を連れて来てびっくりしましたが、来てくれて良かったです。私達がアンセをよく知らないで誤解していたことが分かりました。」
「誤解って、どんな誤解ですか。」
「まあ、ほら…ご存知だと思いますが彼も色々あったので。」
色々…木々を燃やしたことを言っているのだと思った。私の様子を伺ってからリーダーは話を続ける。
「…それを知っているのもだいぶ限られてきてはいますが、まだまだ偏見は正直あります。本人もそれを知っていて受け入れているようで、出来るだけ自分に近づかないように人を避けているところがありましてね。古参の中にはもう何十年も前なのにまだ気にしている人もいますし、新人はアンセは腕が良いから話を聞きたいのに強面の先輩だから話しかけられなくて、仲間の中でアンセは浮いていたんです。どうしたら良いかなと思っていたのですが、今日のアンセはとても柔らかい雰囲気で驚きました。しかも苦手な古参の1人とずっと話していたので本当に…私にはようやくみんなに打ち解けているように見えました。だからありがとうございました。アンセだけでなく私の仲間にとっても良い時間になりました。初対面の者ばかりで居心地が良くなかったと思いますがよかったらまた参加してくれたら嬉しいです。」
そう言って手を差し出してきたので握手をする。そんなたいそうな事はしていないし、むしろ恥ずかしさしか残らない会だったので、感謝された事に驚きだった。
「また、来ますね。」
慣れない社交辞令を笑顔で返す。想定外に褒められるとどうしたらいいのか分からない。早く立ち去りたいが理由がない。早くアンセ来て!
「帰るぞ。」
心の中でアンセを呼ぶと突然後ろから来たアンセが私を引っ張って行く。私は振り返りながらリーダーに会釈すると相手も返してくれる。おかしな別れ方にはなったけど私にはちょうど良かった。
「何話していたんだ?」
「お礼を言われたの。来てくれるありがとうって。それだけ。」
はあ、とアンセはため息を吐くと繋いでいる手に力を入れる。手の届く範囲でも難しいとはな、とぼやく。
「アンセはさ、人のこと気遣い過ぎなんだよ。もっと自分を大切にしなよ。自分が自分を一番大切にしなさいって小学校の道徳で習ったでしょ。」
「そんな昔のことは忘れた。でも、今咲に言われたから忘れない。」
そうしてね、でないと私も安心して寄りかからないからね、と付け加えるとアンセは苦笑する。頑張って頼れるようになるよ、とまた私の頭をよしよしする。髪がぐちゃぐちゃにになるからやめて欲しい。次からは一回いくらお金をとろうかな、なんて軽口を考えていたらアンセが真面目に私を見て話す。
「今日はありがとうな。少し何と言うか気が楽になった。俺…付き合ってくれて…ありがとう。」
随分と真面目な返しにドギマギする。「付き合って」って飲み会にって事だよね?言葉選びは慎重にして欲しい…
なんだかとっても長く感じられた飲み会の翌日、貴重な一人で行く楽しいフィールド仕事に行く。あぁ、これも後一回で終わりか。楽しいことはあっという間に終わってしまう。
休日の午後はシャドー退治と言う大役があるので朝からクノーを食べて戦に備える。アンセもシャドー退治には同行するのかな、ま、どっちでもいっか。追跡石を家に置いておけば1人でも問題無いはずだ。目下の標的は本物のシャドーでモドキではない。シャドーだけなら大分経験を積んだので自分の限界も分かる。私も寝ているばかりではなく成長しているのだ。
昼を家で済ましてから出ようとするとドアをノックする音がしてドアの横のガラスから透けてそれがアンセだと分かる。
「どうしたの?」
「どうしたのじゃない、何時に南に行くのかちゃんと連絡しろ。この前も午後だったからそれくらいかなと思って来たところだ。その格好を見るに今出るところか。間に合って良かった。」
知りたいならそっちから電話すれば良いのに、とポロリと心の声が漏れるとこめかみを両手でぐりぐりされる。痛い!
「痛い、痛いよ。一緒に来てもいいからやめてー!」
「一緒に来てください、お願いします、だろうが!」
「痛い、痛いよ。一緒にぎでくだざい!早くやめてー!痛い!」
アンセは嬉しそうに手を離すと行くか、と嬉しそうに笑う。
南の町に着くと再びどのように接触するのかの話になる。また手相占いすればと言うけれど乗り気になれない。
「じゃあ今日は当たり屋で行けば、夏だしちょっと肌に触れるくらい出来るんじゃないか。シャドーの人だけに絞れば時間も節約出来そうだしな。」
確かに季節的にはいけるかもしれない。自然に出来なければ別の方法にしたら良い、と言う言葉が後押しになってちょっと感じ悪いが「当たり屋」作戦に出る。
人混みの中に、もやっとシャドーの人がいると近づいてそっと腕に触れる。数人やってみたけどそこそこ混んでいるのでさりげなく肌に接触出来る。夏はこれでいこうと決める。でも十数人触ったところで疲れて休憩を入れる。今日は、前回の反省を活かしてクノージャムを持参している。
「この前は笑って悪かった。」
ジャムを頬張っていると突然アンセが謝ってくる。
「どうしたの急に?」
「隣で一緒に咲の感じるビリビリを体験して結構辛いよなって思ってさ。咲は当たる前に体を強張らせて刺激に備えてからぶつかっているだろう。俺、力はあったと思うけど一度もシャドー退治した事ないんだ。だから痛みが分かっていなかった。」
シャドーに当たる前に無意識に自己防衛していたようだ。確かに気を抜いてシャドーに触ると刺激はもっと強くなる。
「今日は追跡石を家に置いて来てるから、博士のシャドーもどきは配られないよね?」
自分に言い聞かせたいのとアンセの同意を得たくて口にする。
「…そう…だと良いな。」
突き放すような言い方に不安を覚える。え、大丈夫って言ってよ。またあの特大クラスが来たら正直今日は難しい。私の顔が暗くなったのを見てアンセが心配そうに覗き込む。
「大丈夫。危なくなったら何が何でも引き剥がすから。」
そう言う事じゃない。崩れそうな人が居たら可能な限り救いたくなる。でも今はそれが出来そうにないから出会いたくない。言ったらアンセに帰されるに決まっている。
「救いたいのは分かるけど咲が倒れたらこれから先、沢山のシャドーも浄化出来ないんだ。一人に惑わされるな、よく考えろ。」
あれ、私の不安も汲み取ってくれているのか、それとも最適解を諭してくれているだけなのか。アンセの言うことは頭では分かっていても、体は反射的に人を救ってしまうだろうと思う。
「仲良く腕を組んでデートですか。」
背中がぞわぞわっとする。声の主はグネルだ。
アンセはすぐに私を自分の背中に押し隠す。
「何か。」
アンセが警戒しながら言葉少なに対応する。
「何でもありません。元気でしたか、咲さん。」
アンセの後ろから顔を出して無言で頷く。出来るだけ情報は与えないようにしたい。
「怯えなくても何もしませんよ。私達と一緒に来ないか誘いに来ただけですから。」
アンセの後ろで私は目を瞑って首を振る。絶対嫌だ。アンセの服をぎゅっと握る。
「そうですか。残念ですね。では後ほどショーを楽しんでください。」
ショーってなんだ?絶対楽しいやつではない。それだけは確かだ。でも、何をするんだろう。こんな人混みでシャドーもどきを配るのか?




