今出来ること
「どうした?時計草?時間が知りたいのか。」
「違うの、ウチの子達大丈夫かなと思って。」
ちゃんと答えたつもりだったが声が小さくて聞こえなかった様だ。アンセは耳を私の口元まで近づけてもう一度話してと小声で言う。
「私の時計草とブリースが枯れてないか心配。」
「ああ、それなら心配ない。オレが毎日水やってるから。ブリースはもらった時より少し元気なさそうだけど、まあまあ大丈夫だと思う。」
ごめん、シアは私のせいで一度全部葉を枯らせているからね。でもみんな元気なら良かった。声が出ないからみんなの声も聞きにくいのかもしれない。少し眠ろう。ちょっと疲れてしまった。あーお腹すいたなぁ。
次に目が覚めると少し気分が良くなっていた。相変わらず空腹で食べてないはずなのに体は元気そうだ。起きようとしてお腹にうまく力が入らなくて体を捻って手を使って何とか体を起こしてベッドに座る。そのままいつも通り歩こうとしてへにゃりとベッドの横に座ってしまった。どうしようかな、うーん。何だか笑えてきた。いよいよ何も出来なくなってしまった。笑うしかない。
部屋に入ってきた看護師さんが私を見て一瞬表情を強張らせたあと、すっと感情を抑えて優しく声をかけてくれる。
「大丈夫ですよ。少し身体に力が入りにくくなっているだけですから。一旦ベッドに戻りましょうね。」
抱き抱えられてベッドに座る。笑っていたのに今度は涙が止まらない。歩くことすらままならないなんて、私は何が出来るんだろうか。看護師さんが泣き出した私を見ておろおろし始めた所でアンセが来た。
私を見るなり駆け寄って来て目線が合う様にしゃがみ込む。
「私、何にも、何にも出来ない。何にも知らなくて、助けてもらってばかりで、ようやくお店出して誰かのために出来ることを見つけたのに。自分の事すら出来なくなっちゃったよ。」
あとはもう嗚咽で言葉にならない。自分の状況を口にしたら事実をより実感して落胆する。
アンセは私を見て、大きな手で私の手首から手先までを包み込んで話し始めた。
「オレの目を見ろ。オレはお前があんな事があっても元気に居てくれるだけで感謝しているよ。それに歩けないのは単に筋力が落ちているだけだ。10日以上寝たきりだっただろう。みんなそうなる。リハビリすればすぐにまた普通に歩けるようになる。そしたらお店も再開出来る。今のうちから店の宣伝しといてやるから、復帰したら忙しいの覚悟しておけ。」
うん、うん、と嗚咽をしながら頷いてアンセの話を聞く。私そんなにここで寝たきりだったなんて知らなかった。それなら確かに今まで通りに動けなくても仕方ないよね。そして頑張れば元に戻れるよね。少し気を持ち直す。
「そうと分かればまずは飯だ。」
「ポルクソースのパスタ食べたい!」
勢いよく答える。起きてから一番声が張っていたと思うし、気持ちも乗っていたのに即否定される。
「ダメだ。お前の体はここしばらくずっと固形物を食べてないんだ。今そんなもん食べたら体が受け付けないからまずは流動食からだよ。」
ええええええ!何で、ダメなの?食べたい物食べさせてよ…体力が、そして何より気持ちが弱っているのでまたすぐに悲しい気持ちになって涙が出る。
「食べたい気持ちは分かるけどな。食べて嘔吐してまた凹むのはお前だぞ。」
凹んでいる自分の想像がついて悲しくて悔しくて、声を上げて泣く。知らなかった、私って弱るとこんなに泣き虫だったんだ。
しばらく泣いている間アンセは私の手をずっと握ってくれていた。そして泣き疲れてまた眠ってしまった。リハビリ開始の日がまた一日延びてしまった。