レストラン 後編
「す,すみませんでした、そんな目上の方とはつゆ知らずご無礼を。」
アンセはそれを聞いてくくくくくっと必死に笑いを堪えている。ツボったのかずっと笑っていてなかなか返事をしてくれない。
「何その返し、何時代の言葉だよ。笑いすぎて本当に腹痛い。この店じゃなければ大声で笑えたのに。はぁー面白い。」
どう言うこと?
「お前も80かそこらじゃないの?」
「えええええええええ!なんで!!!しつれいな!」
「うるさいよ、場所を弁えろ!」
「ごめんなさい、だってだってわたしは35才ですよ。」
「じゃあここでは105才くらいか。」
ええええええ!どう言うことだ?
「ここでの寿命は大体300才だ。だから地上から来たお前はその時の歳の約3倍の歳ってことになる。」
なるほど、100才は大体33才くらいってことか。まぁ納得。あれ?アンセ年下?
「あーびっくりした。ちゃんと説明してよ。無駄に驚いてしまったじゃない。」
「オレのせいなのかよ、全く。」
「で、100才はの誕生日はいつなの?」
「…今日。」
「そうなの?すごいおめでたいじゃない!おめでとう!!!」
「恥ずかしいからやめろよ。」
なるほどそれで相手がいなくてもレストラン予約していたのか。メッセージプレートとか用意出来ないかな、あとでスタッフに聞いてみよう。
そんな話をしていたら飲み物が運ばれて来る。ボルドーの白ワインの様ななで肩のワイン瓶に入った琥珀色の液体がグラスに注がれる。
乾杯、誕生日おめでとう、と言うと顔を少し赤らめてありがとう、とアンセが答える。
スッキリしているけど香り高い味で幸せな気持ちになる。なんと言う飲み物なのだろう。
「これはブリースの実を発酵させたお酒で特別な日に飲むものなんだ。」
すごくおいしいけれどすごく高いのだろうと察した。こんな特別な日に居るのが私で本当に良いのだろうか。また掘り返したら本当に帰されそうなので口をつぐんでおく。
次に前菜が出される。エッジのグロウルソースサラダと紹介された料理は、プチトマトの様な赤い実のソースが緑の三角形の野菜にかかっていてその周りは色鮮やかな野菜で彩られている。
生の野菜を見てふと彼らのささやく小さな声が聞こえてきた気がして手が止まる。食べられないよ。
「どうした?生野菜嫌いなのか。」
地上では嫌いではなかったけど、今は食べられない。
「ごめんなさい、生野菜は苦手なの。」
「気にするな、おれがもらうから。」
生野菜苦手って変に思われなかっただろうか。
次はクルムのスープだ。白いポタージュはカブの様に優しい味だった。
スープを終えてトイレに行くと席を外させてもらう。アンセが見えない角度に来たらスタッフにプレートをお願いしてみる。さすが人気店、快く快諾してくれた。先に戻るとメインがちょうど出されたところだった。
メインは、セアブレアと言う白身魚のポアレだった。ついにお魚に出会えたよ!嬉しい!
「お客様は、幸運でございます。ここ数年魚は手に入らなかったのですが今日久しぶりに入ってきたのです。お楽しみくださいませ。」
「数年ぶりだって!ラッキーだったね!」
「そうだな、久しぶりの魚だな。」
しっとりと焼き上がったセアブレアは脂がのったジューシーな魚だった。うーん、やっぱり魚は美味しい!!2人とも無言で食べる。美味しいものは人を静かにさせるのは万国共通の様だ。
そしてついにデザートタイムだ。楽しみにしていると看板と同じ様なロートアイアンがあしらわれたお皿に誕生日おめでとうと描いてある大きめのデザートプレートが運ばれて来た。スイーツが3つずつ2人分が乗っている。
「おめでとうございます。」スタッフがアンセに声をかける。
「ああ、ありがとうございます。」と驚いてるアンセが応える。サプライズ成功!
「おめでとう!驚いた?」
「ああ。」
反応が悪い。サプライズ嫌いだったかな。デザートを取り分けて黙々と食べる。やってしまったらしい。楽しい雰囲気が一気に冷めてぎごちない時間が流れる。
最後にお茶を頂いてゆっくりする事もなくさっさとお店を出るようにする。お店の人が帰りに門までお見送りをしてくれる。するとお店の人からもサプライズがあってブリースの小さな苗を頂いた。さっきのお酒の木だ。
「この木は育てている人を幸福にすると言われています。お二人の幸せを祈っています。」
私は嬉しいけど、サプライズダメなんだって!それに私達恋人ではないし、アンセが苗を育てられるとも思えない。反応しないアンセに変わって私がお礼を言うとそそくさと店を出る。さらにダメ押しされてどうするよ、この雰囲気。
「大切な日なのに驚かせてごめん。」
デザートから急に静かになったアンセに謝る。
「え?あ、いや、別に、感謝してるよ。今日一緒で良かった。」
しまった!逆に気を遣わせてしまった。この場面で謝られたらお礼を言うしかない。何やっているんだ私。会話がまた止まってしまった。気まずくて周りを見ているとまたどこからか視線を感じた気がした。キョロキョロしてみるが誰なのかわからない。夕食が終わったとはいえまだ夕方くらいの明るさはあるから真剣に見れば相手が分かるかもしれないけど今はそれどころではない。
風通路に2人で乗って家の前まで無言で歩く。気まずいったらない。
「今日はありがとう、おやすみなさい。」
そう告げてさくっと別れようとするとブリースの苗木をアンセが差し出してくる。
「こっちこそ、ありがとう。これお前にやるよ。」
「でもこれは、折角もらったのに、いいの?」
「オレは育てるの得意ではないからな、任せるよ。」
ではありがたく頂こうと思う。そして立派に育ててから返そう。お礼を言って別れようとした時、また視線を感じた気がした。キョロキョロと周囲を見るがやっぱりわからない。
「どうした?」
「何でもない。誰かがこっちを見ていた気がしたけれど気のせいみたい。」
なんだろうこの感じ。気にしすぎかな。もしかしたら木が私に用があってコンタクトを取ろうとしてるのかもしれない。あとで確認しよう。
「夜、紫の時間は出歩くなよ。闇に喰われるとここでは言われているからな。」
「え、何それ、本当?」
「迷信かもしれないけどみんな守ってるから。特に雨の日の夜は魂がつゆと消えるとも言われているから特に注意だ。」
知らなかった。今のところ毎日情報過多で頭がショートして気付いたら寝てる毎日なので大丈夫だったがこれから先は気をつける様にしよう。